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彼女は魔術と紅茶を楽しんで  作者: 賀来文彰
帝国戦争編 アーンハート平原の戦い
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五 逆転の構図

 ガストン率いる軍勢が動き出したのを帝国軍参謀のニールは遠見の魔法で確認する。


 しかし不思議なことに彼らの軍勢は王国軍の後背へと進んでいるようだった。


「何を考えている?」


 今、押されているのは中央部である。そこに援軍へ向かうのが当然なだけにこの動きには虚を突かれた思いだった。


 しかし左手の丘陵地帯に目を向ければ、こちらがかなり押し込まれている。まだまだ投入できる戦力に余裕はあるが油断はできない。

 そこでニールは王国軍の狙いに気付いた。彼らは中央部を捨ててこの平原の唯一の高所を取りに行こうとしているのだと。


「くだらないな。足掻きにすらなっていない」


 ニールは再び表情を曇らせた。久し振りに魔物以外の存在と戦えるというのに、眼前の軍はまるで歯応えがない。

 高所を取りに行くのは悪くない判断だが、それならいっそのこと最初から兵力を集中させておくべきだ。側面を狙われないようにと下手に陣容を横に広げ過ぎた時点でこの戦いは終わっている。


 今になって高所を押さえられたところで、中央部を突破した手勢をそのまま川沿いへ向かわせれば、元いた別の手勢と共に孤立した敵軍を挟撃することができる。当然高所からの援護は届かない距離だ。

 後は、本陣のある高所へ進軍しても良いし、そうと見せかけて丘陵地帯から王国軍を引きずり出すのも良い。


 どう転んだところで王国に勝ち目はない。


 頭の中で勝利への道筋を幾通りも描き出したニールは目の前の戦いに対してすっかり興味を失いつつあった。


 その一方で本陣に居座るサイラス・ロートン将軍は何とも言いようのない不安感を覚えていた。

 遠見の魔法で正面に広がる戦況を見れば、自軍が遥かに優位なはずなのにどこか素直に喜べない。


「何だ?何が引っかかる?」


 サイラスはこのモヤモヤとした感覚の正体を見つけようと必死に目を凝らす。だが、入ってくる視覚情報はどれも帝国軍の有利さを物語っていた。

 指揮を執っているニールにも目を向けるが、彼も勝利を確信しているのか表情はどこかつまらなさそうである。それでいて指揮は隙がないのだから大したものである。


「思い過ごしだろうか……」


 サイラスの独り言は帝国軍の鬨の声にかき消されていく。しかし彼の懸念はもう間もなく具現化しようとしている。


「全軍、突撃!」


 その第一声を放ったのはマカリスターだった。今まで全くと言って良い程動きを見せなかった彼女の軍勢に、対峙していた帝国軍は慌てて追撃に移り始める。

 しかし彼らはすぐに攻撃対象を切り替えることになった。エリカが差し向けていたベルニッシュ隊の一部が彼らに襲いかかったからである。


 かつて近衛兵団の団長を務めていたキャサリンが直々に鍛え上げたこの部隊は、並の領民兵では比べ物にならない程の高い練度と戦闘技量を兼ね備えている。加えて、今まで本陣に控えていたこともあって魔力と体力共に充実していた。


 そんな存在が突如、マカリスターの軍の背後から姿を見せて襲いかかってきたのだから、戦場に長くいたことで心身の消耗が見え始めていた帝国軍はたまらない。

 まして追撃に移ろうと動き出したところである。どれだけ統率されていても移動中は防御面が脆くなる。


「ファイアアロー!」


 しかもベルニッシュ隊の全員が同じ火魔術を同時に放つ。真正面から撃ち込まれた敵の目には、一斉に放たれた火の矢があたかも大きな一つの炎になったかのように映ったことだろう。


 巻き起こった爆炎と敵兵の悲鳴を背にマカリスター達は中央部の兵達の後背を突く。


「ええい、卑怯者めが!」

「動じるな!この程度の雑兵が姿を見せたところで我らの脅威ではない!」


 今まで不動を貫いていたマカリスター達へ警戒の念を露わにしていた中央部の帝国軍はさすがにこの奇襲には動揺しなかった。兵の一部を落ち着いてマカリスター達に向かわせる余裕すら見せている。

 しかしそこで予想外のことが起きた。


「全軍、我らに続け!」


 丘陵地帯で善戦していたコーナー達がその場所を捨てて一気に駆け下りてきたのである。これには中央部の帝国軍も慌てふためいた。


「まずいぞ!」

「どういうことだ!」


 気が付けば王国軍に包囲されつつあるこの状況に、帝国軍は動揺を隠し切れなくなった。


「もう良いだろう。これよりは狩りの時間だ」


 ジョーンズが遠吠えを上げる。それと同時に今まで後退を続けていた人狼達が一気に敵兵へ襲いかかる。


「うわぁぁぁ!」

「速さが段違いだ……」


 それまでの弱兵といった様相はどこにも見当たらず、獰猛に、冷酷に仲間の命を奪っていく人狼達に帝国軍は為す術がない。

 それでも何人かの勇猛な兵士達が仲間を必死に鼓舞する。


「行けーっ!この程度の囲みなど容易に突破できる!」

「後ろの連中に集中しろ!移動してきたばかりで隙がある!」


 彼らの言葉に周りの兵士達は再び士気を上げる。その一団はマカリスターやコーナーの軍勢へ果敢に攻め込んだ。


「怯むな!このまま押し込め!」

「反撃を許すな!」


 一部の帝国軍の反撃に必死に立ち向かう両家だったが、この状況でも勝機を見つけ出そうとする彼らを前に、形成されかけていた包囲陣形は早くも危うくなっている。


「行け行け行け!帝国軍の意地を見せてやれ!」


 文字通り捨て身の特攻に突き崩されそうになったのはマカリスターだった。

 死に物狂いで迫ってきた敵兵の刃先が彼女の左腕を掠める。それ自体は軽傷だが、自分達の主がいとも容易く傷付けられた光景を前にして判断を誤ってしまう。


「当主様をお守りしろ!」

「馬鹿者!陣形を乱すな!」


 マカリスターのことを守ろうとする一部の兵士達によって手薄な部分が露わになる。そこに帝国軍達が殺到しようとした瞬間、風切り音と共に一本の槍が投げ込まれる。


「ここから先を通ろうとする者は我らが相手になる!」


 王国軍の包囲をぐるりと回り込んできたガストンの鬨の声と共に、彼の軍勢がマカリスターとコーナーの軍勢に加勢した。


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