(3)闘技会開会
背に翼を秘め、神秘な力を持つ異種たちの長い長い物語です。
この第三話からは、いよいよ闘技会の始まりです。
それぞれの闘いぶりを楽しんで戴けましたら、幸いです。
遂に闘技会の幕開けの日が訪れた。
闘技場の観覧席は観客で満員御礼であった。
大会の主催、スポンサーで在る貴族や異種の席は別に設けられており、
観覧席の警備も前回にも増して一段と強化されていた。
開会式は遠方から招かれた一流の劇団が舞台を飾り、
観覧席は待っていましたと言わんばかりに声を上げて蠢き始めた。
今年は観覧席にも婦女子が並んでおり、目的の出場男子たちを、
それぞれ今か今かと拳を握り待っていた。
劇団の演出が終わると、各チーム各種目の代表者たちが列を成して入場し始める。
其の代表者たちに混じって異種たちが入場し始めると、途端に客席の歓声が倍になった。
きゃあああ!! と、つんざく様な黄色い声を上げているのは、客席の娘たちである。
他の客席の男たちは思わず、ぎょっとする。
「見て!! 見て!! 見て!! 異種様よ!!」
「見てる!! 見てるわ!! 本物よ!! 本物の異種様よ!!」
まだ試合も始まっていないと云うのに、席を立ち上がる娘たち。
小型望遠鏡で眺めている貴婦人も居る。
此処、近年の間に婦女子の間では、すっかり異種の男たちが流行りになってしまっていた。
其の麗しい外見と謎多き存在は、うら若き乙女たちの夢心を掻き立てるのである。
・・・・等と云う事までは、今、会場に並ぶ異種の紳士たちは知る由もなく、暑苦しい軍服に、
早く開会式が終らないだろうかと、不満轟々に参列していた。
主催者の挨拶が終ると、代表者たちが退場し、競技の準備が迅速に行われた。
其の間に、開会式に参加した者は着替え等を済ますのだ。
異種の更衣室は一般人とも貴族とも別に設けられているのだが、
金の貴公子と翡翠の貴公子が更衣室に行くと、
既に着替えた白銀の貴公子と白の貴公子が甲冑姿で居た。
「もう出るのか??」
金の貴公子が問うと、白銀の貴公子は頷いた。
「ああ。一騎打ちの次の試合にね」
初日の最初の競技は華々しく一騎打ちから始まる。
今回の一騎打ちには、白銀の貴公子、白の貴公子、翡翠の貴公子、
夏風の貴婦人が参加する事になっていた。
白銀の貴公子は翡翠の貴公子を見ると、
「君と当たらなくて残念だったよ」
柔和に微笑んで更衣室を出て行った。
白の貴公子は、にやにやと金の貴公子を見ると、
「せいぜい次の大会には真面に出られるくらいになっておくんだな」
含み笑いをして、白銀の貴公子を追って出て行く。
今回、一騎打ちでは、翡翠の貴公子は幸いな事に同族とは当たらなかった。
因みに彼の一騎打ちは二日目である。
翡翠の貴公子は暑苦しそうに軍服の詰襟を開けると、
「御前は何故、此処に居る??」
冷ややかな眼差しで金の貴公子を見た。
金の貴公子は初日の午後に弓技と、二日目の騎馬戦に出るだけであったので、
まだ着替える必要はなかった。
試合に出ない間は、特別に設けられている異種の席で試合を観覧せねばならないのだ。
翡翠の貴公子は、今、開始されているであろう一騎打ちの後の棒術に出るので、当然、
着替えに来たのである。
「いや、何となく、ついて来てしまった云うか何というか・・・・」
「さっさと観覧席へ行け」
言われて、金の貴公子は唇を尖らせる。
「俺、あんまり武術とか興味ないし、五日間も座ってる自信ないんだよなぁ。
もう少し此処に居ちゃ駄目??」
「・・・・さっさと行け」
余りに冷ややかな翡翠の眼差しに見られて、
「主のいけずっ」
金の貴公子は慌てて更衣室を後にした。
金の貴公子が観覧席へ行くと、異種の紳士席には漆黒の貴公子が一人ぽつりと座っていた。
う・・・・。
よりにもよって、こいつだけかよ・・・・。
金の貴公子は漆黒の貴公子が苦手であった。
漆黒の貴公子の、どうにも陰気なオーラが喋り難いのだ。
翡翠の貴公子も物静かな人だったが、漆黒の貴公子の様な陰気さはなかった。
金の貴公子は漆黒の貴公子から席を一つ空けて座った。
すると侍女が冷茶を持って来た。
まだ若い娘だ。
「どうぞ」
と娘が茶をテーブルに置くと、不意に金の貴公子が其の手を掴んだ。
「君・・・・可愛いんだね」
娘は、えっ!? と驚くと、動揺を露わにする。
金の貴公子は立ち上がると、娘の小さな手の甲にキスをする。
「君みたいに素敵で可愛い子を、今、此処で、デートに誘ってもいいかな??」
毎日カールに力を注いでいる金髪の前髪を風に靡かせ乍ら、
金の貴公子は乙女殺しの笑みを浮かべる。
まさか異種様から御誘いを受けるだなんて・・・・!!
