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彼女は魔術と紅茶を楽しんで  作者: 賀来文彰
学生編 夏休みのこと
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二 親友達との王都散策

 相変わらず暑い日が続いている。

 エアコンが存在しないことを恨めしく思いながらも、エリカは制服に着替えていく。


 学生の間は全員平等であるという学院の方針により、休日であろうと学生は外出する際には制服に身を包むことになっている。

 エリカ自身、外に出ていく時にわざわざドレスを着たくはないので、この方針は手放しで歓迎している。


 着替え終わったエリカは朝食を取ろうと居間へ向かう。

 居間に入ると、珍しいことに執事のカーティスとメイド長のアリスが隅に並んで立っていた。晩餐会などで客人をもてなす場合などは二人一緒にいることが多いものの、何もない日常の中では目を引くことだった。


「おはようございます。お父様、お母様」

「ああ、おはよう」


 アルフレッドは挨拶を返すが、その声はどこか沈みがちだ。アステリアに至ってはうつむきがちにテーブルの上の朝食を見つめるばかりだ。

 どことなく重い雰囲気に若干身構えながらもエリカは気付いていないふりをしつつ、執事とメイド長にも挨拶をして席に着く。


 気まずい空気の原因が何かはすぐに分かった。

 アルフレッドが緊張気味にエリカに話す。


「エリカ。今日のことだが護衛は必要だ。だからアリスかカーティスに同行してもらわねばならない」

「ああ、それでしたらカーティスをお願いできますか?」

「気持ちは分かるが、貴族としてはやはり……今、なんと?」


 アルフレッドが思わず聞き返し、アステリアは驚きの表情を隠せていなかった。

 学院に通う貴族の子供は遊びに行く時に護衛を付けられることを嫌がるが、精神年齢と実年齢が良い意味で合っていないエリカは自身の立場をしっかりと認識しているので、護衛が付くことをむしろありがたいと思っていた。

 だが、自分達自身もかつては護衛を嫌がる学生だった両親は、娘の聞き分けの良さに驚くと共に自分達の心配が杞憂に終わったことにホッとしていた。


 見るからに機嫌の良くなった両親から視線を変えると、カーティスは表情を変えていないものの心なしか嬉しそうにしており、隣にいるアリスは心底残念そうにしていた。

 エリカはアリスを見つめる。


「ごめんね、アリス。ただ、友達も皆女子だから何かあった時には男手があった方が抑止力になるのよ」

「はい、承知しております」


 そう答えるもののアリスの表情はかつてないほどに悲しみに沈んでいた。


「今度、個人的に外出する時はあなたに護衛をお願いするわ」

「ありがとうございます」


 エリカのその言葉でようやく気を持ち直したアリスは、いつものキリッとしたメイド長の顔に戻った。


 朝食を堪能したエリカは簡単な準備を済ませると、カーティスと共に家の馬車に乗って待ち合わせ場所である学院前まで向かう。


 王都の中心に位置する王城のすぐそばにある為、学院は学生に限らず多くの人々の待ち合わせ場所になっている。

 馬車を降りた二人を迎えたのはグロリアだった。


「おはよう、エリカ……様。ご機嫌如何でしょうか」


 いつもの朗らかな笑みを浮かべつつ手を振ってきたグロリアは、カーティスの姿を見るなり態度を豹変させる。その変わりようの速さに苦笑しながら、エリカはグロリアに大丈夫だと伝える。


 ブロードベント商会は元々小さな商会だったが、スタンフォード家の御用商人となってから今の姿になっている。

 そのきっかけも、元々御用商人だった別の商会が後継ぎを亡くした際に、スタンフォード家が仲人となって養子縁組を取り持ったというものなので、ブロードベント商会の代表は代々スタンフォード家に足を向けて眠れないらしい。

 なので、ブロードベント商会の一人娘であるグロリアがスタンフォード家の執事を目にして固まってしまうのも無理はなかった。


 別にカーティスは何も言わなかったが、グロリアが萎縮してしまっている姿を見ていると、アリスを護衛役に願うべきだっただろうかと思ってしまう。だが、グロリアからすれば執事がメイド長に変わるだけで緊張度は同じだったろうと思い直すことにした。


