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彼女は魔術と紅茶を楽しんで  作者: 賀来文彰
冒険者ギルド復興
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七 緊急依頼

 常設依頼を名目にして周囲の新人冒険者のサポートを行っていたエリカ達が冒険者ギルドに戻ったのは夕暮れ時のことだった。


 この時間帯は特に受付が混むのでエリカ達は先に食堂で涼を取ることにする。

 彼らが席に着いた途端、周りにいた冒険者達が椅子を引きずって身を寄せてきた。


「汗をかいた後は豚の塩漬けが一番だ!という訳だ、こいつを食ってくれ!」

「バカ。オードリーの嬢ちゃんはサラダしか食べないって話だぞ」

「まずは飲み物だろうが」


 やいのやいのと騒ぎながら、彼らは料理をエリカ達のテーブルに置いていく。この事態をまだ飲み込めていないエリカに代わってデイヴィッドが尋ねる。


「これは一体……?」

「新人連中の面倒を見てくれてたんだろう?こいつはその礼だよ」

「それはお互い様じゃないか」

「そんなこと言ったって知ってるぜ?サイモンやアルの話じゃ充分な腕を持ってるくせに、引き受ける依頼はどれも実入りの少ない常設依頼ばかりだ。しかも全部新人向けときてる。

 そうやって目を配ってくれてたんだろう?」


 デイヴィッドは押し黙ってしまう。確かに彼らの言う通りだが、こうも見透かされてしまうと何だかこそばゆい。まして彼らは酒の勢いもあって上機嫌だ。そこから繰り返される称賛は褒め殺しそのもので、早くもこの場から離れたくなってしまう。


「なあ、グレゴリー。俺達は本当にありがたいって思ってるんだ。他にも手伝いに来てくれている連中はいるが、皆依頼をこなすだけで精一杯でな」

「ありがたく受け取りましょう、グレゴリー」


 事の経緯を把握したエリカがフォローに入る。周りを見れば、さっき助けた新人冒険者達が頭を下げている姿が目に入ってくる。彼らからの報告もあってのこの騒ぎなのだろう。

 冒険者ギルドは確かに手ひどい被害を受けたかもしれないが、こういったことを大切にする心はしっかりと残っている。


 それがエリカは嬉しかった。


「さあ、今日はたらふく食うぞ!」

「まだ依頼完了の手続きが残っているから程々で頼む」

「しけたこと言ってんじゃないの!さあ、飲むよ!」


 デイヴィッドの肩をバンと強く叩きながらエリカは木のコップになみなみと注がれたビールをグイと喉の奥に流し込む。

 相変わらず苦みが強いが、それが今日は心地良い。


「ホリーも飲みなよ!」


 エリカはキャサリンの前にもう一つコップを差し出す。喋ると知り合いに気付かれてしまう為にキャサリンはずっと無言を貫いているが、コップを傾ける速さを見るだけでも彼女が楽しそうなのは明らかだった。


「おう!賑わってるな!俺も混ぜてくれ!」

「わーお。ポールが顔を出すなんていつ以来だ?」

「よしきた!久々にどっちが酒に強いか勝負してやる!」

「お前じゃ相手にならねえよ」


 言葉は荒いが、全員が楽し気だ。

 エリカも冒険者達との歓談に身を委ねる。こんな暖かな場所をこれからも大切にしていきたい。


 だが、その楽しいひと時も長くは続かなかった。


「おい、大丈夫か!」


 出入口の辺りがにわかに騒がしくなる。そちらに視線を向けると大怪我を負った冒険者が床に倒れ込むところだった。その周りにいる冒険者達も怪我が目立つ。


「サイモン!一体、何があった!?」

「見たこともない魔物が……急に襲いかかってきた……」

「おい、それって……」


 サイモンの言葉にギルド中が凍り付いた。あの戦いを経験した者の脳裏に当時の惨劇が蘇る。


 重苦しい沈黙が辺りに立ち込めていくが、それを破ったのは意外なことにキャサリンだった。


「落ち着いて思い出して。他の仲間は?」

「そ、その声は……」

「集中して。皆はどうなったの?」

「アルが囮になった。ダリルとジルもあいつを守ろうとして残った。俺達は……三人に甘えることしかできなかった……」


 その言葉の意味は余りにも重かった。


「聞いて頂戴」


 騒ぎを聞きつけたジェシカが姿を現すなり、手を打って大声で宣言する。


「副ギルドマスターの権限において緊急依頼を発令する。内容は仲間の救出」

「ちょっと待ってくれ。夜の森でむやみに動き回るのは余りにも危険だ。二次被害が出るぞ」

「無理にとは言わない。三人の安否も分からないし敵の正体も不明。命の保証もできない。それでも良い者は力を貸して欲しい」


 エリカはすぐにデイヴィッドとキャサリンに声を掛ける。


「二人に怒られるのを承知で言うけれど、私は行くわ。子供が命がけなのに黙って見ていられない」

「気持ちは分かるがダメだ。君にもしものことがあったら残された者達はどうなる?」

「なら、あなたは残って。その時はよろしくね」

「馬鹿を言うんじゃない」

「そうですよ、エリカ様。私がいる以上、どんな相手にも指一本触れさせません。お二人はこちらでお待ちください」

「何を言ってるんだ!?」


 だがキャサリンは席から立ち上がると、ジェシカの元へ向かう。その意図を察したジェシカが止めようとするが、それよりも速く大声で宣言する。


「その依頼、私が引き受ける」


 再び辺りが静まり返る。それは果たしてその場にいるはずのない人物の声に聞こえたからなのか、それとも無謀な判断に開いた口が塞がらないからか。


 何とも言えない雰囲気の中でエリカは溜息をつくと、静かにデイヴィッドへ告げた。


「ごめんね、デイヴィッド。忠臣も命を張ろうとしているのに、これ以上恥を上塗りする訳にはいかないの」


 そう言い置くとエリカも立ち上がる。


「ああ、全く。とんでもない家に婿入りしたものだ」


 小さく悪態をつきつつデイヴィッドも立ち上がった。


「おい、オードリーにグレゴリーが出るっていうのに俺達が引っ込んでてどうする?」

「ホリーなんてここに来たばかりだぞ?」

「そうだな。いつまでも良いところ取りさせる訳にはいかねえか」


 冒険者達も続々と腰を上げていく。

 その光景に感動しつつもジェシカは心を鬼にする。


「全員生きて帰ること。誰一人として欠けることは許さないからそのつもりで」

「ハハハ!さすがはジェシカだ。相変わらず無茶言いやがる!」

「あいつは昔からおっかねえからな!」


 冒険者達が大声で笑う。その中でエリカは静かに心を引き締めている。

 彼らのやり取りは恐怖をかき消す為のものに過ぎないと理解しているからだ。


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