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夏の闘技会  作者: 貴神
2/9

(2)闘技会への道程

背に翼を秘め、神秘な力を持つ異種たちの長い長い物語です。


この第二話からは、異種の女子たちも少しずつ出てきます。


沢山居るので、名前は、ぼちぼちで覚えて戴けたら幸いです。

闘技会まで、あと十日。


ゼルシェン大陸南部の都は、ありとあらゆる人種に溢れ返っていた。


試合参加の競技者に、其の家族、観客、其処で商売をする出店の人々、


ゼルシェン大陸の中で最も華やかなる都と呼ばれる南部の都は、


いつにも増して途を人々が往来し、激しい混雑を起こしていた。


そんな中、日も高く昇る前から、或る一つの建物に長蛇の列が出来ていた。


其処は普段、歌劇などのチケットを販売する売り場だったが、


今並ぶ人々の目的は歌劇のチケットを手に入れる為ではなく・・・・


闘技会の観覧チケットを手に入れんと並んでいた。


都の広場に高く立つ塔の鐘が、今日、三度目の音を鳴り響かせると、


遂に闘技会の観覧席のチケットが販売開始された。


其の行列には若い男子から酒飲みの中年男、小さな子供たちに、更には歳若い娘まで、


性別年齢関係無しと云う様子だ。


前回の大会では女性を対象とした舞芸などの競技はなく、


観覧客は専ら勝負好きな男たちばかりだったが、今回は大会二回目と在ってか、


闘技会の内容が各地各国に広まり、婦女子の間でも一度は見てみたいと云う声が上がっていた。


中でも彼女たちの御目当ては競技そのものより、其れに参加する勇士たちに興味が有った。


闘技会には婦女子たちの知らない様々な人種の男たちが出場している。


其の勇士たちの競技を観覧し乍ら自分好みの異性を探すのを、婦女子たちは楽しみにしていた。


そして更に彼女たちの目的は、もう一つ在った。


今回の闘技会から、異種の男子全員が参加すると云う事になっていた。


東部の異種はおろか南部の異種の姿さえも、町娘にはそうそう拝めるものではなかった。


人間離れした容姿端麗と云われる異種の紳士たちを、是非、此の目で見てみたい!!


