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彼女は魔術と紅茶を楽しんで  作者: 賀来文彰
冒険者ギルド復興
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三 若気の至り

「さすがだな、嬢ちゃんの魔術は」

「ああ、助かった!」

「剣士の兄ちゃんも目端が利くな。不意打ちされずに済んだ」


 まだ昼下がりだと言うのに、彼らは食堂でビールを飲み交わしている。


 週に一回程度しかギルドに顔を出せていないというのに、エリカとデイヴィッドは順調に冒険者の輪に溶け込んでいた。冒険者に復帰した者は多いがブランクもある為、エリカ達のような即戦力は現場から喜ばれている。

 今日もエリカ達は助っ人として一つのパーティーに同行し終えたところだった。


「今日は俺の奢りだ!好きなだけ食ってくれ!」

「ありがとう」


 エリカは礼を言うが、余り手を付けていない。テーブルの上に置かれた料理はどれもビールとの相性が良いものばかりだが、前世からビールがどうも合わない彼女にとっては味が濃すぎるラインナップでしかない。誰も手を付けようとしないサラダを、これまた誰からも見向きもされない紅茶と共に独り占めするので充分だった。


「良い味付けだな。ワインとも合いそうだ」


 対してデイヴィッドは食欲旺盛で、豚の塩漬けをガツガツと頬張りながらビールを喉奥へと流し込んでいる。フードで表情は分かりにくいが、見え隠れする口元は嬉し気だ。


「ははっ!良い食べっぷりだな!」


 冒険者達と談笑していると、別のパーティーが声をかけてきた。


「おお、アルか!お前も一杯どうだ?」

「いや、やめとくよ。サイモン。俺達はこれからデビルウルフを十頭狩りに行くんでな」


 そう言うとアルと呼ばれた大柄な男性は手を差し出した。


「あんた達が期待の助っ人か。俺はアル。『夜霧』のパーティーリーダーだ」

「グレゴリー。こっちはオードリーだ」


 さりげなくデイヴィッドがリーダーのように振る舞い、二人は握手する。


「グレゴリーにオードリーか。よろしくな。俺は槍で、ダリルとジルは弓を使う」


 アルの後ろに控えていたエルフの男女が小さく頷いた。だが、ダリルと呼ばれた少年は挑むような目線をエリカ達に向けている。

 それにはデイヴィッドも気付いているようだが、あくまで視線をアルに向けたまま話を続ける。


「魔術師はいないのか?」

「いるが今は動けん。まだリハビリ中でな」

「そうか……。それは大変だったな」

「この二人も臨時メンバーでな。俺に力を貸してくれているが、もう少し戦いの幅を広げたいんだ」

「俺の弓があれば魔術師なんていらない」


 フンと鼻を鳴らすダリルの袖をジルが慌てて引く。


「ちょっと!……兄が失礼なことを言ってすみません」


 ジルがペコペコと頭を下げるが、ダリルは一層態度を硬くする。彼の好戦的な姿勢にデイヴィッドも真正面から見据える。


「……なんだよ?」


 デイヴィッドの静かな威圧に気圧されつつも、ダリルは何とか虚勢を張る。出したものは引っ込められない性格なのだろうと思えば微笑ましいが、特に酒が入った席でのすれ違いはいらぬ亀裂を生むばかりである。


「いえ、なんでもないわ」


 エリカがデイヴィッドよりも一歩前に出てダリルに語りかけるように言う。アルもダリルの首元を掴んで後ろに下がらせた。


「あー、すまねえ。こいつも悪気はないんだが、やる気があり過ぎてな」

「気にしないで。私達も最初はそうだった」

「恩に着る」


 アルはエリカとデイヴィッドに軽く頭を下げる。ジルも続いて頭を下げるが、ダリルはふてくされたままだった。


「せっかくの食事を邪魔して悪かったな」

「待って。魔術師を探しに来たんじゃないの?」

「え?いや、まあ……そうだがよ……」


 引き留めたエリカにどこか気まずそうにアルが答える。臨時とはいえ自分のパーティーメンバーが非礼を働いたことを気にしているのだ。

 だが、こういうパーティーが大半を占めているのが今のギルドの現状でもある。冒険者の育成にできるだけ手を貸すと決めた以上、こんな小さなことでへそを曲げるつもりは毛頭なかった。


「良いよ。手伝う」

「良いのか?」

「酒も飲んでないから大丈夫。報酬の取り決めは均等?」

「ああ。それで頼むわ」

「分かった。今すぐ?」

「いや、装備の確認をしておきたいからな。三十分後にギルド前で」

「了解」


 さらりと次の仕事の話を詰めたエリカは席に戻る。そんな彼女にデイヴィッドが視線を送り続ける。


「何よ?」

「オードリー。勝手に話を決めないでくれ」

「そうしたかったけど、今のあんたは酒を飲んでるからね」


 そう言うとエリカは木のコップに紅茶を並々と注ぐと、一気に飲み干した。

 ノンアルコールのはずなのに様になっている飲みっぷりにデイヴィッドは思わず頬を緩めそうになる。フードの下の表情はきっと得意げなのだろう。

 今すぐフードをめくってその晴れやかな表情を眺めたい衝動を堪えつつ、デイヴィッドも冒険者の演技を続けた。


「全く嬢ちゃんも豪気なもんだ。いくら若気の至りだって言っても拳骨一つくらい落とされたって文句は言えねえのに」


 サイモンが苦笑する。彼に同意見なのだろう。他のパーティーメンバーも頷いている。


「戦いになってもあれだったら私もお灸を据えるけど。まあ、アルさんがしっかりと躾けてるだろうしね」


 その言葉にサイモンは嬉しそうに頷いた。


「ああ。あいつは昔から面倒見が良いからな。あの二人の世話も自分から買って出たんだ」

「へえ?」

「受付にちんまいのがいるだろう?あの子と二人は兄妹でな。親を亡くしてからはずっとダリルが妹達の面倒を見てきたらしいんだが、それを知ったアルはずっと二人をパーティーに入れてるんだ」

「ふーん。やっぱり良いところあるんだね、アルさん」

「まあ、ちぃーっとばかし優し過ぎるがな。ダリルみたいなやつは調子づかせちまうと勘違いしやすくなるからな」


 そんな物言いにも愛があるとエリカは思う。サイモンもなんだかんだ言ってあの勝気なエルフの少年のことを案じているのだ。

 何回彼らに同行する機会があるかは分からないが、限られた時間の中でダリルにとって良い影響とならねばとエリカは自分に言い聞かせた。


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