 救いはナタリアの姿を取って現れた。場の空気を一気に変えられる存在がやって来てエリカはホッとする。


「おおー。早いね。自分が一番乗りだと思ったのに」


 ナタリアが楽しそうに肩を揺らしている。グロリアと違い、物怖じすることなくカーティスと挨拶を交わすと、するりとグロリアの隣に陣取る。


「ねえ、なんで緊張してんの?」


 どうやら場の空気は気まずいままになりそうだった。


 どうやってこの場を持たせようかとエリカが考えていると、一台の黒い馬車が少し先の角から曲がってきた。

 それに目を留めたカーティスが緊張気味になるが、その時にはエリカ達も馬車に乗っているのが誰か分かり切っている。


「みんな、待たせてごめんね」


 停まった馬車の窓からシェリルが顔を覗かせる。それと同時に扉が開き、先に一人のメイドが降りてきた。メイドはすぐに辺りをさりげなく確認すると、馬車の中に合図を送る。

 馬車から降りてきたシェリルは少しだけ恥ずかしそうだったが、友人達と顔を合わせるとすぐにそれも吹き飛んだようだ。

 ほんの少しだけ離れたところで、カーティスとコーンウェル家のメイドが軽く頷き合っている。他家の使用人同士が会う時は今回のように護衛役であることが多いせいか、独特の礼儀作法があるようだった。


 ナタリアの先導で皆は歩き出す。

 王都を散策しながらエリカは、自分が王都のことを知っているようで実は全然知らないことに気付いた。

 道路を一本外れれば、通学の際に馬車から見る風景がガラリと変わる。その変わり方も新鮮で、前世で例えて言うならば駅から大学までの学生向けの店が立ち並ぶ通りの横に、オフィス街が並んでいるようなものだった。


 真新しい景色を眺めていく中でエリカは足を止める。それに気付いたシェリルがエリカの視線の先を見た。


「杖屋だ」


 その声にナタリアとグロリアも振り向いた。


「杖屋って初めて見たよ」

「私も」


 驚くエリカとシェリルにグロリアが説明する。


「杖は基本的に武具用品店で買えるけど、他の武器と違って向き・不向きがない分、自分の肌になじむものを買いたい人が多いのよね。

 でも、今では杖の専門店もここ以外だと後一軒しかないのよ」

「へえ」


 前世の小説ではよく目にした杖だが、実際はどんなものなのか気になった。


 この世界では杖がなくても魔法や魔術を扱えるので基本的に必要ないが、それらの効果を高めたい時には用いることが多い。また、小さい子供が魔法を学ぶ際の補助品として用いられることもあった。

 ちなみにエリカ自身は、ゲームのキャラクターの武器として出てくる両手持ちの大きな杖よりも、イギリス発の有名な魔法使いの小説に出てくるような片手持ちの杖の方が好みだ。


「ちょっと覗いて行こうか」


 そう言いながら早くもナタリアは店内に入っていく。後に続こうとしたエリカは店の扉に刻まれた「ナイチンゲールの店」という文字に目を留めた。


 店内は狭いように見えるが、それは図書館かと思うくらいの棚がずらりと並んでいるからで、その棚の一つ一つに細長い箱の山が並んでいた。

 壁には両手持ちタイプの大きな杖が専用の留め具によって保管されており、見る者を圧倒した。


「いらっしゃいませ」


 どこから現れたのか、中年の男性がエリカ達の前に立っている。男性は穏やかな笑みをたたえつつ、一人ひとりの顔を見つめていった。

 そしてカーティスに目を留めると、その笑みがひときわ大きなものになった。


「おや、懐かしい客人だね。今日は杖の調子を見に来たのかい?」

「いや、今は仕事中だ」


 少しそっけない表情でカーティスが答えた。男性は軽く頷くと、改めて一同を見回した。


「何かお探しの物はございますか?」


 本当はウィンドウショッピングに来ただけなのだが、抗いがたい不思議な魅力が男性から溢れている。せっかくだし一本買っていこうと思ったエリカは片手持ちの杖を見たいと答えた。


「お嬢様。普段のお召し物のことを考えますと、片手型よりは両手型の方が携帯しやすいかと存じます。よくあるのはパラソルの柄に仕込むタイプでございますが、そちらは如何でしょうか」


 物腰の柔らかさを好ましく思ったエリカは、薦められた両手型の購入を決めるだけでなく片手型も見繕うように伝えた。

 それを止めたのは、意外なことに店主の方だった。


「お嬢様。お気持ちは大変嬉しいのですが、二本となるとどうしても割高になります。まずは両手型の方で使い心地を試して頂き、問題なければ改めて片手型も検討して頂けますと幸いでございます」


 この売り込まない謙虚な性格に、エリカは両方買うことで応えた。


 店を出たエリカ達は通りをぶらぶらと歩き始める。


「ああ、やっぱり私も買えば良かったかな」


 ナタリアが残念そうな声を出す。

 結局、杖を買ったのはエリカとシェリルだけだった。それは杖が高いからではなく、学生の身で今すぐ買う必要がなかっただけに過ぎない。ただ、シェリルは途中入学ということもあり、魔法や魔術の習得度合いが他の学生と比べてやや遅いので、それを補う為のものだった。


