十七 誰が為に戦うのか
「よくも娘を!」
アルフレッドが怒り狂って杖を振るう。だが、放たれた魔術をいとも簡単に防ぎつつマディソンはジェファーソンに言う。
「随分と時間がかかったが、もうこれで良いだろう」
「ああ。あれでは国王も無事ではあるまい。それにしても私達が直接手を下さんとならんとは。全く使えん奴らばかりだ。これだからヒトは信用ならんのだ」
「今回ばかりは貴様に同意しよう」
その場にいる全員を無視して話し続ける二人にオズワルドが襲いかかる。その勢いはすさまじいものだったが、マディソンがげんなりとした表情を浮かべた。
「二度も同じ手は喰らわんよ、オオトカゲ殿」
魔力のこもった拳を自らの拳で受け止めつつ、マディソンは先程エリカ達を襲った魔術をゼロ距離で放つ。
すさまじい爆風が巻き起こり、大広間の扉が衝撃で吹き飛ばされる。だが、その段階になっても援軍は来なかった。
大広間の外には薄緑色の煙が壁のように厚みを持って広がっている。どうやら強力な睡眠薬か何かのようで、騒ぎを聞きつけてやってきた兵士達が続々とその場で倒れていた。
「ほう。これを耐えるとは。さすがドラゴンは違うな」
後方に吹き飛ばされていたものの、オズワルドが負ったダメージはモノクルだけだった。ひびが入ってしまったそれを乱暴に外すと、地面に投げ捨てる。その瞳は怒りに満ちていた。
その時、マディソンの背後から伯爵夫人が姿を現し、同じくゼロ距離からナイフによる一撃で首元を狙うが、それはジェファーソンが複数の矢を放つことで防いだ。
「見事な奇襲だが、私がいることを忘れてもらっては困るよ」
バックステップで矢を躱した伯爵夫人は苛立たし気に舌打ちする。
「全く品のない方だ。そのように牙を見せつけるものではないよ」
まるで子供を諭すような表情でそう言うと、ジェファーソンは彼女の足元から槍を繰り出す。飛び上がってそれを避けた彼女にマディソンが杖を向けた。
「させません!」
アステリアが火の玉を放つ。さすがにこれには意表を突かれたようで、マディソンは伯爵夫人への攻撃を中止した。
「失うものがなくなった者は強いな」
「確かに。だが、根本的な実力が足らん」
マディソンがそう言うや否や、アステリアが宙に吹き飛ばされる。慌ててアルフレッドが風魔法で彼女を守った。
「自分で自分の身も守れんとは」
嘆かわしそうにマディソンが言う。ジェファーソンは肩をすくめるだけで何も答えなかった。しかしその表情は心底残念といった様子だった。
挑発と侮辱を繰り返しながらも、二人はオズワルド達の猛攻を悠然と捌いていた。大広間の外には意識を失った兵士達がおり、左手には安否こそ分からないものの国王達がいる。
本来ならばオズワルド一人でこの二人を相手取っても充分に余裕ある戦いができるのだが、この状況ではそれができない。それは伯爵夫人も同じだった。
アルフレッドを初めとして叙勲者とその家族も奮戦しているが、その数の暴力が通用しない程に、今いる場所と敵二人の実力がアルフレッド達を追い詰めていた。
徐々に焦りを見せ始めるオズワルド達をもてあそぶ訳でもなく、追い詰めようとする訳でもなく、二人はただ自然に魔術を放ち続ける。そこには勝利を確信する者の余裕が満ちていた。
その場にいた全員が一瞬動きを止めたのは突然のことだった。
息をすることすら忘れてしまいそうな程の重苦しい空気の質量が全身を包み込み、ジェファーソンとマディソンも含めた全員が、突如襲いかかったこの根源的なものの正体を必死で探し始める。
「あなた……」
真っ先に気付いたのはアステリアだった。初めて聞く妻の震える声に動揺しつつも、彼女の視線の先をアルフレッドは追いかける。そして言葉を呑んだ。
そこにいたのは自分達の娘だった。確かにそのはずなのに、全くの別人に見えるのはどういうことだろうか。
「む?この殺気はあの少女が?」
「彼女しかいないだろうな」
