十一 感謝の気持ちは暖かく
冒険者ギルドの解体場は大騒ぎとなっていた。
未知の魔物の死骸が目の前に横たわっているのである。職人達はどこから手を付けるべきか探るところから始めなければならなかった。
食堂では別の大騒ぎが起きている。
危険度の高い緊急依頼を無事に果たしただけでなく、死者を一人も出さなかったという大金星を挙げたからだ。
勿論、負傷者は多かったし、中には重傷を負った者もいる。愛用していた得物を失った者も多い。
そういった内容に付随する出費を考えればギルド側の負担は大きくなるが、副ギルドマスター達の頭痛で済むなら上々の結果だろう。
「アル達を救い出してくれてありがとうな」
まだ完全には回復していないサイモンだが重い身体を引きずってまでエリカ達にお礼の言葉を口にする。
「たまたま一番に着いただけだから」
「いや、自分達じゃ絶対に間に合わなかったてのは全員が思ってることだ」
「そうだ。夜の森の中であんなに動けるのは嬢ちゃん達しかいない」
サイモンの言葉に他の冒険者達が頷く。
「本当に礼を言う。ありがとう」
「ああ、もう分かったから早く安静にしていて頂戴な」
素直な感謝の言葉にエリカはこそばゆく感じる。照れ隠しに取った木のコップにはビールがなみなみと注がれていたが、思い切ってそれを口にする。
「うん、美味しいね」
苦いはずのビールは口の中で爽やかに弾ける。
「盛り上がってるわね」
ジェシカが食堂に姿を見せると、かなり酒に酔っているはずの冒険者達が何人か、すぐに姿勢を正した。
「今回の緊急依頼を引き受けてくれて感謝しているわ。ありがとう」
「いえ、気にしないでくださいな」
「ギルマスもお礼を言いたいそうよ。落ち着いたら後で皆と顔を出して」
「それなら今から伺いますよ」
ジェシカの言葉に隠された意図を読み取ったエリカはすぐに立ち上がろうとする。しかし、周りを見回してもキャサリンだけが見つからない。
「グレゴリー!ホリーを見た?」
「いや。そういえば見てないな」
デイヴィッドは冒険者達に囲まれて上機嫌な様子だった。その辺りは年相応の若者らしいと、表面的には同い年のエリカは心の中で苦笑する。
「ホリーを見つけたらすぐに伺います」
「ええ、お願い」
ジェシカに断りを入れるとエリカは席を立つ。
喧騒を潜り抜けてエリカはギルドを出る。食堂以外に彼女が足を運ぶとすれば思い当たる場所は一つしかなかった。
「やっぱり……」
親友の後ろ姿を遠目に見つけたエリカは小声で一人呟く。
ギルドの裏手にある共同墓地の中でキャサリンは佇んでいた。ところどころに設置されている篝火の仄かな明かりに照らされる姿はどこか儚げだった。
しばらくの間その場で黙祷を捧げていたキャサリンは、静かに振り返るとエリカに目を留める。
キャサリンはゆっくりとエリカの元に歩み寄った。
「ごめんね。邪魔するつもりはなかったんだけど」
「気にしないで」
言葉少なく答えるキャサリンに倣ってエリカも故人を悼む。建てられて日が浅い墓の多さに改めて、かつての死霊術師との凄惨にして激烈な戦いの様子が思い起こされる。
あの時、自分が死ななかったのは様々な偶然に助けられたからに他ならないとエリカは考えている。
もしデイヴィッドが身を挺して自分を助けてくれなかったら。ジャベリンシップの攻撃が後数秒遅れていたら。キャサリンが姿を見せないままだったら。
この墓標の中に自分自身もいたかもしれない。
たらればの話を考えたところでキリがないが、それを戒めに変えることで今のエリカがある。
しばらくしてキャサリンが後方を振り返る。その気配にはエリカも気付いていたが、彼女の反応につられて自身も振り返った。
「ああ。邪魔しちまって悪いな」
そこにいたのはアルだった。彼の後ろには見慣れたエルフの兄妹も並んでいた。
「気にしないで」
キャサリンは先程エリカに伝えた言葉をそのまま反芻する。だが、アルは何かを確信した様子で語りかけるように言う。
「嬢ちゃん達もあの場にいたんだな」
「……」
エリカもキャサリンも言葉を返さない。だが、自分達がいる場所を思えばアルの言葉が正しいのは誰の目から見ても明らかだった。
「あんた達に助けられるのは今回で二度目になる。改めて礼を言わせてくれ」
そう言うとアルは頭を下げた。
彼に倣ってダリルとジルも二人に礼を言う。
「あなた達は俺の憧れです。本当にありがとうございました」
「ありがとうございました」
「三人とも誰かと勘違いしている気がするわ。私達はオードリーとホリーよ。
それに困った時はお互い様だから」
キャサリンに代わってエリカが言葉を返す。そしてわざといたずらっぽく笑うとダリル達に言う。
「どうしても気にしちゃうんだったら、私が困ってる時に助けてくれたらそれで良いよ」
だが、エリカの冗談めいた返しをダリルは真剣な表情で受け止めた。
「はい。その時はすぐに駆けつけます!」
「私もです!」
向けられる純真な瞳が眩しく映って、エリカは心が暖かくなる。
「俺もいざという時は駆けつける。この恩は忘れねえ」
アルの気持ちもありがたく受け止めつつ、エリカはキャサリンを促すとその場を後にする。
今晩は充分過ぎる程感謝の念を受け取っている。だが、それだけで留まらないのは目に見えていた。
エリカ達はこれからギルドマスターのローレンスと顔を合わせるのだ。どんな話になるかは分からないが、決して悪い話にはならないだろう。




