表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女は魔術と紅茶を楽しんで  作者: 賀来文彰
帝国戦争編 アーンハート平原の戦い
191/323

七 帝国の思惑

 アーンハート平原に立ち込める濃密な死の気配は一向に薄まることなく、もはや防戦一方の帝国軍に暗い影を落としている。


 予備戦力部隊の状況を見て取った参謀のニール・エドマンズは速やかに戦線を離脱すると、サイラス・ロートン将軍が控えている本陣へと撤退する。


「ご苦労だった」

「このような醜態をお見せしてしまい申し訳ありません」


 自ら出迎えたサイラスにニールは深く頭を下げる。そんな彼の肩をポンと軽く叩くとサイラスは平原の方へと目を向ける。


「数の大小で決まるものではないとはいえ、こうもやり込められるとはな。全くクソ生意気な連中だ」

「この戦いでは後れを取りましたが、直に我らの計画を実行に移す頃合いになるかと」

「抜け目ないな。まあ、あっちの総大将の首を持って帰れるんならそれはそれで良し。無理なら無理でこっちの狙い通りになりゃあ皇帝陛下への面目も立つだろうよ」


 サイラスは左手を挙げる。その動きに合わせるかのように一人の兵士が歩み出る。


「ウェルストーンに兵を集めておけ。あそこで王国の連中を迎え撃つ」

「はっ!」


 伝令役が下がるのと同時に別の兵士が駆け込んでくる。


「申し上げます!レイチェル・オコナー将軍が城塞都市アップワードにて王国軍を撃破!敗走兵の掃討に移行中です!」

「そうか。ご苦労」


 兵士を下がらせたサイラスの元にニールが近付く。そのどこか訝しげな表情に、サイラスは得心する。


「ニール。お前も思うか?」

「はい。いくら東部の連中が弱兵とはいえこの報せは気にかかります」


 レイチェル・オコナーは優れた将だが、最近起用されたばかりで経験に乏しく、とてもではないが王国軍を撃退することはできないだろうと目されていた。

 アップワードも城塞都市とは名ばかりで、実態は急場ごしらえの城壁や粗末な造りの砦に囲まれた小さな街に過ぎない。

 王国軍の進軍を鈍らせることを目的にしただけのこの地で、彼らに打ち勝ったと言われても俄かには信じられないのが正直なところだった。


「今に報せが入るぞ。王国軍の急襲によってアップワードが陥落したってな」

「オコナー将軍は気の毒ですが、その方が作戦を進めやすくなります」

「ああ。その為にこっちもここでの勝ちをくれてやるんだ。王国の連中にはもっと調子に乗ってもらわんとな」


 サイラスとニールは王国軍の三方面同時侵攻を確認してから策を練っていた。真正面からの戦いで勝利すればそれに越したことはないが、真の狙いは魔物領に開通した王国と帝国を結ぶルートの確保にあった。


 帝国と王国を繋ぐルートは昔からの戦いの名残もあってお互い容易に突破できない。ウィンストン伯爵が一時的に侵攻に成功したが、すぐに帝国が取り返したのがその一例である。

 だが、できたばかりの魔物領ルートに軍事拠点を築く余裕はない。そのルートを見つけ出して確保するのがサイラス達の狙いだった。


 アーンハート平原を押さえた王国軍は、意気揚々と進軍を続けるだろう。そして懐深く潜り込んできたところを一気に強襲する。その勢いをそのままに王国へとなだれ込んで、連中の西部を蹂躙する。


 サイラスは知らず知らずのうちに笑みを浮かべていたことに気付き、表情を改めようとしたが軽く首を横に振ると、その笑みを大きくする。


「将軍。そろそろ別動隊が作戦に取り掛かります」

「そうか。陽動とはいえ首を持って帰ってくれねえかな」

「さすがに難しいかと。姿は未だ確認できていませんが、どうやら雷神が本陣に控えているようです」

「チッ。やっぱりこっちに来てたか。前みたいにピアースとやり合ってくれりゃあ良かったんだが」


 ノースバーン山の戦いで王国に捕らえられるという大失態を犯したローランド・ピアースは、今は将軍の地位を剥奪され懲罰部隊を率いている。


「まあ、雷神がこっちにいるなら好都合か。適当にやり過ごして引きつけておけば、他の連中も王国を攻め込みやすくなるだろうよ」


 そんなやり取りをしつつサイラス達はウェルストーンへの撤退準備に移る。


 程なくして別動隊がサイラス達にしか分からない特殊な合図を送ってくる。それを確認したニールは満足気に頷いた。


「陽動は成功したようです。連中が陣を引き払って合流するのも時間の問題でしょう」

「じゃあ、こっちも引き上げるか。しかし作戦とはいえあいつらには気の毒なことをしたな」


 しんみりとした様子でサイラスが呟く。

 少し先に見えるアーンハート平原では今や黒い煙がところどころから立ち昇っている。死霊術によって操られるのを防ぐ為に敵味方問わず死者を火葬しているのだろう。


「彼らの犠牲は無駄にはしません」


 ニールの言葉にサイラスは首を振りたい気分だった。それ以外に言葉は見つからないし、その思いを忘れてはいけないが、だからこそ軽々しく口にして欲しくない。

 こういったところを学ぶ機会を与えてやれなかったことを内心後悔しながらも、サイラスは撤退準備が完了した兵達と共にウェルストーンへと向かうことにする。


 サイラス達が二つの集落を抜けた頃、別動隊の兵士が一人姿を見せる。僅かに肩が上下していることからもこの兵士が伝令なのは明らかだった。


「どうした?」

「はっ。王国軍が利用したルートを発見しました」

「よくやった。少し休め」


 サイラスは兵士をねぎらうと、傍らのニールにその顔を向ける。


「ニール。お前はウェルストーンに先行して挟撃用の兵を整えておいてくれ。俺はこのまま王国の連中を引きつける。

 俺達がウェルストーンに逃げ込んだように見せたら、まず間違いなく勢いそのままに籠城戦になるだろう。その後背を西側から一気に叩く」

「承知しました。彼らを飲み込んだ後はそのまま王国になだれ込みますか?」

「ああ」


 その一言だけでニールはサイラスの意図を正しく理解する。用意しておかなければならない兵はキメラやホムンクルスが中心となる。そうでなければ魔物領を通る際に不必要な損害を受けることになるからだ。

 キメラやホムンクルスも無限ではないが、少々の魔物なら難なく退けてしまう程の力を持っている。


「王国への一番乗りは俺達になる。気を引き締めておけよ」


 しかしこの時、サイラス達の計画には早くもほころびが生じていた。そのきっかけを作った先程の伝令はいつの間にか姿を消していたが、本隊の兵士達がそのことに気付くことは最後までなかった。


次回が帝国への進攻が決まった経緯になります。

本日の12時に予約投稿しています。


一日で二回の投稿となりますが、経緯だけ週明けになるのも

据わりが悪かったのでこのような形としました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