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悪魔の死

「た、助けてく――ギャアアアアアアアアアアアア!!」


跪き、命乞いをする男に向けて異形の悪魔が嗤いながら爪を振り下ろす。


悪魔は血で濡れた爪を払う。


夜のような黒い髪に紅い目の瞳孔は縦に割れ獣性を宿している。中肉中背ながら引き締まった身体には線と円で出来た刺青がされ額には二本の五角錐の角が生えている。


悪魔の名前は『レミング』。【教会】から通っている名前は『血濡れ』。名前はまだ悪魔ではなく人間だった頃の名である。


骸に埋め尽くされた洞窟内でレミングは徐に手を挙げ、指を弾く。その瞬間、レミングの足元に複雑な模様を描いた円が生まれ、埋め尽くしていた骸が円の中に引き釣り込まれる。


(……中々に強かった。が、心は恐怖に対応出来なかったか)


男たちの名は『魔喰い』。悪魔を専門として殺す『探検者』の集団。構成人数は三四人で前衛が八、中衛が九人、後衛が一七人。

前衛の八人が悪魔の牽制を行い後衛が大火力の【魔術】で悪魔を祓う。中衛はそのサポートを行う。連携は完璧であり付け入る隙が殆んどなかった。


だが、とレミングは屍の骨で出来た椅子に座り退屈そうに付け足す。


レミングにとって敵の数が多い事は日常茶飯事であり、連携が取れているのは当然であった。そして、レミングの【魔術】は集団を相手にする事を得意としていた。その上、この洞窟はレミングの拠点であり【魔術】によって要塞と化している。


どこから狙われているか分からない、その恐怖に呑み込まれれば自ずと精神を削られる。繊細なコントロールと冷静さを求められる【魔術】にとっては最悪の環境なのだろう。


(……掛かったな)


洞窟内に設置した【魔術】が起動を確認したレミングは王座から立ち上がり手を前に向ける。


「【三式:焔の宴】」


レミングが向けた掌から炎が反応を示した方向に向けて放たれる。


だがすぐにレミングの【魔術】は解除され、洞窟内に強い魔力の鼓動が生まれる。


(【対抗魔術】に加えて強い光の魔力……【教会】の部隊か)


【教会】はレミングにとって敵だ。【教会】の教義には反吐が出る程に嫌いだ。これは人間の頃から変わらない。


レミングは久方ぶりだ、と内心笑いながら魔力を滾らせる。


【教会】の特性上探知に関わる【魔術】を保有している事が多いため通常の悪魔なら隠れるよう魔力――【魔術】の動力源の動きを抑え隠れる事が多い。


だが、レミングは敢えて魔力を滾らせる。そうすれば相手の探知に引っかかり相手が速く来るからだ。


高速で来る魔力に向けてレミングは手を向けて唱える。


「【三式:黒雷の柱】」


唱えると同時に掌から黒い雷の極太レーザーが放たれる。


レーザーは壁に当たると貫通し標的に向けて一直線で向かっていく。


「はああ!!」

「……そうくるか」


レーザーの中から現れる鎧姿の男の剣を手で受け止める。


「ぐっ!?」


その瞬間、手が焼け始める。咄嗟にレミングは手を離し間合いを取る。


焼けた手は離すと同時に白い煙を上げる。


(……【聖剣】か)


鎧姿の男が持ち、構える剣の正体を知識を元に冷静に看破する。


【聖剣】は【教会】が悪魔討伐のために用いる武器の一つ。他の武装とは違い、悪魔のエネルギーを直接霧散させ、ダメージを与える。


だが、代償も他の武装よりも大きい。【聖剣】は持つだけで多大な魔力を喰らうため普通の魔術師では持ち上げる事すら出来ない。


それを使える存在にレミングは心当たりがあった。


「『悪魔殺し』か」

「そういうお前が『血濡れ』か」


切っ先をレミングに向けて睨み付ける男に辟易としながらレミングは静かに怒りを向ける。


「粛清部隊……数年前に全て潰したと思ったがまだ生き残りがいたか」


レミングは数年前、【教会】の粛清部隊をたった一人で壊滅させた。粛清部隊は【教会】の部隊の中でも悪魔狩りを専門として行っており、悪魔たちからしたら目の上のたんこぶだった。だが、手を出せなかった。粛清部隊の実力が悪魔たち以上だったからだ。


