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彼女は魔術と紅茶を楽しんで  作者: 賀来文彰
陰で糸を引く者
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六 オズワルドの読み

「二人に頼みがあるんだ」


 ブレット書店を出るなりオズワルドは伯爵夫人とゾーイに向き直る。


「スペンサー本部長には人員の手配を頼みたい。できれば穏やかに事を進めたいが、特殊戦術部隊を動員することになるだろう。

 ルーシー。これをエミリー王女とバンクロフト卿に渡して欲しい」


 そう言うとオズワルドはスーツの内ポケットから木の板を取り出す。以前にジェニファーの人相を彫り込んだ要領で、短いが重要な文章を刻み込んでいく。


「これは……」

「それがRCISを動員してもらう理由だよ」

「しかし何故彼女が?」

「ジェニファーが残してくれたヒントだよ。姉は確かに知的好奇心が旺盛だが、何にでも手を伸ばすほど節操がないことはない」


 ジェニファーが購入した書籍はどれも自分達へのメッセージだ。家庭菜園のガイドブックや魔法薬調合の本はいずれも解毒薬や解呪薬を作る為に。錬金術や魔術史に関する本は今回使われている何らかの魔術の危険性を伝えるのとその対抗策を探る為に。

 そしてゴシップ絡みのものは黒幕の正体を示唆する為に。


 オズワルドは自身の推察と仮定に確信を抱いている。そこにはブレット家の秘密が大きく絡んでいた。

 エドマンドの想いを尊重して目の前の二人にすら明らかにしていないが、彼らが世間から隠そうとしているのは、隠されたあらゆる真実を強制的に明らかにする錬金術だと予想している。


 それを裏付けるのは伯爵夫人の口調の変化だ。今やその肩書を背負う日の方が長い彼女は、ちょっとやそっとの感情の揺らぎで口調が変わることはない。特に自分以外の誰かがその場にいる時は尚更である。

 だが先程の話し合いでは、彼女の口調は決して貴族のそれとは一致しない。それよりは短気な一平民のものというのが自然だった。


 彼女が伯爵夫人と称されるようになった経緯を知っている身としては、そのような口調を彼女が取るのは余りにも不自然だった。


 きっとあの場には不思議極まる神秘的な錬金術の一つが秘められている。そこでジェニファーは気付けたのだろう。自分自身の行動が誰かの手中にあることに。

 だが、その気付きもあの場を離れると消えてしまう。だからそこでヒントを残す他なかったのだろう。


「でもそうなると、彼女の狙いは何でしょうか?王国の掌握にしては随分と手の込んだことをしている気がします」

「何も王に取って代わるだけが掌握ではないよ。あらゆる貴族や有力者と接触することができて、相手に悟られることなく自分の願いを叶えられるのなら、それは掌握と変わらないと言って良いだろうね」

「じゃあ、今回の戦争も彼女の狙いの一つ?」


 伯爵夫人が悩まし気な表情で言う。


「さあ、それは本人に聞いてみないと分からない。だが、今はジェニファーだ。姉が完全に彼女の手中に落ちては手が付けられなくなる」


 自然とオズワルドの歩みが早くなる。彼に近付こうとするゾーイは小走りになっていた。


「応援は?」

「いや。事は必要最小限で済ませないと。私達の習性を上手く使えば被害は抑えられるだろうが、大人数で押しかければ学園周辺が火の海となってもおかしくない。君達には彼女の対応を頼みたい」

「承知しました」

「ルーシー。二人にそれを渡したらすぐに学院の図書室へ。君の力を借りたい」

「任せて頂戴な」


 伯爵夫人はニッコリと微笑む。建国時から背中を預け合ってきた者同士、それ以上の言葉は必要なかった。


「では、私は一足先に本部へと戻ります」


 そう言った時にはゾーイは自身に風魔法をかけている。この辺りの行動力は流石というほかない。


「さて、私達も向かうとしようか」

「ええ。でも、欲を言えばエリカさんにもいて欲しかったけれど」

「彼女は戦場にいるからな。ないものねだりだよ」

「分かってるけどね」


 伯爵夫人の言葉にオズワルドはふと思い出す。


 クリス・ジェファーソンの生存が明らかになったそもそものきっかけは、ジェニファーがエリカに関心を抱いたからだ。

 錬金術師らしき男のことを書いていた日記に目を通していたとの話だったが、今にして思えばそれは彼女なりのSOSだったのかもしれない。


 もっとも操られている状態ではそういうことを思い浮かべることすら難しい。きっとあの唐突な好奇心は彼女自身の本能が呼び起こしたものなのだろう。

 あの時にもっと違和感を覚えていれば。そう思うオズワルドは自身の迂闊さを呪った。


 ふと手が何か柔らかいものに包まれる。


「思い詰めた表情を見るのは久々ね」


 伯爵夫人が両手でオズワルドの右手をさすっている。気が付けば自身の右手は白くなる程に強く握り込まれていた。


「相手の狙いは何か分からないし、いつから始まっていたのかも分からない。でも、確実に分かっているのはあなたのお姉さんを取り戻さないといけないこと。そうでしょう?」


 伯爵夫人はぽんぽんと軽くオズワルドの右手を叩く。その力加減はとても心地良い。


「他のことは全部その後に解決しましょう」

「ああ。そうだな」


 オズワルドは深呼吸して自分を取り戻す。その様子を見てとった伯爵夫人はふわりと宙に舞い上がる。


「じゃあ、一足先に学院へ行ってくるわ」

「ああ。また後で」


 遠ざかっていく彼女を見つめながらオズワルドも歩みを速める。彼の視線の先には大きな時計塔が見え始めていた。


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