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彼女は魔術と紅茶を楽しんで  作者: 賀来文彰
学生編 秋~冬のこと
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三 図書室の番人

 それはまるで一つの屋敷だった。


 王立バンクロフト学院には当然のことながら図書室があるが、その規模は学校にある図書室とは桁違いである。イメージとしては大学にある図書館が近いが、それでも学院の図書室には遠く及ばない。

 一階の食堂の向かい側に図書室はあるが、出入口をくぐり抜けるとホールに出る。そこには総合受付のようなスペースが中心にあり、そのスペースを挟み込むように二階・三階へと向かう階段が設けられている。

 このスペースには司書が二十人は在室しており、まだどこに何の本が置かれているか分からない新入生や、専門的な本を求める教職員の対応を行っている。


 各階には一般閲覧室が備えられており、学生や教職員はそこで調べ物をしたり宿題をこなしたりする。その蔵書量もあってか、各階の天井はホールのように高く、書架が天井近くまで設置されている。それ故に、普通の一階分よりも高さがあり、図書室の二階は普通の建物の三階分の高さに相当する。

 ちなみに本の貸し出しは原則行われておらず、許可なく持ち出そうとした場合は厳罰が下される。この許可は学院長と理事長の二名から与えられるもので、そのどちらかだけでは効力を発しない。

 また、三階に関しては階段を上りきったところに専用の事務室があり、ここでは先の二人だけでなく図書室長と副図書室長三人全員の許可が下りないと立ち入ることすら許されない。ここまで厳重なのは、この図書室が王室の蔵書室も兼ねているからであり、三階には重要書類や機密書類、禁書などが保管されているからだ。


 その図書室一階の一般閲覧室でエリカはグロリアと一緒に調べ物をしていた。その隣でナタリアは書架から適当に引っ張り出した本をぱらぱらと流し読みしている。そんな具合だからナタリアが座っているスペースには本が数冊以上置かれており、傍から見れば速読をしている本好きか、勉強熱心で真面目な学生かのように思えるが、実際はそんなに素晴らしいものではなく、友人達に付き合って時間をつぶしているだけだった。


「……はあ。退屈なの」


 ナタリアが愚痴をこぼす。一応、周りの迷惑にならないように小声なのがおかしくて、エリカは頬を緩めた。


「それだったら宿題を片付ければ良いじゃん」

「そんな短時間で終わらないよ。調べ物の方が早いでしょう」

「うーん。グロリアは早く終わるかもね」


 グロリアは肩をすくめると、また目の前の本に集中する。


「それ、何読んでんの?」


 ナタリアがグロリアの手元を覗き込むと、グロリアは嫌そうな顔をする。


「ちょっと邪魔なんだけど……」

「まあまあそう言わずに……」


 いつの間にか声が大きくなっていたのだろうか。少し離れたところに座る学生が非難めいた視線を送っていた。それに気付いた二人は居心地悪そうに姿勢を正す。


「こっちはまだまだかかりそうだから、二人の用事が終わったら先に戻ってて」


 エリカはそう言うと、コリをほぐすように首をぐるりと回した。


「じゃあ、私はお言葉に甘えて」

「お疲れ様」


 ナタリアは席を立つと、自分が読んでいた本を書架に戻していく。その様子を目で追いながら、色々な種類の本を流し読みしていたんだなとエリカは改めて思う。

 程なくしてグロリアも用事を済ますと帰っていった。彼女を見送るとエリカは自分が読んでいた本を閉じ、書架に向かう。


 エリカの目的は別にあった。この世界のことをもっと知る為に様々な種類の本を読み漁りたかったのだ。だが親友二人に捕まってしまい、二人に調子を合わせるしかなかった。

 家の図書室だとそういった邪魔は入らないし、本も多いので一人で時間を過ごすのにはもってこいの場所なのだが本の偏りもすごく、魔術や戦闘術、魔物・動物学といった実戦的なものや領地に纏わるものが大半を占めており、エリカが知りたいことについて述べられたものは意外と少なかった。


 エリカは書架毎に書かれた表示を見ていく。地理と歴史の表示を見つけ、そこから更に目当ての本を探す。


「あった……」


 エリカが手にしたのは『マクファーソン家建国記』と『王国地理誌』の二冊だった。


 エリカがいる国はマクファーソン王国といい、前世でいえばイングランドを九つの地方に分けた時のロンドンとその下に広がる南東部を国土として有している。ちなみにスタンフォード家の領地は前世で言うところのハンプシャーの内、ポーツマスとウィンチェスターにあたる。


