五 ご立腹の親友
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エリカのスケジュールは多忙を極めている。
スタンフォード家当主としてこなさなければならない諸々のことの大半が、彼女の中では不要なものとして位置付けられている。
晩餐会やお茶会などに顔を出す前に、領地経営にもっと力を入れれば良いのにとエリカは常日頃から他の貴族に物申したい気分だった。
そんな彼女だからこそ週に一回は代官のクレアとキャサリンの元を訪ねているが、そのペースにデイヴィッドは目を白黒とさせている。
スタンフォード家に婿入りする以上、早くその家風に馴染まないといけないが、年に四回、季節毎の訪問でも充分仕事熱心な貴族と言えるだけに、エリカの行動には未だ慣れることができていない。
それだけでなく、執事やメイドといった使用人達への接し方も新鮮だ。実家にいた時のデイヴィッドも感謝の気持ちを伝えることはあったが、彼ら全員の名前を覚えているかと聞かれると自信がなかった。
なので彼らが他家の使用人達と比べて忠誠心が厚い一方で、当主との距離感が近過ぎるように見えることもしばしばだった。
「あれ、怒ってる?」
「……」
特に、ただただ無言で腕組みしたままエリカをじっと見つめているキャサリンを目の前にして、デイヴィッドはその思いを強めるばかりだ。
「ベルニッシュのことについて色々と聞きたいんだけどな……」
「……」
「あの……キャサリンさん?」
おずおずと様子を窺うエリカに思うところがあったのか、キャサリンは大きく溜息をつくと呆れたような視線をぶつけた。
「エリカ様。近頃冒険者ギルドに新進気鋭の冒険者が現れたのをご存知でしょうか?」
「えーと。そうなんだ。ふーん」
「その冒険者は剣士と魔術師の二人組で、この暑い日差しの中でも全身をすっぽりとローブで覆っているそうです」
「まあ、色々と事情があるのでしょうね」
「あくまで白を切るおつもりですか。分かりました。今、副ギルドマスターのジェシカさんを応接室で待たせていますから、本人から説明してもらいましょう」
「ごめんなさい。私が悪かったです」
キャサリンの圧にいよいよ耐えられなくなったエリカが頭を下げた。信じられないその光景にデイヴィッドは眉をひそめる。
「キャサリン・ブラッドリー。君の態度は先程から度が過ぎている。いくらエリカが寛大だからといって、何をやっても許される訳ではないぞ?」
自分をかばうデイヴィッドに感動しつつも、エリカは彼をなだめる。
「そう怒らないで頂戴な。私とキャサリンの仲なんだから」
「そうは言ってもだよ、エリカ。いくら君が貴族らしからぬ貴族であったとしても、超えてはならない一線というものが」
「デイヴィッド」
今度はエリカの圧が襲いかかってくる。にこりと微笑んだままなのにどこか底冷えがして、デイヴィッドはそれ以上の言葉を呑んだ。
「いえ、デイヴィッド様の仰る通りです。大変失礼致しました」
「気にしないで頂戴な。やっぱり一言入れておくべきだったと今更ながらに思ってるし」
その様子にキャサリンも肩の力を抜く。それを見たエリカは安堵するが、途端にいじけるような表情を見せた彼女にどぎまぎする。
「話してくださらなかったのは気にしておりません。私が辛かったのはどうして危険な場所に向かわれてしまったのかということです」
「それは……」
「事の次第はジェシカさんから聞いております。私をギルドに戻さずに済むようにとのお取り計らいだったと」
「正直に言えばギルドに戻って欲しくなかったからね。でも、あなたの意思を尊重すべきだった。反省してる」
また頭を下げようとするエリカをキャサリンは押しとどめた。
「エリカ様。私はこれからもあなたのお側に仕える所存でございます」
でも、と言い置くとキャサリンは困ったように笑みを浮かべる。
「今回の件に関してはジェシカさんの要請を受けるつもりです。ただ、それは私が冒険者出身だからではありません。主君がこれ以上危険な場所へ近付かなくて済むようにです」
「キャサリン……」
「次からは私も同行致します」
「え!?」
しんみりとさせられていたところに爆弾を落とされてエリカは大いに戸惑う。その一方で、今まで空気のような存在になっていたデイヴィッドはここぞとばかりに鼻を鳴らした。
「その気持ちは買うが、私だけで充分だ。君はこの地を統治する役目に集中すべきだ」
「週に一度私がこの地を離れた程度で揺らぐような領地経営はしておりませんし、優秀な補佐もおります。ご心配には及びません」
「そういう問題ではないと理解しているだろうに」
「お言葉ですが、それでしたらデイヴィッド様こそ自重を促してくださいませんと。冒険者ギルド周辺の地が決して安全ではないことくらいご承知のはずですのに、みすみすエリカ様を送り出すばかりか一緒になって冒険者を演じる始末ではありませんか」
「ちょっと」
普段は見せないキャサリンの感情的な一面に興味津々のエリカだったが、さすがに止めに入る。どうやらキャサリンはデイヴィッドに対してかなり思うところがあるらしい。
「そもそも私が勝手に決めちゃったことだから、全ては私の責任よ。だから二人ともそう睨み合わないで頂戴な。
さ、キャサリンが次から同行してくれることをジェシカさんに報告しに行きましょう。ね?」
二人の間で火花がバチバチに飛び交うのを戦々恐々と見つめつつ、エリカは逃げるように応接室へと向かった。




