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八 決断の分かれ道

「それまで!もう良いわ」


 声の鋭さに反してエリカは優しくスティーヴを背後から抱きかかえた。

 スティーヴは半ば呆然とした様子だったが、エリカがそっと短刀を奪い取るとようやく我に返った。


「だ、騙したのか?」

「いいえ。あなた達の為なのよ」


 エリカは小声でスティーヴに詫びると、メリッサの方へ向き直る。


「ブラッドフォード卿。彼らは盗賊団の一味ではないと証を立てました。ここは彼らの言を受け入れるべきかと存じます」


 エリカは慇懃に告げるが、その目は冷ややかだ。メリッサは今更ながらにこの年若い貴族を見誤り、過小評価していたことを後悔していた。


「……ええ。仕方ないでしょうね。受け入れましょう」


 メリッサの言葉にスティーヴは傍目にも分かるくらい驚いた。今まで自分達のことを不当に扱ってきた彼女が初めて態度を変えたからである。

 しかしメリッサはすぐに盗賊達の方へと向き直った。


「では話を元に戻しましょう。フレデリック達の居場所を教えなさい」

「はっ」


 盗賊の一人がせせら笑うと他の連中も不敵に笑う。その態度からしてメリッサを見下しているのは明らかだった。

 彼らの気持ちは分かるが、やはり空気は読まなければならないとエリカは内心憐れんだ。何せ今のメリッサは家の恥を部外者にさらけ出しているも同然の状態である。そこにきて馬鹿にされるような態度を取られれば強硬手段に訴えかけても仕方のないことだった。


 せせら笑いを浮かべた盗賊の右足の腿にメリッサが剣を突き刺す。突然の激痛に盗賊は大声で叫び続けた。


「や、やめてくれ!!」


 だがメリッサはぐりぐりと剣を動かしていく。その光景にエリカは僅かばかりの同情心を抱いたが自業自得であると思う度合いが強い。


「やめろ!」


 思わずスティーヴがメリッサに跳びかかりそうになるが、エリカは首根っこを掴んで引き留めた。そんな彼女をスティーヴは憎々し気に睨みつける。


「あんたもこの女と一緒かよ!?ああ!?」

「如何なる事情があったとしても彼らがしてきたことは許されるものではないの。それともあなたは遺族の前でも彼らをかばうと言うの?」


 エリカの言葉にスティーヴは押し黙る。

 最初は義賊のような思いから始めたのかも知れないが、勢力を拡大させていくにつれ、フレデリック達はその手を血で汚すことに抵抗を見せなくなっていた。

 彼らのせいで家族を失った者が東部のあちらこちらにいる。また、最近の彼らが狙うのは領主や代官の目が届きにくい辺境の村ばかりというのも、その悪辣非道さに拍車をかけていた。


 どうして無関係の人達を巻き込み、傷付けるのだろうか。

 決して超えてはならない一線を超えてしまった彼らにメリッサを責めることなど既に許されないというのがエリカの考えだった。


 メリッサが少しだけ意外そうにエリカをちらりと見たが、すぐに痛みに呻いている盗賊を見下ろす。


「フレデリック達の居場所は?」


 今や盗賊達は全員がすすり泣いていた。恐怖と絶望が彼らの中でじんわりと蔓延しているのだ。

 やがて拷問を受けていた盗賊が口を開く。その声はひどく弱々しかった。


「ここから東に三十分程行ったところにある棄てられた村だ」

「人数は?」

「五十はいるよ」


 だが盗賊はグッと上半身を起こすとメリッサを睨みつけた。


「兄貴はとっくの昔に逃げてるだろうさ。本当なら俺達はもう戻ってるはずだからよ」


 楽しそうに笑う盗賊をメリッサはひとしきり見つめると、躊躇うことなく心臓に向かって剣を突き刺した。


「がふっ……」


 何が起きたか分からないといった表情のまま盗賊は口から血を吐き出す。そして力なく倒れ込んだ。


「ソニー!」


 スティーヴが叫んだ。

 メリッサは剣を引き抜くと、無言で血を振るい落とした。そして兵士達に指示を出す。


「これより賊を討伐します。すぐに兵を集めなさい」


 そう言うとメリッサは踵を返そうとする。その彼女をエリカは呼び止めた。


「わたくしも同行します」


 メリッサは物言いたげにエリカを見つめていたが、やがて忌々し気に息を吐いた。


「勝手になさい」


 一言だけ告げると討伐準備に取り掛かり始める。その様子を見たエリカはスティーヴを伴ってキャサリン達がいる場所へと戻る。


「スティーヴ!」


 戻るなりエイミーが駆け寄ってくる。


「大丈夫だった!?さっきの悲鳴は何なの?」

「ソニーが死んだ」


 ぼそりと呟くとスティーヴにエイミーは口をぱくぱくとさせるしかできない。

 キャサリンが視線を向けてきたのでエリカは小さく頷くと、悲しみに暮れるエイミー達に告げた。


「あなた達を解放します。そしてこれよりブラッドフォード卿は盗賊団討伐の兵を挙げられます。撃退ではありません。討伐です。様々な思いはあるでしょうが、フレデリックを止めようという気持ちで集まったことを忘れないで」

「知ったことを」


 誰かが吐き捨てるように言う。その途端、エリカの雷が落ちた。


「あなた達が優柔不断だからこんなことになったんでしょうが!どうしてもっと前に止めなかったの!各地を荒し、関係ない人達をその手にかけてしまった以上、もう後戻りできないの。そんなことも分からないままにずっと後を追いかけていたの?」

「……」


 厳しい現実を突き付けられてエイミー達は言葉を失う。


「あなた達はフレデリックを止めたかったんじゃない。止めることも仲間に加わることも決められなかっただけ」


 容赦ない言葉だが真実ではある。現に、先程の襲撃も半ば見逃しているような状態だったのだ。何よりエイミー達自身がその通りだと自覚していた。


「あなた達のフレデリックは元々優しい方だったはずよ。皆の為に義賊になるくらいですもの。

 本当に彼のことを慕うなら、最後は本来の彼を取り戻してあげるのがあなた達の役目じゃないかしら?」


 最後にエリカは静かに言い終えると、キャサリンを伴ってメリッサの元へ向かう。エイミー達が決断できることを願って。


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