(6)鉱緑の大将(後編)
背に翼を秘め、神秘な力を持つ異種たちの長い長い物語です。
この第六話は、遂に異種勢揃いで、名前が覚えられない!!が在るかと。
「夏の闘技会」はプロローグ的な物語なので、名前はうろ覚えでも構いません。
午後の騎馬戦の幕開けが迫っていた。
黒耀の騎兵たちが待機する其の場所で、大将と副将が最後の確認を取っていた。
「くれぐれも鉱緑の大将の傍には寄らないで下さい」
抑揚の無い声で大将に話し掛けているのは、漆黒の貴公子だ。
「判ってる、判ってる。黄花との戦いぶりを見るからに、少々鉱緑の大将は手強そうだからな」
しかしなぁ、と大将が言う。
「鉱緑は一回戦で副将を二騎ともやられているし、どうも此の私が、
しょうもない騎兵の相手をすると云うのはなぁ」
上流貴族の息子で在る大将の男は、自分の腕にもかなり自信が有る様だった。
しかし漆黒の貴公子は首を振った。
「くれぐれも鉱緑の大将とは一定の距離を保って下さい」
大将は、わははは!! と笑うと、判った判ったと、漆黒の貴公子の肩を叩いた。
そして銅鑼の鐘と共に鉱緑と黒耀の騎兵がぞろぞろと入場し始めた。
其の光景を見下ろし乍ら、金の貴公子は拳を握り締める。
「ううっ・・・主、大丈夫なのか??」
「どうだかなぁ」
ぼそりと呟くのは白の貴公子だ。
翡翠の貴公子と漆黒の貴公子は今の試合に、白銀の貴公子は次の棒術に出場する為、
異種の男子の観覧席には、犬猿の仲で在る白の貴公子と金の貴公子の二人きりであった。
舞台を見下ろす限り、明らかに鉱緑の方が不利であった。
鉱緑に副将の姿は既に見られず、残りの騎兵も三十をきっていた。
対する黒耀の騎兵は四十余り。
二日目の鉱緑の戦いぶりの酷さを見ているだけに、
金の貴公子は翡翠の貴公子が心配で仕方なかった。
「なぁ。漆黒の貴公子って強いのか??
そう云えば、御前、昨日の騎馬戦で負けてたか・・・・」
金の貴公子が落胆すると、白の貴公子は、ばつの悪い顔をして怒鳴った。
「黙れ!! 昨日は、ちょっと体調が悪くてだな・・・・!!」
「・・・・・」
「いいから舞台を見ろ!!」
必死に己の敗北を誤魔化さんとする白の貴公子を余所に、
遂に開始の銅鑼の音が闘技場に響き渡った。
鉱緑の兵たちは新たな指示を受けていたのだろう、
一つの大きな塊として軍陣を作ると前進し始める。
しかし其の中に大将は居ない。
翡翠の貴公子は単身で敵軍に走っていた。
本来は大将を護る為に軍陣を作るものであるが、
鉱緑の軍陣は騎兵を護る為に翡翠の貴公子が作らせたのだ。
一体どっちが大将で騎兵なのか判ったものではない。
すると鉱緑がそうするであろう事を読んでいた黒耀は、独特な戦法を見せてきた。
翡翠の貴公子が黒耀の大将目掛けて敵兵を蹴散らしていると、
横から物凄い一撃が襲い掛かって来た。
翡翠の貴公子が受け止めると、其の儘ギリギリと互いに長棒を押し合わせる。
襲って来たのは、黒耀の副将で在る漆黒の貴公子だった。
翡翠の貴公子は漆黒の貴公子の長棒を薙ぎ払うと黒耀の大将を追おうとしたが、
其れを妨害すべく漆黒の貴公子が間を置かずに打ち込んで来る。
其の間に黒耀の大将と、もう一人の副将が、鉱緑の騎兵を潰しに掛かっていた。
「漆黒の貴公子の奴、ああ来たか」
白の貴公子が、ふうんと鼻を鳴らした。
「何だ?? どうなってるんだよ??」
金の貴公子の目からは場内がぐちゃぐちゃに乱闘になっている様にしか見えない。
すると白の貴公子が解説を始めた。
