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彼女は魔術と紅茶を楽しんで  作者: 賀来文彰
冒険者ギルド復興
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一 とある相談

 いよいよ夏の香りが差し迫ってきた頃、エリカは一人の客人を屋敷に迎えていた。


「この度は貴重なお時間を割いてくださり、大変感謝しております。スタンフォード卿」

「いえいえ、お気になさらないでください。ジェシカさん。またお目にかかれて嬉しく思います」


 エリカの言葉にジェシカは少しだけ驚く。まさか目の前の年若い女性が自分のことを覚えているとは思わなかった。

 だがジェシカはすぐに気を取り直すと、真っ先に伝えるべき祝辞に移る。


「婚約も決まったと聞き及んでおります。おめでとうございます」

「ありがとうございます。でも、正直に言えばまだ実感が湧かないのですよ」

「初めはそういうものです。近いうちにじんわりと感じるようになりますわ」

「そうなのでしょうね。その瞬間が今から待ち遠しくありますわ」


 そう答えるエリカの口元はどこか緩やかだ。貴族の世界では仮面夫婦が多いと聞いているだけに、彼女は大変な幸福を掴み取れたのだろう。

 それだけに、これから話す内容が水を差すことにならなければ良いがと思いつつ、ジェシカは本題に移る。


「このようなめでたい時に申し訳ありませんが、子爵様にお願いがございまして出向いた次第です」

「冒険者ギルドの件ですね。ナタリアから簡単な話は聞いております」

「それは……」


 途端にジェシカの顔が青くなる。動揺しているせいか尾の先が小刻みに揺れていた。


 ジェシカはナタリアの母親にあたり、冒険者一族として名高いコンクリン家の当主を務めている。

 彼女は長らく引退していたが、ここ最近になって復帰したという。冒険者ギルドの立て直しに思いのほか時間がかかっており、副ギルドマスターとして白羽の矢が立ったのだと先日ナタリアから聞いたばかりだった。


「娘が失礼いたしました。後できつく言い聞かせておきますので……」


 ジェシカはすっかり平身低頭といった様子だが、エリカも慌てて手を振る。


「ああ、お気になさらないでくださいな。久々の再会でしたからお互いに近況報告をしたまでのこと。ジェシカさんがつい最近復帰されたとしか聞き及んでおりませんから」

「……娘をかばってくださりありがとうございます」


 ジェシカが頭を下げるが、エリカは苦笑いを浮かべることしかできない。母親にうっかりギルドのことを話してしまったと知れたら、ナタリアが顔を真っ赤にして抗議してくる光景が容易に想像できたからフォローしただけに過ぎない。

 だが、そんな事実は口が裂けても言えないので、エリカは話の続きを促した。


「それでジェシカさん。改めてご用件をお聞きしたいのですが……」

「失礼しました。娘が申し上げました通り、冒険者ギルドの再建には時間がかかっております。その一番の原因は冒険者不足にあります」

「ええ、そうでしょう。あの戦いで多くの方々が命を落とされました」


 二人の間に、しばし何とも言えない重苦しい空気が立ち込める。帝国の死霊術によって冒険者ギルドと救援に出向いた貴族が深刻な痛手を負った。特に冒険者ギルドはギルドマスターを初めとする冒険者の大半を失い、大幅な戦力ダウンは避けられない状況だった。


「……スタンフォード卿もお父上と共にあの場にいらっしゃったと聞いております」

「……ええ」

「スタンフォード卿がいてくださらなかったら被害はより甚大なものとなっていたでしょう。改めてお礼申し上げます」

「いえ、わたくし一人が何かをした訳ではありません。あの日、あの場にいた誰もが多くの血を流したことで今があるのです」


 それは彼女の本心だった。

 ジェシカはすぐに言葉の選択を誤ったことに気付く。小さく咳払いして仕切り直すと、エリカにまっすぐと瞳を向ける。


「おっしゃる通りです。ですが、皆さんによって守り抜かれたギルドは未だ立ち直ることができていません。

 魔物の侵攻は散発的かつ限定的ですが、我々は魔物領踏破ラインを大幅に引き下げねばなりませんでした。そしてその変更は現在も繰り返されています」


 そこでジェシカは言葉を切る。いよいよ何かを切り出してくるのだ。エリカは静かに身構えた。


「そこでお願いがございます。貴家が召し抱えられているキャサリン・ブラッドリーを今一度冒険者として復帰させて頂けませんでしょうか?」

「……」


 エリカは心の中で大きく溜息をついた。今回のジェシカの訪問において想定していた最悪の事態が今起こってしまった。


 キャサリンの復帰願い。

 最も切り出して欲しくなかった願いを前にエリカは無言を貫いた。この問題は想像以上にややこしいものを抱えている。


 まず、キャサリンを迎え入れるにあたっては、コーンウェル伯爵夫人とRCIS本部長であるゾーイ・スペンサーの意向が大きく働いている。

 キャサリンは本来、帝国からエリカを守る剣として傍に置かれている。しかし表向きには、学生の頃の模範試合で親睦を深めたことで客将として招くことになったとされている。

 事情を知ればジェシカもそれ以上口にはしないだろうが、それを軽々しく口にできないところに葛藤がある。


 また、キャサリンにはベルニッシュの代官を任せている。ようやく順調に進み始めた領地経営の最中に代官の任を解くわけにはいかない。

 代官補佐としてニコルがいるが、彼女一人に任せようとすれば今は大人しくしている反抗的な勢力が息を吹き返す危険性もある。


 しかしジェシカの願いをすげなく断れる程の図太い神経をエリカは幸か不幸か持ち合わせていなかった。

 彼女もあの戦場にいたのである。何かできることがあるなら協力したいというのが正直な気持ちであった。


 ややあってエリカは口を開く。


「お気持ちは分かりますが、その件に関して当家はお力添え致しかねます。彼女はもはや冒険者ではなく、当家の重鎮の一人なのです」


 答えながらもエリカは辛かった。どちらを選んだところでハッピーエンドは訪れない。


 エリカの苦悩が伝わったのだろう。ジェシカは微笑んだ。


「承知しております。困らせるようなことを申し上げてしまい申し訳ございません。今までのお話はお忘れください」


 だが、彼女のいたわるような笑みの奥底には自身と同じ苦悩が垣間見えた。


 席を立とうとするジェシカを引き留めるようにエリカは口を開く。


「代わりと言っては何ですが、このような方法は如何でしょう?」


 その内容にジェシカは目を見開いた。


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