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彼女は魔術と紅茶を楽しんで  作者: 賀来文彰
帝国戦争編 アーンハート平原の戦い
188/323

四 撤退の中で

誤字報告有難うございます。

修正しておりますので宜しくお願い致します。

「ジョーンズ卿が撤退!?」


 遠目に見ても、今まで前線を押し上げていた中央の味方が後退し始めているのは明らかだった。

 コーナーは歯噛みする。予定が前倒しになっているのはそれだけ帝国軍の勢いが強いということだろう。


「ウィンドカッター!」

「来るぞ!五人で抑え込め!」


 相当な魔力を込めて放った一撃も、敵の魔術師が数人がかりで抑え込む。

 王国の場合は貴族自身の戦闘力の高さが目立つが、帝国の場合は突出した存在がいない代わりに兵士一人一人の質が高い。

 常に帝国と戦ってきたウィンストン伯爵はそのことを把握し、その情報も公開していたが、実際に対峙してみると予想以上に厄介な敵だと思わざるを得ない。


 だが、丘陵地帯の戦況は王国側になびき始めつつあった。


「サンドスピア!」

「ぐわぁ!」

「チッ……。後続はまだか!?このままだと破られるぞ!?」


 コーナー達エルフは多くの種族の中でも保持している魔力量が高い。人間以外の種族がいない帝国軍では魔術だけで争うのは分が悪い。

 それでもここまで持ちこたえたのは流石と言うべきだが、一度崩れ出した陣容を崩すのは難しくなかった。


「全軍で攻めかかるぞ!」


 コーナーは分けていた二つの軍を再び一つに纏め上げると、一気に目の前の帝国軍へと襲いかかる。


「接近戦ならこちらが有利だ!押し返せ!」

「おう!」


 帝国軍はコーナー達が自らの優位性を放棄したと思い込み、再び盛り返そうとするがそれも叶わなかった。

 コーナー達は敵陣に一気に肉薄すると、鋭い剣技で敵を斬り倒していく。その後ろでは僅かばかりの兵達が懸命に矢を射かけてジョーンズ達を援護していた。


 その様子を後方から見ていた帝国軍参謀のニールは川沿いの部隊の一部を救援に向かわせる。

 一番動きのないように見えるが実際は王国軍が苦しんでいるのは明らかだった。何せ二人の貴族がそれぞれ軍を率いているのに、戦況は膠着しているのである。

 他種族に差別意識を抱く帝国の一人としてこの場にいるからこそ、敵とはいえ同じ人間のここまでの体たらくにニールは怒りを通り越して呆れ返っていた。


「あのような腰抜けなどさっさと消し去りたいところではあるが、愚か者も使いようによってはこちらの利となる」


 ニールは中央の部隊長を呼び寄せると、撤退しているジョーンズ達への追撃を強めるように指示を出す。

 中央の動きが強まれば連中も救援に動くだろう。その側面を一気に叩く。もしそのまま動かないならそれでも良い。中央の制圧が楽になるだけのことだ。


 今は高所となる丘陵地帯の死守だけを意識していれば良い。いずれ勝利は帝国の手中に転がり込む。


 早くもニールがほくそ笑んでいる中、知らないところで侮辱されていたガストンの我慢の限界は頂点に達しようとしていた。

 冒険者ギルドでの戦いでは勇猛果敢に自分達を救い出してくれた命の恩人達が、不名誉な撤退を強いられている現状が許せなかった。


「マカリスター卿。もう止めてくれるな。私は命の恩人の危機を黙って見過ごすような薄情者ではない!」

「しかし勝手に動いては!」

「ここで敵を食い止めるだけではないか!だが、見たまえ!敵はこちらが動かないのを良いことにのんびりと構えている始末ではないか!」


 ガストンの言葉にマカリスターは沈黙で答える。彼女にも彼の言いたいことはよく理解できた。

 それと同時に、この場所に自分達を布陣させたエリカのことを怪しむ気持ちも湧き上がってくる。

 貴族らしからぬ存在として見なされているが、その正体を用心深く隠していただけかもしれない。そしてこの戦いを機に自分達を蹴落として、西部貴族の中での立場を高めようとしているのではないか。


 どこか薄暗い疑念に囚われ、ガストンの意見に同調しようかとマカリスターが思い始めた時、一つの小さな部隊が姿を見せた。彼らが身に着けている紋章はスタンフォード家のものだった。


「ガストン卿へ伝令!」

「何だ?」

「至急、ジョーンズ卿の撤退の援護に赴き頂きたいと我が主が申しております」

「ふん。今更か。まあ、良い。すぐに向かうと伝えておけ」

「お待ちください!主より書状を預かっております」

「ん?」


 手渡された書状にガストンは目を通す。その表情はどんどんと赤みを増しており、様子を見守っていたマカリスターはエリカがどのようなことを書き連ねたのかが気になって仕方なかった。

 その視線に気付いてか、ガストンは書状を彼女に投げるようにして渡す。


「貴殿も目を通すようにとのことだ」


 マカリスターは素早く内容を読み進めていく。それにつれ、ガストンとは対照的に笑みが大きくなっていく。


「呆れた話だ。最初から話しておけば良かったものを」

「いや、我々が素直に耳を貸したとは思えん」


 学院を出たばかりのひよっこだと決めつけて話を聞かないのはどの世界でも見られることだ。それではいけないのだが、年月を重ねた者にしか得られない知見があるのもまた事実だった。


 マカリスターはここに現れた部隊の方に向き直ると、厳しい表情を向ける。


「諸君をスタンフォード卿から預かったとはいえ、ここは戦場だ。なるべく被害が出ないように心しておくが命の保証はできんことを留め置いておくように」

「はっ!」


 これが普通の領民兵なら動揺の一つ見せてもおかしくない。だが、目の前の兵士達は恐ろしい程真っ直ぐな瞳をこちらに向けるだけだった。

 なるほど。これならば安心できそうだとマカリスターは確信する。


 エリカからの伝令は激戦地の中央部にも届けられていた。ジョーンズは巧みな指揮で兵達を後退させつつ、伝令の言葉に耳を傾けていた。


「委細承知した。急ぎそなたの主に伝えてくれ」

「いえ、これより我らは貴家の援護を務めるようにと命を受けております」

「不要だ。人間に我らの戦い方は向かん」


 ジョーンズはこと戦いにおいては冷徹なまでに合理的な判断を下す男だった。それ故に実力が見えない者達を近くに置いておくつもりはなかった。

 しかし伝令を務めた兵士は事もなげに言う。


「主の命でございますれば」

「そうか。死ぬぞ?」

「なるべくそうならぬよう心がけます」


 兵士の言葉にジョーンズは顔をしかめるが、それ以上何も言わなかった。


「下がれ!」


 周りの兵に指示を出しつつ、全く不思議な娘だとジョーンズは改めて思う。

 昨晩の軍議の後、密かに告げられた作戦は突拍子もないものだったが、しっかりと頭を下げて頼んできたエリカの姿が色濃く印象に残っている。


「花を持たせてやらねばな」


 義理の娘の為にジョーンズは敵兵を屠っていく。


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