娘は真っ赤になって呆然としていたが、
「だ、駄目です!!
そう云う御誘いは受けないと云う決まりで、此の御仕事させて貰ってるんです!!
特に白の貴公子様と金の貴公子様の御誘いにだけは乗るなってぇ!!」
娘は涙ながらに叫ぶと、金の貴公子の手を払い除け、勢い良く走り去って行ってしまった。
むううぅぅ。
こんな所まで、誰かの差し金が回っているのか。
大方、鬼女の仕業に違いあるまい・・・・。
金の貴公子は、ちっ、と舌打ちすると、通路を挟んだ向こう側に居る同族の貴婦人たちを見た。
「おお・・・・!! 此れはチャンスかも知れない!!」
普段会話をする事のない異種の貴婦人たちが、小鳥たちの様に囀り合っている。
しかも、あの鬼女の夏風の貴婦人は今、
闘技場で行われている一騎打ちの試合に出る事になっており、姿は無い。
同族の貴婦人を口説くなら今しかない!!
金の貴公子が席を離れようとすると、
「おい」
事もあろうか、漆黒の貴公子が声を掛けてきた。
「少しは、ちゃんと観たらどうだ??」
むうう・・・・と金の貴公子は内心、唸った。
此の陰気な男に言われてしまっては、流石に彼もナンパに勤しむ訳にもいかなかった。
金の貴公子は漆黒の貴公子から一番離れた席にどかりと座ると、ぼそりと言った。
「御前も差し金かよ??」
夏風の貴婦人の陰謀か??
「別に」
漆黒の貴公子は抑揚の無い声で言う。
「ただ・・・・ちゃんと観てると、面白いぞ」
余りに真面な意見を言われてしまい、金の貴公子は内心呻いた。
武術には興味が無いのだが・・・・致し方ない。
金の貴公子は茶を啜りつつ、試合に目を移す。
もう一騎打ちの二回戦目か??
観客は凄い盛り上がりを見せている。
舞台には新しく出て来た二騎が対峙していた。
片方の騎士は自棄に小柄で在る。
あんな小柄な奴も出るんだなと、一瞬、金の貴公子は首を傾げたが、
其の騎士の甲冑の肩の部分に在る橙の紋章に、夏風の貴婦人で在る事に気が付いた。
一騎打ちと騎馬戦では冑を被ってしまうと人物の判別が出来なくなってしまう為、
異種の甲冑には、それぞれを表わす紋章が入れられているのだ。
あの橙の紋章は夏風の貴婦人を示していた。
銅鑼の音が鳴ると、両者が馬ごと突進し始める。
「うわっ!!」
思わず金の貴公子は声を上げた。
相手の騎士は明らかに巨漢の男だ。
あんな男と真面にぶつかり合って、夏風の貴婦人の小さな身体が飛ばされないだろうか??