 未練たらたらなナタリアだったが、アイスクリーム店を見つけるや否やすぐに駆け出し、十分後には誰よりもとびきりの笑顔でアイスクリームを美味しそうに楽しんでいた。


「二人とも一緒に食べませんか?」


 グロリアがメイドに声をかける。カーティスにも視線を向けているが、やはり話し掛けにくいものがあるのだろう。それを察してかどうかは分からないが、メイドは表情を変えないまま答える。


「お気持ちは大変有難いのですが、我々は皆様の護衛役を仰せつかっております。我々のことはお気になさらないでください」


 無愛想に聞こえるかもしれないが、それが護衛役という仕事なのだから仕方ない。エリカはアイスクリームを作れるようになったら真っ先にカーティスに振る舞おうと心に決めた。


 アイスクリームを食べ終えた一行はウィンドウショッピングを続けていき、手頃な物があればそれを購入する。

 やがて誰もが片手に荷物を持つ状態になったが、その中でシェリルは両手に荷物を抱えている。


「そんなに買って大丈夫なの?」

「うん」


 両手がふさがっているシェリルを心配そうに見つめるグロリアだったが、当の本人は笑顔だった。


「シェリル。何をそんなに買ったの?」


 ナタリアが興味津々といった様子でシェリルに聞いていく。

 確かにシェリルはどの店でも一番時間をかけていたので、エリカもそれらの中身が気にはなっている。

 少しはにかみながらシェリルは答える。


「お母様へのプレゼント」


 その答えにその場にいた全員が胸を打たれた。シェリルには血のつながった家族が残されていない。同じ村のエルフも皆、魔物の餌食になっており、シェリルは一人ぼっちになってしまった。

 シェリルを救ったのはコーンウェル伯爵夫人だったが、心の傷が癒えるにはあの事件はまだ最近の出来事だった。それでも彼女を母と心の底から慕い、前を向いて生きていこうとする友人にエリカ達は心揺さぶられるものがある。

 見れば、コーンウェル家のメイドもうっすらと目に涙を浮かべている。買い物の際にシェリルに何かと意見を求められていたのが彼女だった。きっとそれが贈り物であることは気付いたかもしれないが、それが伯爵夫人に対してとは夢にも思わなかったのだろう。


 良い親子だなとエリカは心の底から思う。


 ほっこりとした気持ちのまま、全員は王城の近くにある噴水広場まで歩く。ここでは平日休日問わず催し事がよく行われており、ちょっとした娯楽の場になっていた。

 だが、噴水広場の手前で先頭を歩くメイドが皆を制止した。


「どうも揉め事が起きているようです」


 見れば前方で、痩せて小柄な女性がホットドッグの屋台の青年に何かを大声で訴えている。青年は屋台の外に出て、申し訳なさそうに何度も謝っている。


「少し距離を取りましょう」


 メイドの先導で一行は右側に大回りしていく。別の屋台があるのでそこで軽食でも取ろうかとのんびりと考えていると、先程の女性が屋台の青年に跳びかかって首を絞め始めた。


 それは奇妙な光景だった。いくら不意をつかれたとはいえ、青年は自分より非力そうな女性にまるでぬいぐるみのように振り回され続けている。

 近くにいた警官が急いで女性を引き離そうとするが、女性のあまりの勢いに後ろにひっくり返ってしまう。


 応援に駆けつけた警官が数人がかりで女性を青年から引き離したが、そこから先のことを知ることはできなかった。メイドとカーティスのあうんの呼吸で、エリカ達は速やかにその場から引き離されていたからである。

 噴水広場から少し離れたところでシェリルが力なく笑う。


「びっくりしたね」

「あの人、すごい力だったよ」


 グロリアが同調する。ただ、ナタリアだけは相変わらずのんびりとしていて、警官を吹き飛ばした女性と、基本戦闘術と一般戦闘術を担当するマーティン・オリヴァーが押し合いをするとどちらが勝つのだろうかと妄想していた。

 それにグロリアがつっこみ、段々といつもの雰囲気に戻っていく。とはいえ、すっかり護衛役の二人が警戒モードになっているので、今日はそのまま解散となった。


 最後が最後だったのでナタリアとグロリアをそれぞれの家まで送る。そして迎えの馬車が先に来たシェリルを見送ると、エリカはカーティスに今日のお礼を伝えた。


「滅相もございません」


 カーティスは屋敷に着くまで恐縮し続けていた。


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