表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女は魔術と紅茶を楽しんで  作者: 賀来文彰
学生編 二回目の秋のこと
44/323

二 移ろう評価

 近くに座る新入生達が話し始める。


「あの人が新しい先生?」

「全然見えないよね。もしかして私達とそんなに変わんない?」

「何か頼んなさそう」


 出だしから散々な評価だが、オドオドしながら自分の席に向かうマッコードを見ていると、そう言った声が上がるのも仕方なく思える。

 実際、マッコードは自分の席の隣にいる魔法陣学担当のポール・クーパーから向けられる非難めいた視線にすっかり腰砕けてしまい、何とも言えない様子でそろりと席に座るところだった。


「何か面白そうな先生だよね」

「うん。宿題を忘れてもなんだかんだ言って許してくれそう」

「あの感じだと、先生が授業に遅れてくるなんてこともあるかも」


 真面目な学生の話題とは程遠い内容を繰り広げながら、ナタリアとグロリアは多くの料理で満たされたお腹を愛おしそうになでている。

 そんな二人を呆れ返った様子で眺めつつ、エリカはマッコードをそれとなく見やった。どうもジーナから聞いていた人となりと実際の様子が噛み合わない気がしてならない。


 そんなマッコードは向かいに座るジュリア・パーカーから質問攻めを受けているようで、どぎまぎした表情を浮かべていた。上級魔術学を担当しているだけでなく、吸血鬼という長命種でもあるせいか、パーカーは好奇心旺盛のようだ。来年は彼女の授業を受けなければならないと思うと、エリカの気分は今から下降気味だった。


「ジュリアさんって全然変わんないや」


 何気なく呟いたシェリルにエリカは反応する。


「もしかして知り合い?」

「え?ああ、そうなの。お母様と知り合いらしくて、時々屋敷に遊びにいらっしゃるわ」

「そうなんだ」

「まあ、お母様はちょっと苦手みたいだけど」

「え、そうなの?」


 いきなりの爆弾発言にエリカは驚くが、すぐに思い直す。吸血鬼同士でしか分かり合えないこともあれば、吸血鬼同士だからこそ気まずいこともあるのだろう。


「でも、あの件の後に見舞いに来てくれた時は、すごく感謝してた。私も助かったよ」

「シェリル……」


 シェリルの表情に少し影が差したのを見てエリカはそっと彼女の手を優しく握り締めた。その様子を見ていたナタリアが話の輪に入る。


「シェリルのお母さんって、国王陛下を守り抜いたんでしょう?カッコいいな」

「そんな大層な話じゃないよ。刺客達を屋敷に追い込んだだけだから」

「いや、誇らしいことだよ。私なんて冒険者一族の生まれだけど、同じことができるかって言われたらまず無理だもん」

「まあ、それは分かるわ」

「いや、そこは否定してよ」


 グロリアのツッコミにナタリアが抗議の声を上げる。そんな丁々発止のやり取りにシェリルがクスリと笑う。

 その瞬間、二人が満足そうな表情で目配せしたのを見て、エリカは二人の親友への心遣いを感じ取った。


 しばらくするとバンクロフトが立ち上がる。


「さて諸君。そろそろ食欲も満たされてきたことだろう。

 ここで歓談の時間に移っても良いのだが、その前にマッコード先生から挨拶を頂こう」


 バンクロフトに促されたマッコードは、文字通り飛び上がらんばかりの様子で席を立った。その表情からは、彼女が挨拶の言葉を一切考えていなかったことが読み取れた。


 マッコードは息も整えぬままに拡声魔法を自分にかける。そのせいで震え声なのがすぐに全員に知れ渡った。


「え、えーと……。み、皆さん。蒸気機関学を担当するベアトリス・マッコードです。これから宜しくお願い致します」


 言い終えるや否や、マッコードは顔を真っ赤にしたまま席に座り込んでしまう。奇しくもエミリーの挨拶とほとんど変わらない内容にバンクロフトを初めとして全員が戸惑いを隠せなかったが、羞恥心のせいかプルプルと震えたまま目の前の何もない皿をジッと見つめ続ける彼女にこれ以上の挨拶は望めなかった。