だが二騎は互角に長棒をぶつけ合うと、其のまま一気に離れ、逆円を描いて走り出す。
「ああやって始めに長棒をぶつけ合って、互いの技量を読んでいる」
ぼそりと漆黒の貴公子が言った。
成る程・・・・。
思わず漆黒の貴公子の解説に頷いてしまう、金の貴公子。
二騎はぐるりと場内を逆に回ると、一気に馬を加速させる。
夏風の貴婦人の方が巨漢の騎士よりもやや速く加速したのを、 金の貴公子は見逃さなかった。
二騎の長棒が激しくぶつかり合う。
激しい金属音が此処まで響いてくる。
二騎は至近距離で数度、長棒をぶつけ合うと、夏風の貴婦人がやや身を引いた。
「次で彼女が決める」
漆黒の貴公子の言葉が聞こえるや否や、
数歩後退した夏風の貴婦人が一気に巨漢の騎士に打ち込んで行った。
其の儘、物凄い速さで連打する。
防戦に回った巨漢の騎士が勢いに押されて落馬する迄には・・・・そう時間は掛からなかった。
どさり、と巨漢の騎士が地面に落ちると、一瞬、静まり返った闘技場は、
怒涛の様な歓声に包まれた。
金の貴公子は己の心臓が、ばくばく言っているのを感じた。
す・・・凄い。
夏風の貴婦人のあの小さな身体に、何処にあんな力が有るのだろう??
金の貴公子は溜め息をつくと、
「あれじゃ・・・・益々、逆らえないな」
力無く呟いて、一口茶を啜る。
金の貴公子は今迄に無い面白さを感じていた。
其処へ漆黒の貴公子が説明してくる。
「さっきの彼女の引きは、反動を付ける為でも油断をさせる為でもない。
軽い掛け声程度の『振り』だ」
漆黒の貴公子に賛同するのは気に食わなかったが、確かにちゃんと観ていると面白い。
ただ相手が落馬するまで棒をぶつけ合っている競技だと思っていたが、
騎士の動きを読み乍ら見ると、こんなにも武術が違って観えるとは。
其の後は金の貴公子は、ついつい試合に見惚れてしまった。
技の端々は漆黒の貴公子に解説して貰わないと判らなかったが、
参加者一人一人の戦い方の癖などは、観れば観るほど判りだした。
そうやって判り始めると、なかなかに闘技会も面白いものであった。
すると、
「御前らが仲が良かったとは、知らなかったな」
観覧席に戻って来た白の貴公子が言った。
気が付くと、金の貴公子は漆黒の貴公子の隣に座っていた。
「違う!! 此れは・・・・!!」
反論しようとしたが、上手く言い訳が出てこない。
白の貴公子は椅子に座ると、運ばれて来た冷茶を飲み乍ら、ふふん!! と鼻を鳴らした。
「観たか?? 私の華麗なる一騎打ち戦を。
余りにも鮮やか過ぎて、自分でも惚れ惚れしてしまったよ」
金の貴公子は、うげっと舌を出すと、
「観てない」
キッパリと答える。
そして、ナルシストな御前に興味は無いと云う様に、試合に目を向ける。
試合は棒術に移っていた。
棒術は防具を一切着けず、定められた枠の中で試合が行われ、片方が「参った」と言うか、
枠から出る場外を三回侵した者が敗者となる。
又、相手に打撲、骨折などをさせた者も失格であり、競技の中でも最も技量を要する競技であった。
強者揃いの此の競技は、素人の目から見ても実に巧妙で面白いものだった。
棒術には、白銀の貴公子、翡翠の貴公子、夏風の貴婦人が出る事になっていた。
「相手を傷付けず負かすと云うのは、或る意味、主向きかも知れない」
漆黒の貴公子が、ぼそりと言った。
舞台の選手たちの戦い振りを観ながら、金の貴公子は感心した様に呟く。
「棒術って・・・・其の人の性格が凄く出るよな」
「確かに・・・・」
此れには白の貴公子も賛同した。
白銀の貴公子は大振りだが柔らかく、優雅な振り方をする。
其の柔軟で確実な一刀に、相手は圧されるのだ。
物腰優雅で温厚な彼の性格が実によく出ている。
例え上流貴族の出でなくとも、乙女の憧れの的になる事は必至だったであろう。
一方、夏風の貴婦人の技は、とにかく速い。
彼女は小柄な体型を十分に利用して、実に小回りの利く振りをして来る。
其のスピードには目を瞠るものが有り、だが一撃一撃が非常に重いのだ。
速くて重い切り返しで、ガンガン相手を攻めて来る。
休まる事を知らない。
一言反論しようものなら、百倍にして言い返してくる彼女の性格そのものだ。
「ううむ・・・・何て奥が深いんだ。棒術は!!」
すっかり競技に夢中になってしまっている、金の貴公子である。
「御飲み物は如何ですか?」
侍女が飲み物を持って来ると、金の貴公子は、
「ああ、有り難う」
侍女の顔を見る事もなく受け取って試合を見ていた。
男三人、何だかんだ言い乍ら試合に夢中であった。
「今回の棒術は面白いものになるかも知れない」
漆黒の貴公子が前日に配られた対戦表を取り出すと、抑揚の無い声で言った。
何々?? と覗き込む金の貴公子。
「此の試合では三人が重なっている。白銀の貴公子と翡翠の貴公子が勝ち続けると、
四日目には二人が当たる事になる。それで夏風の貴婦人も勝ち続けていたとすると、
勝った方の白銀の貴公子か翡翠の貴公子かのどちらかに当たる」
おお!!
