四 冒険者の心構え
「右から二体!」
「うおりゃああああ!」
「ジル、左から回り込んできてるよ」
「はい!」
ジルが返事した時にはダリルが、奇襲を企んでいたデビルウルフの額を一矢で貫いている。
アルが率いる『夜霧』は今のところ順調に機能している。ダリルが反発するかと思っていたが、戦いにおいては慎重な姿勢を崩していなかった。
「よし、こいつで最後だ……。助かったぜ、嬢ちゃん」
「あんたの指示がなくても余裕だったけどな」
しかし戦いが終わった途端に先程までの態度に逆戻りする。ある意味分かりやすいその性格に内心では苦笑しつつ、エリカは何事もなかったかのように振る舞った。
「この後はどうするの?このままギルドに戻る?」
「いや、いくつか薬草を拾って帰ろうと思ってる。たくさんあっても困らないからな」
消耗品などの補給は王室を通じて行われているが、予算は潤沢でない。加えて、ベテランの冒険者が少なくなった現状では備品の消費も早かった。
アルはそれを理解しており、本来ならばそれ程稼ぎにならない依頼にもなるべく手を出している。
その意気に感じ入ったエリカはアル達の傍にいることにする。
「じゃあ、その間は私が周りを見ておくよ」
「まだ横取りする気かよ!?」
ダリルが突っかかるが、アルの拳骨を受けて大人しくなる。余りの痛さに頭を押さえてうずくまりそうになるダリルを見つつも、アルは言いにくそうにエリカに話す。
「気持ちは嬉しいけどよ。常設依頼じゃあ、嬢ちゃんに渡せるもんも限られてるからな……」
「そっちの報酬は別に良いよ。こっちが好きでやろうとしてるだけだし。どうしてもって言うなら後で酒を一杯奢ってくれたらそれで良いよ」
「じゃあ、それで頼むわ」
エリカの言葉にアルは頷く。ダリルとジルもよく頑張っているが、やはり魔術師が一人いてくれるだけで断然戦いやすい。それに周りへの目端が利くのも好印象だ。
しかしそのような大局的なものの見方ができないダリルは面白くない。心配そうに頭をさすろうとするジルの手を乱暴に払いのけると、機嫌の悪さを隠そうともせずに鼻息荒く薬草を探し始める。
そんな彼の後ろ姿を黙って見つめることしかできないジルを見て、エリカは先がやられる思いだった。
「何だかすまねえな」
エリカの微妙な表情の変化を読み取ったアルがそっとエリカに近付き、小声で詫びる。その意図を察したエリカも小声で返した。
「気にしないで。でもジルも油断し過ぎだね。ダリルのことばかり気にし過ぎて周りが見れていないよ」
「ああ。さっきみたいな正面きっての戦いなら集中できるんだが」
家に帰るまでが遠足とはよく言ったものである。依頼にある敵を倒せばそれで終わりという訳ではないのだが、まだまだ経験が不足している彼らは周囲への警戒を怠ってしまっている。
「正々堂々の戦いだけ強くても意味がないのに」
そう言いつつもエリカは、先行するダリルに忍び寄る一頭のブラッドラビットに狙いを定めて土魔術を放つ。この小さく凶暴な魔物は額から生えている鋭い角をダリルに向けていた。
「うわっ!」
地面から飛び出た土の槍が、今まさに跳びかからんとするブラッドラビットの胴体を貫く。それに驚いたダリルが尻もちをついた。
「兄さん!」
ジルが慌てて駆け寄る。この僅かな間に矢をつがえていたのは大したものだが、そもそもの警戒を怠っていたのは頂けない。
「気を抜くんじゃない。この程度の魔物でも俺達の命を簡単に奪えるんだぞ」
「……ごめんなさい」
アルの叱責にジルが項垂れる。ダリルもばつが悪そうに俯いていた。
それからというもの、年端もいかない二人の兄妹は黙々と薬草を探し続けている。ジルは自分の油断を後悔しているようだが、ダリルは気難しい表情のままだった。
しかしエリカはそれに気付いていないふりをし続けている。反抗期とはそういうものだし、同じ立場を経験したかつての自分が反発したことをダリルに押し付けるつもりはなかった。
「さっきは悪かったよ」
なのでギルドに戻ってからダリルが頭を下げて来た時はエリカも随分と驚いた。
「あんたが助けてくれなきゃ俺は死んでた。ごめん」
ああ、この少年は立派だとエリカは敬意の念を抱く。自分の非を素直に認めるのはいくつになっても難しい。
だが、そんな思いはおくびにも出さず、エリカは低い声で返した。
「あんたが死んだらジルとサラはどうなるかをもっと考えないとね」
「……!」
その言葉にダリルはハッとした表情を浮かべる。やがて肩が小刻みに震え出すが、エリカは意に介さない。
「冒険者は常に死と隣り合わせ。だから仲間同士しっかりと守り合わないといけないの。
つまらないプライドはさっさと捨ててしまいなさい。それでも捨てられないのならもっと強くなりなさい」
今、この瞬間でないと伝わらないこともある。
反省している相手に追い打ちをかけるような真似はしたくなかったが、今回の出来事が単なる失敗の一つではなく教訓にならねば今度こそダリルは命を落とすだろう。
「よう、嬢ちゃん。何かあったか?」
受付で納品を済ませたアルとジルがこちらにやって来る。場の雰囲気を見抜いたのか、アルは怪訝な表情を浮かべていた。
「何も」
エリカは一言だけ返すとその場を離れようとする。そんな彼女にアルが探りを入れるように言う。
「一杯奢る約束だろ?」
「今日は良いよ。次にでもよろしく」
三者三様の視線を背中に受けながらエリカはデイヴィッドの元へ向かう。
デイヴィッドは食堂の奥で一人、ちびちびと紅茶を飲んでいた。その向かい側に腰掛けると、エリカはデイヴィッドの木のコップをひったくって、中身を口の中に流し込んだ。
「何を!?はしたないぞ、エリカ」
驚きの余りデイヴィッドは素に戻ってしまう。それでも小声だったのは幸運だと思いつつ、エリカは辺りに目を配った。
「気を付けてよ。今の私はオードリーでしょう?」
「悪かったよ。けど、いくらなんでも……」
「スタンフォード家へようこそ」
婚約したとはいえ、デイヴィッドはスタンフォード家の当主が貴族らしからぬ突飛な振る舞いをすることに未だ慣れていない。
ある意味で純真な彼の反応を楽しむことで、エリカは気持ちを切り替えていく。