 その事実に真っ先に気付いたバンクロフトが慌てて席を立つ。


「あー。マッコード先生、ありがとうございました。

 えー。それでは諸君、これより歓談の時間に移るように。新入生達は同級生だけでなく上級生にも積極的に声を掛けるように。上級生も彼らのサポートを怠らないように」


 バンクロフトの呼び掛けに真っ先に答えたのは最上級生だった。彼らはすぐに自分達の近くに座っている新入生達に話し掛けていく。


「さすが学院長。一気に流れを変えたね」

「すみません、先輩。ちょっといいですか?」

「え、私?ど、どうしたの?」


 したり顔で言い放つナタリアだが、近くにいた新入生に声をかけられた途端、落ち着きをなくし始める。だが、すぐに相好を崩した。

 ナタリアに声を掛けたのは同じラミアの学生だった。


「お手洗いがどこにあるか忘れちゃって……。教えてもらいたくて」

「ああ。それなら一緒に行きましょう。私もちょうど行こうと思ってたところなんだ」


 そう言うとナタリアはするりと立ち上がる。そして後輩を優しくリードしながら食堂を出ていく。

 その様子を見ていたグロリアがクスリと笑う。


「ほんと、仲間想いだよね」

「うん」


 エリカ達は穏やかな表情を浮かべた。様々な種族がいるとはいえ、ラミアは王都ではまだまだ珍しい。ナタリアによるとラミアの体質的に都会の空気は合わないらしい。

 それ故に、学院に通う時くらいしかラミアは王都にいない。言い換えれば仲間がほとんどいない。

 本当はお手洗いを探していなかったのだろう。探していたのは同族がいることの安心感だった。それを察したナタリアの配慮にエリカは頬を緩める。


「ナタリアってイイ女だよね」

「ちょ、エリカ。え、急にどうしたの?まあ、確かにそうだけど、そんなはしたない言い方をしなくても……」


 エリカは思ったままの表現をしただけだが、貴族としての振る舞いを習っている最中のシェリルにとっては、こうした表現はかなりくだけているようで、あらぬ誤解をしてしまっていた。

 そんなウブなシェリルを少しからかってやろうかと悪だくみしたエリカをグロリアがたしなめる。


「エリカ。ゲスい顔になってる」

「そんなことないよ。グヘヘヘ」

「ぷっ。本当に変な顔になってるからやめてよ」

「半笑いが地味に傷付くわー」


 あーだこーだといつものように騒ぐエリカ達だが、教授達も交えた新入生達との歓談がそこかしこで活発になっているのを見ると自分達もそろそろ動かねばならないと思い始める。

 エリカ達が重い腰を上げた時、早速誰かが後ろから話し掛けてくる。


「あのー、すみません……」


 振り返ると、どういう訳かマッコードがそこに立っていた。フチなしの大きな丸眼鏡をかけているせいで幼さが際立ち、同学年のように見えてしまって何だか落ち着かない。

 だが、彼女が声を掛けたのはエリカではなかった。


「シェリル・コーンウェルさんですよね?ベアトリス・マッコードと言います。こうしてお目にかかれて嬉しいです」


 シェリルの右手を自ら取るやブンブンと振り回すように握手するマッコードに、エリカとグロリアは度肝を抜かれた。

 シェリル自身も目を白黒させているが、それでも挨拶を返したのは貴族教育の成果だった。


「ど、どうも、こんにちは。シェリル・コーンウェルです……」

「この前の事件におけるお母様のご活躍には胸を打たれました。やろうと思ってできることではありませんからね」

「え、えと……。ありがとうございます……」


 本人でもないのにどう答えれば良いか分からず、シェリルはドギマギする。対照的にマッコードは目をキラキラと輝かせていた。


「うーん。先生って感じがしないよね」

「うん」


 二人からそっと距離を取ったエリカとグロリアは何とも言えない表情を浮かべていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 庭園から立ち込める花々の香りが鼻をくすぐって心地良い。それなのにアルフレッドは気難しい表情のまま空の一点を見つめている。