と云うのが、うら若き乙女たちの密かな願望であった。


人々の行列の横には、


五日間に渡って執り行われる闘技会の競技内容が書かれた看板を持った者が立っており、


時折り客の質問などに答えている。


異種に至っては、誰が何の競技に出るのかと云う詳細まで書かれて在った。


列に並んだ若い四人の娘が、看板を見ながら黄色い声を上げている。


「ねぇ、どの日にする?? 私、絶対、白銀の貴公子様の試合が見たいわ。


あの方、あのシェパード家の総帥で、更に学問でも優秀な成績を修めていらっしゃるって、


先生方の間では専らの噂なのよ。きっと彼こそが、私の王子様だわ!!」


「王子様って・・・・白銀の貴公子様は、もう御結婚されてるじゃない。


私だったら、やっぱり白の貴公子様がいいわ」


「ええ!! あの方、ナルシストだって聞くわよ」


「いいのよ!! ナルシストでも!! 以前、実際に見た時に、凄く素敵だったのよ!!」


五月蝿く囀る小鳥の様な娘たちの遣り取りを聞いていた一人の貴婦人が、不意に、ふふ、と笑った。


「異種様の殿方と云えば、東部の翡翠の貴公子様が素敵よ」


小貴族らしい貴婦人は日傘を差し乍ら、にこりと微笑した。


「東部の異種様を御存知なのですか??」


娘たちは興味津々と云う目で貴婦人を見る。


「ええ。もう大分前になるのだけど、従兄弟の姪の葬儀に行った時に、


翡翠の貴公子様が参列にいらっしゃって・・・・其の日は凄い雨で、


真っ黒な喪服姿だったのだけれど、とても繊細で美しい顔立ちの殿方でしたのよ。


其の時は皆、不謹慎にも見惚れてしまってね」


ふふふ。


と、貴婦人は静かに笑う。


「ええ・・・・!! でもぉ。東部の異種様は野蛮だって聞くし」


「うんうん。私は軍人上がりだって聞いたわ。流石に岩みたいな男の人は、ちょっとぉ・・・・」


娘たちは「やっぱり南部の異種様よね」と、頷き合う。


すると貴婦人が、


「ふふ、それがね、翡翠の貴公子様は他の異種様より、ずっと小柄で、


本当に御美しい御方なのよ。一体誰が軍人上がりだなんて噂を流しているのかしら??」


くすくすと笑う。


実際、翡翠の貴公子は軍人上がりなのだが、彼の其の容姿からは、


彼の過去の経歴を誰も想像出来なかった。


貴婦人の話を聞いた娘たちは、途端に何だか気になり始める。


「ちょっと・・・・見てみたいかも」


「うんうん・・・・それなら金の貴公子様も、私、見てみたいな」


「あ、私も!!」


「私は漆黒の貴公子様も見てみたい!!」


「ええ!! じゃあ、どうする?? 益々いつにするか決まらないじゃない!!」


こうなったら確実に異種の参列の在る開会式の初日の午前か、閉会式の終日の午後にするべきか??


迷うところだ。


そんな若い娘たちが街のあちこちに溢れていた。


そうして、チケットは販売当日に完売した。


闘技会への民衆の関心と興奮は日増しに熱を上げ、繁華街では出店も一気に数を増していった。


人々の流動の激しい此の時期は、最も商業が盛んになる時期と云っても過言ではない。


人が人を呼び、商いが更に活性化するのだ。


其の点から見ても闘技会は、ゼルシェン大陸の復興にも欠かせないものとなりつつ在ったのだ。









さて、それぞれの種目の参加者が街のあちこちに発表されているとなると、


当然ながら出場者にも参加者名簿が配布されていた。


今回のチームは、 橙砂とうさ、鉱緑、白鐘しろかね黒耀こくよう黄花おうか


蒼旗そうきの六つのチームに分けられている。


橙砂のチームで在る夏風の貴婦人は、南部の宿泊先に、ずっと泊まり込みであった。


彼女は遣るとなったら余念の無い女であった。


通常業務の傍ら、チーム全体の訓練にまで目を光らせ、其の指導も積極的に行った。


「遣るなら結果を出せ!!」が専ら彼女の口癖であり、


橙砂のチームは凄まじい団結力を上げていた。


彼女の更に凄い所は、日中の業務を終らせ、チームの者たちにそれぞれの指導をした後、夜、


自分のトレーニングも欠かさないところであった。


そして此の日も変わらず、彼女が自室で体術のシャドウを遣っていると、


慌しく扉が開け放たれた。


入って来たのは桃銀とうぎんの髪に桃色の瞳の、のっぽならんの貴婦人だった。


彼女も又、橙砂のチームであった。


「参加者名簿、貰ったわ!! 見て見て!!」


蘭の貴婦人が版のされた紙を夏風の貴婦人に差し出して来る。


夏風の貴婦人は、ふうんと書面を覗くと、


「一回くらいは全員と当たりたいわね」


にぃ、と笑った。


全員とは・・・・無論、異種の男子全員と云う意味であろう。


夏風の貴婦人は自ら進んで四種目参加希望の、実にタフな女であった。


彼女の参加種目は、体術、棒術、一騎打ち、騎馬戦である。


中でも最も彼女が得意とするのは棒術で、此のゼルシェン大陸では、


彼女の右に出る者は居ないと噂されている程だった。


そして騎馬戦では勿論、彼女が大将であった。


一方、蘭の貴婦人も又、舞芸ではなく、騎馬戦に参加を希望していた。


彼女は技量こそ、まだまだ足りなかったが、夏風の貴婦人の様な強い女を目指す、


少々変わった娘であった。


蘭の貴婦人は、ふふふ、と満面の笑みを零した。


「ねぇ、ねぇ!! 凄いのよ!!」


蘭の貴婦人は声を綻ばせ乍ら言う。


「彼がね、彼がね!! 騎馬戦に出るの!!」


蘭の貴婦人が指差した先には、翡翠の貴公子の名前が在った。


しかも。


「しかも、大将だって!!」


やったあ!! と、のっぽな背丈で飛び跳ねる、蘭の貴婦人。


夏風の貴婦人も思わず吃驚して書面を覗き込む。


彼は絶対に出ないだろうと思っていたので気付かなかったが、


よく見ると鉱緑の騎馬戦の大将欄の所に、翡翠の貴公子の名前が在るではないか。


「私、主は絶対、騎馬戦には出ないと思っていたから、感激しちゃった!!