「いいか、見てみろ。騎兵同士、酷い乱闘になっているが、
黒耀の大将が翡翠の貴公子と一定の間隔を空けている」
言われて金の貴公子が翡翠の貴公子と黒耀の大将を交互に見比べると、
黒耀の大将は鉱緑の騎兵を潰しに掛かり乍ら、翡翠の貴公子との距離が狭まると、
直ぐに離れていた。
其の後を追おうとする翡翠の貴公子を、漆黒の貴公子が激しく妨害している。
「漆黒の貴公子が足止めをしている間に鉱緑の騎兵を潰して、翡翠の貴公子を疲れさせてから、
後は、あいつを一気に片付ける戦法なんだろう」
白の貴公子の解説を聞いた金の貴公子は歯軋りした。
「むううう。なんて陰険な遣り方なんだ!! 漆黒の貴公子め。
オーラも陰気なら、遣り方も陰気な奴め!!」
漆黒の貴公子の妨害に苦戦している翡翠の貴公子の姿を見て、金の貴公子は鼻息を荒くする。
「まぁ、でも、あれが、一番確実な遣り方だからな」
白の貴公子は一人うんうんと頷いている。
「漆黒の貴公子が相手だと、翡翠の貴公子も、そう簡単には倒せない。
師匠と弟子みたいなものだからな」
其れを聞いた金の貴公子は目を丸くした。
「師匠と弟子??」
問われて、白の貴公子は説明する。
「私たちが子供の頃、白銀の貴公子の屋敷に、翡翠の貴公子と夏風の貴婦人が棲んでたのさ」
言い乍ら、ちらりと夏風の貴婦人を見る。
因みに白の貴公子の言う「私たち」とは、白銀の貴公子と漆黒の貴公子の事である。
「で、白銀の貴公子と漆黒の貴公子は、翡翠の貴公子に武術を習っていたのさ。
ま、私は由緒正しき家の者だったから、軍人上がりなんかに教わったりはしなかったがな」
其の話を聞くと、益々翡翠の貴公子が心配になってしまう金の貴公子である。
「うう・・・・大丈夫だろうか」
素人の目から見ても、翡翠の貴公子が苦戦をしている様が判る。
確かに翡翠の貴公子は・・・・苦戦していた。
漆黒の貴公子の重い一撃を躱し乍ら、此れは不味いと感じていた。
数十年ぶりに腕を合わせた漆黒の貴公子は、遥かに腕を上げていた。
強くなったな・・・・と、そんな事をしみじみ思っている余裕はなかった。
こんな所で一騎打ちをしていれば、自分の軍の騎兵が全滅させられてしまう。
其れは、困る。
そんな事態だけは、断じて避けなければ!!
そう思って漆黒の貴公子を何度も打ち払おうとするが、そう易々とやられる相手ではなかった。
其の光景を見ながら、観客は一層、興奮していた。
「おお!! 見ろ!! 鉱緑の大将が苦戦してるぞ!!」
「黒耀の副将、やるなぁ!!」
「此の儘だと、鉱緑は全滅だな」
「行け!! 潰せ!!」
黒耀を応援し始める男の観客に、婦女子たちも負けてはいなかった。
「翡翠の貴公子様、負けないでぇ!!」
立ち上がった乙女たちが、ハンカチを振って黄色い声援を送る。
そんな声援など耳に入る筈もなく、翡翠の貴公子は依然、足止めを食らっていた。
何度、黒耀の大将を追おうとしても、追い付く前に漆黒の貴公子に妨害されてしまうのだ。
翡翠の貴公子は体力の消耗を感じ始めていた。
朝から通しで出場している上に漆黒の貴公子と遣り合うのは、はっきり言ってきつかった。
倒そうにも、そう簡単にやられる相手ではない。
仮に倒すにしても、相当の時間と体力の消耗は避けられないだろう。
此れは・・・・どうしたものか。
翡翠の貴公子は漆黒の貴公子の長棒を受け乍ら、横目に自分の軍を見た。
潰される・・・・此の儘だと、潰されてしまう。
どうする・・・・??