と、金の貴公子と白の貴公子が声を上げた。
其れは・・・・言うまでもなく、見物である。
あの三人の中で誰が一番強いのか、其れは同族たちの中でも密かに気になっていた事であった。
金の貴公子が表を睨んでいると、白の貴公子が、
「ほら。御前の御主人様が出てるぜ」
と言った。
誰だよ、其れは・・・・??
と金の貴公子が場内に目を遣ると、丁度、翡翠の貴公子が出ているところだった。
「俺は・・・・犬か!!」
金の貴公子は白の貴公子を睨んだが、意識は直ぐ舞台へといってしまう。
やはり主の試合は気になる。
そうして遠目に翡翠の貴公子を眺め、真っ直ぐに背筋の伸びた彼の姿は、
男の自分の目から見ても綺麗だなと思った。
何だか、いつもと違和感が在る。
何だろう・・・・??
ああ、そうか。
棒術の時の主の服装を、今まで見た事がなかった。
胴着服姿の主。
あれはあれで、似合っている。
別に女々しくもない。
だからと云って、変に男らしく逞しいと云うのとも違う。
なんと云うか・・・・。
「中性的なんだよな・・・・」
二人にも聞こえないくらいの声で、金の貴公子は呟いた。
だが翡翠の貴公子を見詰めた儘、ぼうっとする金の貴公子の意識を、
銅鑼の音が一気に引き裂いた。
翡翠の貴公子は長棒を一瞬、後ろに引くと、凄い速さで打ち込んでいた。
其のまま一気に三振り目で相手の長棒を宙に飛ばしていた。
繊細で弧を描く様で在るのに、速く無駄が無い。
「参った・・・・」
実に、ものの数秒の出来事だった。
歓声が、どっと湧き起こる。
「おいおい。速く試合を終らせたいってのが見え見えだぜ」
白の貴公子が呆れた様に足を組み直す。
「あれはあれで逆に観客を注目させるってのが、判らないのかね」
「確かに・・・・」
白の貴公子の言い分に漆黒の貴公子も同感の様である。
だが金の貴公子は、其の場に硬直していた。
「・・・・初めて・・・・見た・・・・」
彼は激しい衝撃を受けていた。
ずっと翡翠の館の居候になってきたが、翡翠の貴公子の闘い振りは見た事がなかった。
軍人上がりだとは聞いていたが、彼の小柄で華奢な外見からは、とても想像が出来ず、
只の噂だろうと軽く考えていたのだが、噂だけではなくて・・・・本当に・・・・無茶苦茶、
強い人だったのだ・・・・!!
ああ・・・・だから・・・・尚の事、ついて行きたいと思ってしまう・・・・。
そう思った瞬間、金の貴公子は立ち上がっていた。
不審に見上げる白の貴公子と漆黒の貴公子。
「俺、主を迎えに行って来る!!」
そう言うや否や、金の貴公子は更衣室へと走って行った。
白の貴公子と漆黒の貴公子は暫く其の後ろ姿を呆然と見ていたが、
「やっぱり犬じゃん」
白の貴公子が、ぼやいた。
3話目は、それぞれの闘いは如何でしたでしょうか?
異種の男子も異種の女子も、それぞれ楽しく闘技会の時間を過ごします。
少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