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一 事の始まり

 旧ガーネット王国領は未だに情勢が不安定だった。


 去年の冬に起きた反乱の影響は各地に根強く残っており、未だに反乱勢力の残党が領民達を扇動しては様々な問題を起こさせていた。

 旧ガーネット王国領を与えられた貴族達はそれらを機械的に処理していくので、ところどころで武力衝突が繰り返されている。


 その中にあってバクスター伯爵だけはあくまで非暴力を貫こうと努力していた。

 蜂起する者達がいれば彼らの事情を汲み取り、余りにも理不尽なものを除いて彼らの要望になるべく応えてきた。

 また、日頃から巡察を欠かさず、週に一回は施しを行うようにしていた。


 そんな彼の姿勢を他の貴族達は軟弱であると公然と批判していたが、日が経つにつれ激化していく武力蜂起の渦中にあって、バクスター伯爵領の治安が少しずつとはいえ保たれるようになっていくのを見ると彼らも口を噤む他なかった。


 この動きにはヴァレリー・マクファーソン国王その人も大きな期待を寄せていた。バクスター伯爵領の統治がこのまま上手くいけば、その流れに乗せて他の旧ガーネット王国領の統治も上手く進められるからである。


 だが、バクスターのこの活躍を快く思わない者達もいる。


 それが他の貴族達である。彼らも旧ガーネット王国で起きた反乱に立ち向かってその地を得たが、自分達だけ統治が上手くいかないと感情面で納得できないものがあった。

 勿論、それは逆恨みに過ぎないのだが、自分が上手くいかない時に周りを見れば羨んだり妬んだりする気持ちが生まれるのもまた真理だった。


 また、数学などと違い公式に当てはめれば毎回同じ正解が導き出せる訳でもない。バクスター伯爵の取り組みに倣って努力していても中々報われない者もいる。

 そういった者は特にバクスター伯爵に対して複雑な感情を抱いていた。


 その一人がメリッサ・ブラッドフォード伯爵である。


 ブラッドフォード伯爵は一言で言えばツイていない女性だった。


 ブラッドフォード家は東部貴族の間でも一目置かれる名家で、かつては彼らの代表のような立ち位置にいることもあった。

 マクファーソン王国建国以来、着実に繁栄を続けていたブラッドフォード家に斜陽の兆しが訪れたのは魔物領からのスタンピードだった。


 魔物の大量発生とそれらの王国侵攻は甚大な被害をもたらし、多くの血が流れている。その中にはヴァレリー・マクファーソン国王の王配もいた。

 先代当主のブラッドフォード伯爵は王配の近くに陣取っていた貴族の一人だったが、かつてない程の魔物の猛攻を抑えきることができなかった。


 長男と多くの兵だけでなく、自身の利き腕と左目も失いつつも最後まで奮戦したブラッドフォード伯爵を責める者はヴァレリー含め誰一人としていなかったが、当の本人は王配を守り切れなかったことを悔やみ、自害してしまった。


 その為、他家との縁談によって家を出ていくことが定められていた箱入り娘が東部貴族の名門を継がねばならなくなった。

 それがメリッサだった。


 当時、バンクロフト学院の最上級生だったメリッサは青春時代の締めくくりを満喫することも叶わず、対極にある絶望と激務の波にさらされる他なかった。


 貴族の世界は権謀術数が渦巻いている。跡を継いだばかりの学生は当主経験がゼロからのスタートで、家族の死に打ちのめされている。それに加えて悪い虫が付かないように気を配る父親もいない。

 東部貴族のトップに位置する名門の椅子が空いていると目を付けた者からすれば、メリッサの隣に座ることがブラッドフォード家を手っ取り早く乗っ取る手段だった。


 そういった連中の思い通りにさせない為にメリッサは文字通り血の滲むような努力を重ねた。領内を文字通り駆けずり回り、領民達の負担を軽くすることに努めた。内政干渉などの口実にされる資金援助を周りの貴族から受けない為に自身のアクセサリーなどを売り払うこともあった。


 だが、努力は報われなかった。


 年若いメリッサが治めることになったこの地に希望を抱くことは難しいと考え、他領へと去っていく者は多かった。

 また、メリッサ自身の経験不足が領地経営の足枷となっており、ただでさえ成果を上げるのが困難なのに、必死の思いで練り出した施策が実を結ぶことはまずなかった。


 そういった苦労を長年に渡って重ねつつもメリッサは何とか家を存続させてきている。


 だが、かつてほどの必死さは彼女の中から消えていた。


 反乱鎮圧に参陣し、それなりの成果を上げたことで加増されたものの、与えられた新たな領地もかつてメリッサが当主に就任した時と同様に人々の心は疲弊していた。

 為政者の前例も取り入れて復興に勤しむメリッサだったが、その脳裏からかつての悪夢のような半生が消えることはなかったし、ある意味でそれは予想通りの正夢となっていた。


 ずっと変わらぬ領地経営の現状を前に、遂にメリッサは何事に対しても最上の成果を求めなくなっていった。


 なので領内で盗賊団が発生しても、彼女は本腰を入れなかった。


 勿論、討伐の兵は出したし、RCISとも連携を図ってはいたが、行うべき事柄を淡々と進めるのみの事務的な仕事のこなし方に終始した。

 そんな具合なので盗賊団は捕縛、或いはその場で始末されることはあっても、壊滅状態に陥ることはなかった。


 そういったことが繰り返されていく中で別々の盗賊団の残党達が集まり、新たな盗賊団が結成されていった。


 彼らも最初は食い扶持に困った民達に過ぎなかったが、何ともしがたい状況に追い詰められて、とうとう一線を越えてしまったのだった。

 そして善と悪の概念が一度反転してしまえば、そこに善良さはもう宿らない。


 少しずつ大きくなっていった盗賊団は、いつしか各地に蔓延る反乱勢力の残党よりも危険な存在へとなっていた。

 それ程の規模になった彼らをメリッサは相変わらず、昔から自分を悩ませる小さな、それでいて膨大な問題の一つにしか捉えなかった。


 いつものように討伐手続きを行うメリッサを嘲笑うかのように盗賊団は善戦すると、大した損害を出すこともないままに新たな地へと向かう。


 彼らの眼は貪欲に獲物を探し続けていた。


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