どうする・・・・??
其の時、彼の目に、或る一体が飛び込んで来た。
黒耀の大将は鉱緑の騎兵を次々と倒し乍ら、自分の副将と鉱緑の大将の闘いぶりを見ていた。
漆黒の貴公子に言われた通り、鉱緑の大将との距離が縮まれば、
直ぐに一定の間隔を保つ為に距離を置いていたが、だが、しかし、
黒耀の大将は少々詰まらなかった。
彼は自分の腕に自信が在った。
なので少しくらい翡翠の貴公子と遣り合ってみたいと云うのが、本音であった。
見れば鉱緑の大将は大分疲れている様子だ。
此れならば自分がやられる事もあるまい。
「やはり敵の大将の首は、私が獲る!!」
そう言うなり黒耀の大将は、一騎打ちを繰り広げる副将と大将目掛けて突進した。
其の瞬間を翡翠の貴公子は見逃さなかった。
翡翠の貴公子は力強く四連打を漆黒の貴公子に打ち込んだ。
一瞬、漆黒の貴公子の身体が防戦でふらつく。
其の隙に翡翠の貴公子は素早く馬の手綱をきると、黒耀の大将目掛けて馬を跳ばした。
鉱緑の大将が真正面から向かって来るのを目にした黒耀の大将は吃驚して馬を引こうとしたが、
馬の向きを変える前に翡翠の貴公子が大きく打ち込んで来た。
黒耀の大将は辛うじて長棒で受け止める。
だが翡翠の貴公子は間髪を置かずに、更に切れの良い二弾を打ち込んだ。
其れを何とか受け止めた黒耀の大将に、最後の一振りを思いきり打ち込む。
其れが決め手だった。
駆け付けた漆黒の貴公子の努力も虚しく、黒耀の大将の身体は地面に落下した。
歓声が一気に沸き起こる。
翡翠の貴公子の其の光景を見ていた金の貴公子も思わず立ち上がると、
「やったぜ!!」
自分の掌に拳を当てた。
更衣室に戻った翡翠の貴公子は椅子に座り込むと、備えられた水を飲んでいた。
彼は恐ろしく・・・・疲れていた。
すると着替えた漆黒の貴公子がタオルを翡翠の貴公子に投げてきた。
翡翠の貴公子は其れを受け取ると、額の汗を拭う。
漆黒の貴公子もグラスに水を汲み、暫く黙って飲んでいたが、ぼそりと言った。
「やはり、あんたは強いな。久々に腕試しが出来て楽しかった」
そう言い残すと、漆黒の貴公子は更衣室を出て行った。
其れと入れ違いに入って来たのは白銀の貴公子であった。
「実に素晴らしい闘い振りだったよ」
棒術の服を纏った白銀の貴公子は、まだ肩で荒く息をしている翡翠の貴公子を見る。
翡翠の貴公子は黙った儘、白銀の貴公子を見上げ様ともしない。
「大分、御疲れの様だね。だが悪いが、次の試合では手加減はしないよ」
白銀の貴公子は柔和に笑うと、宜しく、と更衣室を出て行った。
翡翠の貴公子はハアハアと息を零していたが、立ち上がると、棒術の服を取り出した。
扉越しに係りの声が聞こえて来る。
「翡翠の貴公子様。そろそろ棒術が始まりますが・・・・」
翡翠の貴公子は汗に濡れた服を脱ぐと、
「今行く」
と一言返した。
そして棒術の衣に袖を通し乍ら、深い深い溜め息をついた。
朝から通しの上に、漆黒の貴公子との一騎打ちには酷く堪えていた。
そして追い討ちを掛けるかの如く、白銀の貴公子との棒術が今から始まるのである。
四日目の闘技会は棒術で幕を下ろす事となっていた。
棒術一試合目には、白銀の貴公子と翡翠の貴公子の対戦があった。
観客の興奮は当然のこと乍ら、異種たちも此の試合には強い関心を持っていた。
「どっちが上なのか、此れで、はっきりするわね」
ふふふふ、と含み笑いを零すのは、男殺しの白の貴婦人である。