此れで主を至近距離から拝めるのよ!! 落馬させられたって本望だわあぁ!!」


感動に打ち震える蘭の貴婦人は、翡翠の貴公子に熱い恋心を抱いていた。


蘭の貴婦人も又、ならず者と称される東部の異種で在り、一年前、


翡翠の貴公子に拾われてきた口であった。


因みに最初に翡翠の貴公子に拾われた異種は金の貴公子だったりする。


翡翠の貴公子に拾われた金の貴公子は、其のまま翡翠の貴公子の翡翠の館に棲み付き、


今に至っている。


同じく蘭の貴婦人もそうしようとしたのだが、何故か、


さっさと翡翠の貴公子に館を追い出されてしまい、


太陽たいようの館で夏風の貴婦人と一緒に暮らす事になったのだ。


翡翠の貴公子は悉く蘭の貴婦人の求愛を避けていた。


いや、無視していた。


全く相手にしていなかった。


しかし、そんな事ではへこたれないのが、此の蘭の貴婦人の陽気な性格であった。


彼女は考えた。


どうやったら彼は私を振り向いてくれるのだろうか?? と。


そして翡翠の貴公子と夏風の貴婦人が親しそうに話している姿を時折り目にしていた彼女は、


一つの結論に辿り着いた。


「私も強い女になろう!!」と。


そんな訳で日々身体を鍛える事が趣味になってしまった蘭の貴婦人は、


とうとう今回の騎馬戦の一騎兵として参加するまでに、こぎ付けたのだ。


「やっと此れで、新たな目標が出来たわ!!


一人でも多くの兵士を倒して、一歩でも彼の傍へ近付くのよ!!」


意外かも知れないが、異種の男女は互いに言葉を交し合うと云う事が殆ど無かった。


議事堂の会議などは基本的に男子が行っており、女子は夜会に参加をするのが主だった。


式典などの行事の際は異種全員が参列をする事は在るが、其の時に男女が会話をする余裕はなく、


夜会などに至っては他の客たちに阻まれて、異種同士が会話をする事は無理に等しかった。


唯一世間話が出来る会議や祝祭前後の控え室は、男女の部屋は懸け離れており、


御互いが行き来する事はなかった。


其れを自由に行き来出来るのは、唯一人、異種統括の夏風の貴婦人だけだった。


なので蘭の貴婦人は、一年前に翡翠の館を追い出されて以来、


翡翠の貴公子とは言葉さえ交わしていなかったのである。


極々稀に会場などの回廊で擦れ違っても、彼は完全に蘭の貴婦人を無視していた。


「でも予想外だわね」


夏風の貴婦人は汗を拭き乍ら首を傾げた。


「あいつは絶対、騎馬戦にだけは出ないと思ってたんだけど」


蘭の貴婦人も首を傾げる。


「そうだよね・・・・何かアクシデントでも在って、どうしても出るしかなかったとか??」


其れを聞いた夏風の貴婦人は、がはははは!! と笑った。


「其れ、いいわ!! 本当にそうだったら、かなりウケる・・・・!!」









正に其のアクシデントに見舞われてしまった翡翠の貴公子の下にも、


当然のこと乍ら参加者名簿は届いていた。


金の貴公子は名簿を持って来ると、翡翠の貴公子に見せる。


「舞芸に蒼花あおはなの貴婦人が出るんだって。此れを機会に御近付きになりたいなぁ」


最早、自分の問題は解決している金の貴公子は、婦女子の参加ばかりを気にしている。


翡翠の貴公子は金の貴公子の言葉には答えず、自分の参加種目に誰が出るのかと目を走らせる。


そして書面を見詰めた儘、ぴくりとも動かない。


何故なら・・・・実に当たりたくない顔ぶれが勢揃いで在ったからだ。


金の貴公子は、そんな翡翠の貴公子の肩を叩くと、


「まぁ、そう深刻になるなよ、主。種目は同じでも、試合が重なるとは限らないんだぜ」


飄々と言ってくる。


確かに試合の詳細は当日判る事になっており、


個人戦に至っては幾つにも試合が分けられている為、


同族同士が当たる可能性も低いのも確かだった。


だが団体戦は敗戦しない限り、必ず生き残ったチームと当たるのだ。


「必ず・・・・彼女が残る」


翡翠の貴公子は気力を吸い取られたかの様に呟いた。


「そうかぁ?? 騎馬戦には白の貴公子も漆黒の貴公子も出るんだぜ。おお!!