マディソンがスッと目を細め、品定めするようにエリカを見る。
「ようやく手応えのありそうな者がでてき……」
しかしマディソンは最後まで喋ることができなかった。エリカが放った火魔術はまさしくマグマで、それがすさまじい勢いで自分めがけて飛んできたのを必死に防御する他なかったからである。
さすがにオズワルドや伯爵夫人を手こずらせるだけあって、咄嗟に張り巡らせた結界はマグマの弾丸によく耐えていた。しかし、その中にいながらもマディソンの額には大粒の汗が既に浮かび始めている。
「なんだ、この馬鹿げた出力は……。このままでは魔力が持たんぞ!」
「ふん。相手の実力も見定めないままに挑もうとするから、苦しい思いをする羽目になる。貴様には良い教訓じゃないか」
「後でいくらでも嫌味を言わせてやるから、さっさと援護しろ!これが崩れれば貴様とて無事では済まんのだぞ!」
「落ち着け。既に手は打ってある。貴様も時間稼ぎくらいなら役立てるということだ」
ジェファーソンがそう言い終える前にエリカの周囲の空中から複数の槍が現れ、様々な角度から一気に刺し貫いた。
全身を貫かれてエリカの四肢はだらんとぶら下がる。だが、確実に術者の命を奪ったはずなのに、マグマの弾丸は未だに止まらない。
「ん?どういうことだ。何故止まらん?」
「待て……。不可視の呪文か!」
慎重に観察していたジェファーソンは弾丸が放たれている正確な箇所を見抜き、そこに改めて槍を打ち込む。その瞬間、マグマの弾丸は止まったものの、空中から現れた槍は獲物を捕らえることなく空振りに終わる。
それと同時に、偽物のエリカを貫いていた槍もばらばらと音を立てて地面に落ちていく。それらに大量の水がかぶさっていった。
「マディソン。手を貸せ」
ジェファーソンの緊張を帯びた声に驚きつつも、マディソンは油断なく杖を構えた。
普段は互いをけなし合う二人だが、戦闘となるとぴたりと呼吸が合う。なので、ジェファーソンが睡眠作用のある煙を操って大広間の外から運び入れても、動じることなく杖を動かし、自分達の周りに大きな風の渦を巻き起こして換気する。
だが、それよりも大きな風が二人を足元から一気に襲う。突風に巻き上げられた二人はそのまま天井にぶつかりそうになるが、とっさにジェファーソンが錬金術でクッションを生み出して直撃は免れる。
そのまま落下していくが、まるで猫のように空中で受け身を取ってダメージなく地面に降り立とうとした。
二人が降り立った瞬間、激しい稲妻が全身を貫いた。経験したことのない痛みと初めて見る攻撃に、初めてジェファーソンが恐怖の声を上げた。
「ここは一旦退くぞ!」
だが、マディソンは答えなかった。それを不審に思ったジェファーソンは、急いでマディソンの様子を確認する。
「何と……」
マディソンは既に事切れていた。エリカの放った電撃に心臓が耐えられなかっただけのことだが、電気というものを知らない世界の住人の一人に過ぎないジェファーソンにとって、それはまさしく死神の一撃に映った。
未だ痺れの残る身体を無理矢理に動かして、ジェファーソンは一刻も早くこの場から離脱しようとする。だが、いつの間にかすぐ近くのところに現れていたエリカが右手に電撃を掴んだままジェファーソンをただ見ていた。
エリカがとどめを刺そうと電撃を振りかぶった時、かすかなうめき声が背後から聞こえてきて、一瞬集中が乱れた。その隙をついてジェファーソンは煙幕を張ると、大きな窓ガラスを突き破って外へと逃れた。
それを目で追いかけつつも、エリカは電撃をかき消す。そしてすぐにうめき声を上げた人物の元へ向かう。
「ご無事でしたか、国王陛下」
うつ伏せで倒れている国王の上にコーナー男爵とウォレスが覆い被さっている。その二人の背中はがれきの破片などで傷付いていたが、国王自身は目立った外傷がなさそうだった。
「二人は無事か?」
苦しそうな声を上げつつも、国王は自分をかばった二人を案じる。エリカは二人が生きていることを確認すると治癒魔法で手当てした。