白銀の貴公子と翡翠の貴公子は一族の中でも最も強い男だった。
だが実際二人が遣り合っている姿は殆どの同族たちが見た事がなく、
其の力の差が気になって仕方がなかった。
だが夏風の貴婦人が、う~んと唸る。
「あいつ・・・・かなり疲れてるわね」
銅鑼の鐘の音と共に現れた白銀の貴公子と翡翠の貴公子の姿を見下ろし乍ら、
夏風の貴婦人は浮かない顔をしている。
「やっぱり此の前に在った騎馬戦で、かなり堪えているみたいね」
翡翠の貴公子は此の棒術の直ぐ前の騎馬戦に出場していたのだが、
其の時の漆黒の貴公子との一騎打ちで疲れきっていた。
更に彼は朝から通しで試合に出ていた為、疲労は輪を掛けて大きくなっていた。
「主・・・・大丈夫かしら??」
蘭の貴婦人は愛する翡翠の貴公子を見詰めると、がぶりとクッキーを齧る。
異種の女たちは開始の銅鑼の音が鳴るのを耳を済ませて待っていたが、ふと、白の貴婦人が言った。
「貴女・・・・本当に嬉しそうね」
白の貴婦人の視線の先には、目をキラキラと輝かせた春風の貴婦人が居た。
春風の貴婦人は両掌を合わせると、ふう、と溜め息をつく。
「だって・・・・彼の闘う姿って、本当に素敵なんですもの」
まるで新婚夫婦の様に熱い視線を夫に送る、春風の貴婦人。
「いいわね。万年熱くて」
白の貴婦人は扇子を取り出すと、暑い暑いと扇ぎ始める。
すると、
「わたくしも、とても嬉しいですよ」
柔らかな声音が異種の女たちの後方から届いた。
皆が振り返ると、其処には白金の長い髪にターコイズブルーの瞳の、
それはそれは美しい女性が立っていた。
いや、女性と云うには随分と人間から懸け離れたオーラを放っている者が、其処には居た。
「母様!!」
夏風の貴婦人が席を立ち上がると、女性・・・・快の貴婦人は柔和に首を振る。
「ああ、良いのですよ。わたくしは端の席で」
「そう云う訳にはいきません」
夏風の貴婦人が真ん中の席へ案内しようとすると、
春風の貴婦人と蒼花の貴婦人が気を利かせて席を一つずれる。
案内された快の貴婦人は、通称、「白の母」と呼ばれており、
一族で最も長寿を誇る異種であった。
本来、美しい金髪で在ったであろう髪は今は随分と透明化しており、
異種の中でも極めて人間から懸け離れた空気を纏っていた。
千年近く生きてきた彼女には既に神力は無く、翼で舞う事も叶わなかった。
更に子を成さないと云われる異種の中で、唯一人、子を産んだ稀有な異種でも在る。
其の息子が、上流貴族シェパード家の総帥の白銀の貴公子だ。
祭儀などで異種が全員参加する時でも彼女が姿を現す事は殆どなく、
白銀の貴公子の白の館で静かに隠居生活を送っていた。
だが本日は珍しく闘技会を観に来た様だ。
快の貴婦人は舞台を見下ろすと、ゆっくりと微笑んだ。
「わたくしも、息子の勇士が観られるのは嬉しいです。
尤も・・・・翡翠の貴公子も、わたくしにとっては息子の様なものですので、
此の二人の勇士が観られるのは、本当に嬉しいですね」
昔、白銀の貴公子の屋敷に世話になった翡翠の貴公子と夏風の貴婦人にとっては、
快の貴婦人は母親同然の存在であった。
「母様。どうやら今日は、白銀の貴公子の方に風が吹いている様ですよ」
と、夏風の貴婦人が笑った。
6話目は、とにかく異種が全員出て来て、
誰が誰やらだったら、ごめんなさい。
少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