 傍らに置かれたティーカップはすっかり冷めきっており、湯気はとうの昔に上っていない。


「アル。紅茶が」


 そっと語りかけるアステリアも紅茶の量はあまり減っていない。アルフレッドはため息交じりにティーカップへ手を伸ばした。


「あの子はいつの間にか変わってしまったな」

「ええ。デーモンスパイダーの件から薄々感じてはいたけれど、まさかこれ程とは思わなかったわ……」

「一体、あんな魔術をどこで覚えたのやら」

「無詠唱を使いこなしていたのも未だに信じられないもの」


 二人は無言で手元を見つめる。我が子の変わり様に戸惑いを隠せないでいた。


 カーティスが新しい紅茶のポットを持ってくる。しかし、二人とも紅茶にほとんど手を付けていないのを見ると、そっと尋ねる。


「別の茶葉をお持ち致しましょうか?」

「いや、このままで良い。ありがとう」

「申し訳ないけれど、そのポットは下げておいて頂戴」


 カーティスは長い付き合いになる二人ですら分からない程に軽く眉を上げたが、すぐに一礼するとその場を後にする。

 とはいえ、二人がエリカのことで悩んでいるのは明らかだった。王都を震撼させた事件以降、二人とエリカの間に何故か深い溝ができたのは使用人達も把握している。


 カーティスは二人の様子から今晩の食事を心持ち控えめにするよう、料理長に伝えることを頭の中にメモ書きした。

 忠臣が気遣っているとはつゆ知らず、アルフレッドとアステリアは我が子の将来を憂いていた。


 あの一件以降、スタンフォード家の立場は完全に変わってしまった。自分より爵位が高く、それでいてほとんど交流のなかった貴族から晩餐会への招待が届くようになり、政界で影響力を持つ者がわざわざ面会に訪れることも増えてきた。直接伝えられた訳ではないが、エリカへの縁談の話もいくつか挙がっているとも聞く。

 これらは全て、スタンフォード家にとって良いことばかりだが、アルフレッドもアステリアも手放しで喜んではいなかった。

 まだ年端もいかない一人娘が何かを目的とすることもなく、これ程までに多くの人々に様々な影響を及ぼしている事実は異常なことだからだ。


 我が子を信じたいが、このままではいずれスタンフォード家に凶事を為すかもしれないという一抹の不安がどうしても頭から離れない。


 アルフレッドが紅茶をすする。


「思えばあの子は変わっていた。コーンウェル伯爵夫人と臆せず会話をするし、キュウリの一本漬けなる料理を生み出した。私達が気付いていなかっただけで、本当はもっと前からあの子は特別だったのかもしれんな」

「……もしかして、数年前の流行り病が原因かしら?」


 アステリアのつぶやきにアルフレッドが目を細める。


「馬鹿な。さすがにそんなことは……」


 言い切らぬうちからアルフレッドも考え込み始める。確かにあの時から変わったような気がする。


「それまでは手に余るおてんば娘だったのに、あの時を境に聞き覚えが良くなったと思わない?」

「ああ、確かに。本を手に取らせるだけでもオズワルドやカーティスの手を焼かせていたのに、自分から図書室に行くようになったしな」

「そうでしょう?やっぱりあの時からあの子は変わったのよ」


 なるほどとアルフレッドは頷く。死に触れることで性格が変わることはよく聞く話だ。


「あの子は私達が思う以上に成長しているのだろうな。だが、どこでそれ程までの知識を身に付けたのだろうか」


 その言葉にアステリアは何かを考え始める。


「すぐに思いつくのは学院の図書室の最上階だけれど、あそこはまず忍び込めるようなところじゃないし。オズワルドや伯爵夫人以外の長命種との接点もないはず……」

「ああ。それにオズワルドも伯爵夫人もあの魔術を知らなかったからな……。全く、どこであんなものを覚えたのやら」


 アルフレッドもアステリアも沈んだ面持ちでカップの中の紅茶を眺める。琥珀色の液体は陰りを帯びている。


「それ以上に恐ろしいのは、あの子が普通なことだ。敵とはいえ、相手を手にかけたというのにいささかも動じておらん」

「アリス達が交替で様子を見てくれているのだけれど、普段と全く変わらなさ過ぎて、かえって心配していたわ」


 人を殺せばその時のことが忘れられず、夜中に跳び起きたりふさぎ込んだりするというが、エリカはそのようなトラウマに襲われることが今のところない。

 その事実が二人の肩に一番重くのしかかっている。


 もし我が子が殺すことに一切のためらいを覚えない子だったとしたら?


 二人のエリカに対する評価は日に日に暗くなっており、親子の間にできた気まずさの壁が崩れるのはまだ遠いことのようである。


いつの間にかブックマーク数がこんなにもたくさん増えていて嬉しいです。

励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