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六 扉は再び開かれて

次回より新章ですが、投稿日についてお知らせがあります。

後書きもご覧ください。

 エリカ・スタンフォードが無事に出産を終えた吉報は瞬く間に王国の名だたる貴族達に広まっていった。

 というのもこれは一つのめでたい話に収まるものではなく、飛ぶ鳥を落とす勢いといっても良いスタンフォード家に嫡子が生まれたことで、貴族間のパワーバランスがまた大きく変わる可能性が出てきたからだ。


 子爵家の頃から非凡な領地経営手腕と軍功を見せていたエリカだったが、伯爵家へと陞爵してからも王立バンクロフト学院の共同担当教授や蒸気機関車の開発支援などに精力的に打ち込んでおり、本人が望もうと望まないとにかかわらず、その影響力は日増しに大きくなっている。


 そんなわけだから何とかしてお近付きになろうと画策する貴族達から下心満載の贈り物が連日連夜届けられ、その度にエリカの夫にして当主代行のデイヴィッドが返礼の手紙をつらつらと書き続けねばならなかった。


「はあ……」


 折しも季節は夏を迎えたばかりで、付き合うつもりのない相手であっても儀礼上手紙を書かねばならないという単調な作業がデイヴィッドの体力と精神力をみるみるうちに奪い去っていく。


 切りの良いところで羽根ペンを置いたデイヴィッドは身体中にできたコリをほぐす為に肩をぐるぐると回したり背伸びしたりする。

 その時、執務室の扉が小さくノックされた。


「何かな?」

「紅茶をお持ちしました」

「……どうぞ」


 か細い声が返ってくる。今までに聞いたことのない声音にデイヴィッドは微かな警戒心を抱きつつ、入室の許可を出した。

 そして入ってきた人物を見るなり、デイヴィッドは驚愕の余り立ち上がった。


「エリカ!?どうして君がここに!?」

「ちょっと驚かせてみたくなってね。あ、紅茶はないの。ごめんね」

「いや、それは別に良いんだけど……。それよりもまだ安静にしてなきゃダメじゃないか」

「ちょっと動くくらいなら問題ないってキャラハン先生から許可をもらったからね。まあ、動きたくても全然動けないんだけどね」


 ハハハと力なく笑うエリカは確かに開けた扉にもたれかかったままだった。だが、その時にはデイヴィッドが彼女の元に駆け寄っており、そっと抱きしめてエリカを支える。


「まだ無理をするのは早いよ」

「無理をしている前提なのね」

「否定はできないだろう?」

「黙秘するわ」


 こんなやり取りも随分と久々だとデイヴィッドはふと思う。お腹のふくらみが目立ち始めてからは寝室も分けていたので、こんな何気ないやり取りにも懐かしさを覚える。


「あの子達は?」

「もうぐっすり。仲良く眠っているわ」


 生まれたばかりの三つ子は健やかに寝息を立てており、その寝顔を存分に堪能したことを思い出しながらエリカは微笑んだ。


「そうか。ちょっと寝顔を見てみたいところではあるけれど、起こしてしまいそうな気がするよ」

「あなたなら大丈夫よ。と言いたいけれど私もそう思うわ」


 デイヴィッドの腕の中でエリカは忍び笑いをする。


「お昼寝の時間にでも顔を見せてあげて」

「ああ、そうするよ」


 デイヴィッドは残念そうだが、それでも幸せが顔中に広がっているのは明らかだ。


 一週間前に生まれた三つ子の名前はそれぞれエドワード、カサンドラ、レベッカとなり、スタンフォード家とエヴァンス家、そしてデイヴィッドの実家であるジョーンズ家の中でも特に有名で、かつ多くの人から愛されてもいた先人から取られている。


 それ故に、エヴァンス家中興の祖から頂いたカサンドラという名前にアステリアとクレアは目を細めて喜び、外戚であっても一族から名を取ってくれたことに義父であるジョーンズ卿も嬉し涙を流した。

 ただ、スタンフォード家初代当主から取られたエドワードという名前についてはアルフレッドを初めとして多くの者が恐縮の念を覚えていたが、それぐらいの名前を背負って立てるようなひとかどの人物になって欲しいというエリカの一言で決した。


 だが、今の三人は何の心配も抱くことなく穏やかに寝息を立てている。物心がついたら嫌でも貴族として生きていくことを意識せねばならなくなるのだから、せめて当分の間は子供らしくのびのびと過ごさせてあげたいというのがエリカの本音だった。


「あの子達の為にももっと頑張らないと」

「そう思って小さいながらにも多くの利権を確保してきたのよ?」


 エリカはウィンクする。その小悪魔のような振る舞いにデイヴィッドはまたときめいた。


「新街道のおかげでベルニッシュを中心に確固たる経済基盤を築くことができたし、蒸気機関車のおかげで副収入も入ってきているわ。微々たるものだけど学院からも報酬が出ているしね。三人を育てていくには充分よ」

「それで満足しているのかい?」

「え?」

「君のことだから二の矢、三の矢を考えていそうだなって」

「ほんと、あなたの前では隠し事ができないわね?」


 エリカは楽し気に身体を前後に揺らした。バックハグしているデイヴィッドもその動きに合わせてリズムを取る。


 かつてないほどの幸せをエリカは味わっている。前世ではついぞ果たせなかった夢が叶っただけに感慨深いものがある。


「まあ、今は新しいことに手を出すつもりはないの。あの子達の傍に少しでも長くいたいし、ずっとお預けになっていたあなたとの時間も取り戻したいし」

「気持ちは嬉しいけれど、まだ身体をいたわらないと」

「何を勘違いしてるのよ」


 二人で笑い合う。


 そんな穏やかな温かい時間がいつまでも続いていた。


昨日の活動報告にも寄せましたが、2月からの新章の初回投稿日は

2月14日の月曜日からとなります。


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