 マクファーソン王国は周辺諸国の中では比較的歴史が浅く、現国王で五代目になる。初代国王は、ミッドランド東西部にあったリーヴェン王国の最後の三兄弟の末っ子だったが、次女の姉によるクーデターによりリーヴェン王国は滅亡し、リーヴェン帝国と名を改める。その際、南部へ逃れた初代国王が興したのがマクファーソン王国となる。その因縁もあって、リーヴェン帝国とは今でも国境付近で小競り合いが続いている。

 東部に広がるガーネット王国とは同盟を結んでいるが、南西部は魔物が跋扈した未開の地で、魔物の侵攻に対処する防衛線が張られている。


 周辺の大半を敵に囲まれていることにより建国当初は国土も狭かったが、二代目の国王が人に準ずる存在として超人族を定義、保護したことから、人間から迫害を受けていた人狼やオーク等が群単位で王国内に移住する。

 膨大な戦費の都合上、専守防衛の政策を取らねばならなかったものの、攻め込んできた敵の領地は切り取り次第とした為、自身の種族の居場所を作る目的として奮起する超人族が増え、軍事力が強化された背景がある。


 それにより三代目の時代には現在の国土となり、国境付近の領地の大半は戦功のあった超人族に与えられ、それが現在に続いている。

 今ではマクファーソン王国内における超人族の割合はほぼ三割にまで達しており、超人族の憧れの場所となりつつある。その一方で、超人族に対する偏見が根強い国も多く、「移民の国」であるマクファーソン王国の外交政策は芳しくなかった。


 国土の大半が敵国に隣接している為、産業は限定的である。国土の南側には港が数多くあるが、貿易は余り活発ではない。また唯一の同盟国であるガーネット王国とは地理的条件が余り変わらないこともあって、物々交換に近い緩やかな経済活動しか行われていなかった。

 その打開策として四代目の時代に設立されたのが冒険者ギルドだった。ここでは身分に関係無く誰でも冒険者として登録することができる。仕事内容は薬草採取や人探しなどありとあらゆるものだが、一番は魔物の討伐だった。

 魔物から取れる素材はその希少性故に、収集家や海外からの商人に人気が高かった。例えて言うならば、熊や虎の毛皮を暖炉の前に飾るイメージである。


 幸いなことに魔物には困らない。王国の南西部に広がる魔物生息地は勿論のこと、国内でも魔物は散発する。特に前者は未開の地ということもあり、討伐が進んでいけば新たな領土を得られる可能性もある。

 しかし、冒険者ギルドを通じた領土拡大は今のところ上手くいっていない。こちらが攻め込む以前に向こうから頻繁に防衛線へ侵攻してくるので、それを防ぐことに精一杯の現状である。特に八年前のスタンピードによる一部の防衛線後退の爪痕は未だに残っていた。


 ここまで読み進めたエリカは本を置くと、大きく伸びをする。凝った肩がほぐれて少し気持ち良い。

 気が付けば自分の周りには誰もおらず、一般閲覧室はひっそりとした雰囲気に包まれていた。


 エリカは二冊を書架に戻すと、今度は二階に向かう。二階には魔法や魔術に関する本が数多く保管されている。


 エリカは自分が使える魔法や魔術がどれ程のレベルなのかを知りたかった。まだ入学して一ヶ月程度しか過ぎていないが、今のところどの授業も新鮮味がない。それに、先日のコーンウェル伯爵夫人との会話で、本来ならもう少し歳を重ねてから習うような高度な魔法や魔術を自分の家庭教師がかなり色々と教え込んでいる疑惑が生まれている。


 書架の中から目に付いた本をとりあえず手に取っていく。ざっと数冊ほど抱えて一般閲覧室に向かうと、通りがかった司書の一人に白い目で見られた。

 エリカは曖昧に微笑むとテーブルにそっと本を置く。それを見て司書は安心したような表情を浮かべて去っていった。どうやら本を落とさないか注意していたらしい。


 授業に直結する内容が一階よりも豊富なせいか、二階の一般閲覧室はまばらとはいえ利用者がそこかしこにいる。見たところ新入生は自分だけのようだった。

 エリカはなるべく注意を惹かないように気配を消すと、最初の一冊を手に取った。背表紙には『火の魔術実験記録~対集団戦編~』と書かれている。

 そこでは、現在発見されている火の魔術の中でも行使しやすく、かつ一定以上の成果が出たものが中心となって纏められていたが、その大半をエリカは既にオズワルドから教わっていた。見たことのないものもいくつかあったが、今のエリカの知識と力量があれば簡単に再現できそうだった。