故に、レミングはたった一人で粛清部隊を壊滅させた。


忌まわしい記憶に触れられたのか、『悪魔殺し』は苦い表情をしながら話す。


「貴様のせいで戦友も、先輩も、愛した女性も……全てを失った。だから誓った。何としてでも貴様をこの手で殺すと!!」


吼えると同時に『悪魔殺し』は地面を蹴り接近する。


レミングは腕を振るう。それと同時に風の刃が放たれる。『悪魔殺し』は風の刃を剣で弾きレミングに接近し間合いに収める。


「おおおおおお!!」


高速の剣をレミングは難なく回避する。即座に『悪魔殺し』は足を踏み込み間合いを詰め刺突を放つ。


レミングは拳で剣の腹を叩き剣を逸らして往なし貫手を『悪魔殺し』の鎧の胸の部分に放つ。


「くっ……!?」


大きく弾かれた『悪魔殺し』は砕けた鎧を見て驚愕するがすぐさま思考を切り替えて剣を構える。


「元人間ならば、悪魔に堕ちた時点で潔く死ぬべきだ。何故死ななかった」

「……下らない話だな」


【教会】の教義をレミングは普通の悪魔よりも深く知っている。


「『悪魔を殺せ、魔物を殺せ、異端を殺せ』――下らないとは思わないか?」

「何を……!?全ては人間を苦しめる存在、殺すのは必定だ!」

「……お前らの人間の括りは『【教会】を信仰している者』だけだろうが」


だからこそ、レミングは【教会】を嫌う。勝手に生き物を括る【教会】のやり方が真底下らなく、どうしようもない程愚かだと言うことを知っているからだ。


「御託は結構。悪魔の思想に興味は……ない!!」

「だろうな。【二式:鈍牢】」


再び地面を蹴り接近してくる『悪魔殺し』に向けて手を向ける。


「がっ!?」


その瞬間、『悪魔殺し』の身体は地面に沈む。


「身体に掛かる重力を操作する【式】だ、それなりに効くだろ」

「この……悪魔め……!!」


『悪魔殺し』は膝を付きながらも、立ち上がろうとする。が、重さですぐに元の状態に戻されてしまう。


「終わりだ」


レミングは手を静かに上げる。


「【三式:時雨の飛沫】」

「【一式:抗魔の障壁】!!」


咄嗟に手を魔力を発したほうに向け水の散弾を放つ。


散弾は法服を来た少女が出した障壁に防がれる。


「くっ……はああ!!」


緩んだ重力から抜け出した『悪魔殺し』は剣を振るう。


咄嗟にレミングは回避し距離を取るが、その隙に『悪魔殺し』が仲間と合流してしまう。


「聖人様、今はお休み下さい。流石に彼を相手にするのは危険すぎです」

「だが……分かった、頼む」


少女の要請を聞き入れた『悪魔殺し』は後ろに下がる。


少女は悪魔討伐用の杖を持ちながら兵たちの前に立ち、レミングは懐かしい者を見るような笑みを浮かべて口を開く。


「久しいな、『伝導者』セレナ。いや、今は『聖女』か」

「『救国の聖人』と吟われた聖人、レミング様が悪魔へと堕ちたのは悲しいです」


親しい友人と話すような口調で、悲しいような声音で話すセレナにレミングは少しだけ人間の頃の事を思い出す。


レミングは人間の頃、【教会】の騎士だった。【魔術】に優れ、たった一人で国家級の魔物を討伐し国を一つ救い、多くの異教の地で教義を布教し、『救国の聖人』の名を授けられる程に信仰心に溢れた人間だった。


だが、ある日を境にレミングは悪魔へと堕ち、【教会】に反旗を翻すようになった。故に【血濡れ】。【教会】に所属していた頃に多くの異教を殺し、血に濡れていた事がレミングの新しい名になった。


「ずっと気になってました。何故貴方程の聖人が悪魔に堕ちたのかを。……教えてくれませんか?」

「【教会】の教義が間違っている、それだけだ」


それが異教の地で人間だった頃のレミングが出した答えだった。


「だから、潰す。【教会】の教義のせいで当たり前のように生きている存在たちを殺させないためにな」


そう言ってレミングは手を向ける。指先から複雑な模様を描いた円が生まれる。


「来ます!!」

「【虚栄崩し】」


展開していた円が収束し幾つもの螺旋を描く刃を放つ。セレナは咄嗟に魔法陣を描き刃を逸らすが何本かは騎士たちの胸を穿つ。


「なっ!?悪魔風情が!!」

「まって、近づいちゃ――」


仲間を殺されたことに怒った騎士たちがセレナの静止を振り切り一斉にレミングに襲いかかる。


レミングははぁ、とため息をつきながら唱える。


「【傲慢崩し】」


新しい円が生まれると同時に襲いかかってきた騎士たちは不可視の力に押し潰される。


両手を水平に上げレミングは嗤う。嗤いながら歌うように唱える。


「【断罪崩し】、【既存崩し】、【生体崩し】」


一人の騎士は不可視の刃に身体を両断される。

一人の騎士は突然血を吐き出して地面に倒れる。

一人の騎士は内部から腐っていき絶命する。


歌うように唱えられた【魔術】は襲いかかる騎士達を確実な死へと落とし込む。


「止めろおおおおおおおおおおおおおおお!!」


後ろに下がっていた『悪魔殺し』が吼えると同時に地面を蹴って走ってくる。


レミングは身構え拳を握る。


「させるか……!」


地面に倒れていた騎士の一人がレミングの身体を抱きしめ抵抗を抑え込む。


咄嗟にレミングは【魔術】を発動させようとするがそれよりも速く『悪魔殺し』の【聖剣】が胸を穿つ。


「が……!セレ、ナ。警戒、しろ。」

「え……?」


根性で意識を保つレミングがセレナに向けて話す。


「【教会】、は……裏が、ある。呑み、込まれ、るな……よ……」


警告を伝えたレミングは力を失い、【聖剣】が抜かれると同時に地面に倒れる。


――この日、『血濡れ』はこの世界から消失した。


――だが、誰も気づいていなかった。


――この流れこそ、『血濡れ』が狙っていた事だと言うことを。


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