蘭の貴婦人まで出てるぞ!!」


案外、生き残らないかも知れないぜ、夏風の貴婦人のチームの橙砂。


そう楽観的に答える金の貴公子に、 だが翡翠の貴公子は「よく見ろ」と騎馬戦の欄を指差す。


白鐘しろかねに白銀の貴公子が出ていない」


よく見ると白鐘のチームには、白銀の貴公子の名前がなかった。


大将は白の貴公子となっている。


「白銀の貴公子が出ていれば、俺か彼女のどちらかが負けたかも知れない」


十年以上も軍人生活を送ってきた夏風の貴婦人と翡翠の貴公子に互角に勝負が出来るのは、


白銀の貴公子くらいであった。


堰き止め役になる筈だった白銀の貴公子が騎馬戦に参加をしないとなると・・・・絶対、


夏風の貴婦人のチームが残る。


彼女と当たれば当然、試合は長引くだろう。


試合が長引くと云う事は、其れだけ長く民衆の前に晒し者にされると云う事だ。


翡翠の貴公子は其れが一番嫌だった。


更に。


「漆黒の貴公子は・・・・」


ふう・・・・と溜め息。


漆黒の貴公子は黒耀の副将だった。


何を上手く漕ぎ着けて、副将に収まったのだろうか??


副将は長棒を使いつつ直接首を狙われない分、一番自由に動ける役得だった。


故に大将がずば抜けた強者でない限り、大将の首は副将に懸かっているのだ。


試合を長引かせるのも早く終らせるのも、副将の腕次第なのである。


実に・・・・羨ましい限りである。


静かに意気消沈している翡翠の貴公子に金の貴公子が、


「主、そんなに大将、嫌なの??」


すっとんきょうな問いをしてくる。


翡翠の貴公子は呆れて答える気もしなかったが、


「・・・・嫌だ」


蚊の啼く様な声で呟いた。









何故ならば。


話は少し前に戻る。


翡翠の貴公子の苦難は、騎馬戦の訓練の初日から始まった。


大将になってしまった以上、軍の練習に参加しない訳にはいかなかった。


翡翠の貴公子が訓練場に来ると、其の姿を見るや否や、あの熱血眼鏡の補佐員が遣って来た。


「翡翠の貴公子様!! 御待ち申し上げておりました!!


翡翠の貴公子様が大将になって下すった御蔭で、皆、俄然、遣る気になっております!!」


翡翠の貴公子は軽く一瞥すると、


「副将は??」


問うた。


すると現れたのは・・・・


「おらだ!!」


「おらだべ!!」


ずんぐりと肥えた小さな男が二人、前へ出て来た。


「いんや~~、こんな長い棒、使うの初めてだべよ」


思わず二人を凝視する翡翠の貴公子。


「まさか、おら達が副将だなんて、驚きだべ~~」


「そだそだ。あみだくじで見事、副将に選ばれただよ~~」


周りの参加者も、うんうんと頷いている。


翡翠の貴公子は思わず固まった。


あみだ・・・・今、あみだくじと言ったか??


いや、まさか、重役で在る副将を、くじで決める様な事は・・・・と脳裏で否定しつつ、


翡翠の貴公子は全体を見回す。


だが皆が皆・・・・何故か同じ顔に見えてくる。


何故だろう・・・・手練れに感じられる人物が一人も居ない。


そう云えば補佐員が「素人に毛が生えた程度」と言っていた様な気がする・・・・。


翡翠の貴公子は小さく深呼吸すると、


「・・・・そうか。では、まず、軍陣を組むところから始めよう」


と抑揚の無い声で言った。


すると。


「おら、軍陣の組み方、判んね」


「おらも」


「あれじゃねえか、縦列とか鎖とか」


「其れを云うなら楔だべ」


広がる波紋の様に、わいのわいのと喋り出す男たち。


「まぁ、要は、此の棒で敵を突けばいいんだべよ」


「そだな。鍬に比べたら、ずっと軽いから、何て事ないだべよ」


「んだんだ」


軍陣云々の前に棒術の基本すら知らない様な言葉が飛び交う中、


翡翠の貴公子は暫く佇んでいたが、もう一度深く深呼吸をすると、


「判った。基本から教えよう」


諦観した様に、澄み渡った夏の空を仰いだ。


そして此の日から、鉱緑の大将・・・・翡翠の貴公子の苦労は始まったのである。

2話目は、闘技会へ向かっての諸々の御話でした☆


これから、どんどん異種女子も出てきて、シリアスやらギャグやら在りです☆


少しでも楽しんで戴けましたら、コメント下さると励みになります☆

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