 次に手に取ったのは『中級魔術学基本呪文集』と、次の学年で習うものに特化した参考集だったが、十歳の頃には読んでいた『魔術史概論入門編』の方が深い内容で、真新しさは全くなかった。


「あらあらまあまあ……」


 エリカはおどけて独り呟く。おどけるしかないといった諦めの気持ちが大きい。


 とりあえず用意した本だけでなく、その後も色々な内容に目を通したが、そこから分かったのは自分が最低でも学院内首席クラスの知識と力量を備えていることだった。しかしそれは戦闘に特化したものばかりで、生活魔法や魔法陣などは年相応の知識より少しある程度だった。

 他の学問についても習得度合いを見たい気持ちがあったが、真実を知ってしまうと学院生活に絶望してしまう将来が見えそうな気がして、ぐっと我慢するしかなかった。


 あのドラゴンは一体どういうつもりなのだろうかと、本を書架に戻しながらエリカは物思いに耽る。別にそれで苦労した覚えはないが、これでは学院に通う楽しみが半減してしまう。


「まだいらしたのですか」


 振り返ると、先程白い目でエリカを見ていた司書が立っていた。呆れた表情を浮かべている。


「もう閉室時間です。勉強熱心なのは結構ですが、周りにも注意を払いませんと」


 一般閲覧室に備え付けられた大きな壁掛け時計を見ると、もう夕方である。


「申し訳ございません」

「次からは気を付けてください。残っている本はこちらで戻しておきますから、あなたは帰り支度をしなさい」


 エリカは頷くと、手の中に残っている本を司書に渡す。それらを見た司書が眉をひそめた。


「あら……。どれも今のあなたには少し早い内容ですね」

「少し興味があったものですから……」

「そうですか。気持ちは分かりますが急いでも良いことはありませんから、まずは今の自分にできることを定着させなさい」

「はい」


 慌てて調子を合わせるエリカの態度を殊勝なものと受け取ったのか、司書はそれ以上何も言わず、満足げな表情を浮かべて去っていった。

 エリカはしばらく司書を見送っていたが閉室時間のことを思い出し、なるべく早い足取りで学院の外へ向かう。きっと、心配になった両親が迎えの馬車を寄越しているだろう。

 遅くなった言い訳とオズワルドに聞く質問の内容を頭の中で纏めながら、エリカは図書室の出入口へ向かった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 薄暗い室内を彼女は独りで歩く。手の中にある本はどこの書架にあったものか、その全てが頭の中に記憶されている。

 王室関連の書類も扱うことから、図書室長と副図書室長達は古代魔法の一つである記憶力増強魔法を習得している。だが、彼女自身は魔法に頼らずとも全てを記憶できる唯一の存在だった。


 そのことを知っているごく限られた者は彼女が「本の虫」だからと安易に捉えているが、真実は異なる。

 彼女はマクファーソン王国建国時から王室を支え続けてきたドラゴンの一人で、特に知識の面で助力を惜しまなかった。この図書室も元は彼女のものなので、どこに何があるかは分かっていて当然のことだ。学院設立時から彼女は「図書室の番人」として君臨し続けている。

 それだけでなく、陰の宰相として今も王室に助言する立場にあった。表舞台には決して立たないが、計略を巡らせることでマクファーソン王国をここまで導いてきている。

 ガーネット王国との同盟を画策したのも彼女だったし、冒険者ギルド設立の草案を作成したのも彼女だった。


 そして彼女は、王室に新たな助言をすべきかどうか悩んでいる。


 彼女の記憶力は本だけに留まらない。ありとあらゆることを記憶するのが彼女の能力の一つなので、先程の少女のこともしっかりと覚えている。


 彼女は明らかに分不相応な本ばかりを手に取っていた。どの本も、新入生が少し興味を持ったからといって読み通すことができる内容ではない。それらを飽きもせず、閉室時間ぎりぎりまで読み漁っていたこと自体が充分に注目に値した。


 彼女は一階の総合受付に向かい、入退出記録を確認する。魔法によって、最後に退室した学生の名前が浮かび上がって表示される。


「エリカ・スタンフォード」


 彼女はその名前を頭に刻み付けるようにゆっくりと呟くと、次に彼女が現れた際にはそれとなく目を配ることを意識した。


ここまでが舞台背景やメインキャラクターの説明となります。

因みに、作中の王立バンクロフト学院ではセメスター制と呼ばれる二学期制を採用しています。秋学期(九月~翌年二月)・春学期(三月~六月)・夏休みという内容です。


次回より物語は大きく展開していきます。

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