「むぅ……」
「陛下……」
二人とも意識が戻ったようだが、まだ朦朧としている状態だった。
その時にはオズワルド達が駆けつけており、国王を二人の忠臣の下敷きから救出した。
「ジーナ……」
エリカはその輪から外れて、一人ジーナの元に歩み寄る。爆発が起きたのに彼女は汚れていなかった。きっとゾーイという女性が守ってくれたのだろうと思いながら、静かにその場に佇む。
そんなエリカを両親と伯爵夫人は無言のまま見つめていた。エリカは気付いていないが、彼らの瞳には恐怖が宿っている。
「ゾーイはどこだ?無事なのか?」
オズワルドに支えられながら国王は立ち上がると、ゾーイを探し始める。だが、彼女はその場から姿を消していた。
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ジェファーソンは薄暗い地下道を一人、必死の形相で走り抜いていく。
この道を辿って王城に向かう時は、こんな結果になるとは思いもしなかった。度重なる計画の綻びに業を煮やして、結局自分達が動かねばならないと呆れ返っていたくらいだ。
だが、今の彼を支配しているのは恐怖だった。
自分を庇護する帝国の不興を買うことでもなく、国王への武力行使によりお尋ね者になることでもなく、あの少女とは思えない死神の怒りを買ってしまったことを心の底から恐れていた。
長く狭い地下道を走り抜け、旧訓練場に戻ってくる。飛行船が全て出払ったその場所は、まだ様々な備品や荷物が残っているものの全体的にがらんとしている。
見上げた空はすっかり暗くなっており、それに伴って旧訓練場にはもう誰も残っていないようだった。
だが、よくよく耳を澄ますと、風に乗って苦しげな息遣いが聞こえてくる。ジェファーソンは油断なく身構えつつ、その音の正体を確かめた。
「うぅ……」
よく見ると、それはホムンクルスの一人で今回の計画の一員だった。下半身は失われており、うつぶせの姿勢のまま何とかもがいている。
自身が造り上げた作品がこれ程のダメージを負っていることに驚きつつも、ジェファーソンは損傷箇所を見ていく。そして彼女には帝国へ戻る体力が既に残されていないことを見て取ると、ゆっくりと杖を向けた。
「マスター……」
女が悲しそうな声を上げるが、ジェファーソンにはそういった感情が分からないし、自分の作品がそのような不確定要素を持ち合わせていることが許せなかった。
「お前も欠陥作品だったようだ」
そう言うや否や女を吹き飛ばす。宙に舞うその身体を見て、ジェファーソンは自分がしくじったことに気付いた。普段なら形を残すことなく消し炭にするのに、先程の戦いの影響がまだ残っていることに動揺を隠せなかった。
旧訓練場の片隅に落ちた残骸を横目に、王都の外へと向かおうとした時、首元にチクッとした軽い痛みが走った。虫刺されかと気にも留めず、その辺りをぽりぽりと掻きながらジェファーソンは歩き続ける。
そして、数歩もいかぬうちに急に崩れ落ち、その場に倒れ込んだ。
「……」
完全に身体が動かなくなってしまったことに呆然としつつも、ジェファーソンはこれが一種の神経毒によるものだと気付いた。すぐに体内で解毒薬を錬成するが、どういう訳かその効果は現れず、軽いパニックに襲われる。
その時、自分を見下ろす影があることに気付く。もはや視線すら動かせない中で、ジェファーソンはその正体が誰か全く分からなかった。
「あなたの錬金術はもう通用しない」
冷たい女の声が聞こえてくる。そして空に何かを打ち上げる音がしたかと思うと、急に耳元で女が囁いた。
「あなたはここで終わり」
その言葉の意味を知ろうとしたが、既に脳にまでその影響は出ていた。もはや、何も考えられなくなっている状況の中でただ一つ、最期までジェファーソンが認識できていたのは自分が今から死ぬという事実だけだった。




