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彼女は魔術と紅茶を楽しんで  作者: 賀来文彰
成人編 放浪の錬金術師
145/323

八 転生者は物思いに耽る

 エリカがブロードベント商会に働きかけた冷蔵庫のアイディアは王都で静かなブームを巻き起こしている。


 貴族の間では早くも話題に上がっており、情勢に聡い者などは自身が主催する晩餐会や舞踏会での「お披露目」を行い始めている。

 また、平民層の一部にも冷蔵庫は広まりつつある。元となっているティーワゴンそのものが平民には馴染みのない物なのでまだ普及には程遠いが、これを買うことを目標に仕事を頑張る者も増えつつあった。


 それに伴ってスタンフォード家の金庫もまた膨らみつつある。収支を見る限り自由に動かすにはまだまだ心もとないが、それでも収入の柱として育つ余地は充分にあった。


 また、この王都の動きをベルニッシュにも伝えている。エリカはあくまでキャサリンやニコルへの手紙に王都の様子を書いているだけなのだが、二人ならその意図をしっかりと汲み取ってくれるだろう。

 それにブロードベント商会からもベルニッシュ支店に連絡があるのは目に見えている。そしてその動きに気付かない他の商会はまずいない。


 ここからベルニッシュの新たな特産品に紅茶を加えるのは容易ではないが、その下地は間違いなくできあがっている。


 それでもエリカの心は晴れない。その理由は度重なる縁談でも夏の酷い暑さでもない。自分の屋敷にRCISの警官達が彼女の元を訪ねてきたからだった。


 食堂から見える景色に意識を向けつつ、エリカは彼らの中で最上位にあたる女性に目を向けた。


「さて、スペンサー本部長。今日は私的な訪問と伺っていたのですが、これは一体どういうことでしょうか?」


 ゾーイは席から立ち上がると頭を下げる。


「申し訳ございません、スタンフォード卿。このようにせねばならない事態が発生しました」

「続きを聞くのが少し怖いですね。まあ、まずはお茶でもお飲みになって」


 エリカの合図でメイド長のアリスが給仕を行う。振る舞うのは例のごとくアイスティーで、エリカは彼らの反応を見てみたかった。


「いただきます。美味しいですね」


 しかしエリカの期待は見事に裏切られる。ゾーイは一口だけ飲むとありきたりなコメントをするだけに留めた。

 ゾーイとしては急を要する出来事の報告をしたいが、社交儀礼に反する訳にもいかない。彼女なりの精一杯の誠意を見せたところではあるが、事の次第を既に把握しているエリカからすれば消化不良も甚だしい。


「さて、スタンフォード卿。落ち着いてお聞き頂きたいのですが、ジェファーソンが生きておりました」

「ああ、そうですか」


 少し素っ気なかったかと思いながらもエリカは肩をすくめるだけだった。そもそもその可能性に伯爵夫人が思い至ったところから事は始まっているので、エリカからすれば目新しいものではない。


 エリカの反応の薄さに若干戸惑いながらもゾーイは一連の事態について説明を行う。だが、帝国の将軍であるローランド・ピアースが脱走したという話に反応を見せた以外は、エリカはほぼ無反応だった。


「そしてジェファーソンからスタンフォード卿に向けてメッセージが届けられています」


 そう言うとゾーイは懐から一枚の紙を取り出すと、アリスを介してエリカに手渡す。


「これは写しですが、そのようなことが書かれていました」


 アリスからそれを受け取ったエリカは内容に目を通す。そこには一言、「王国の雷神に宜しく」とだけ書かれているだけだった。


 エリカは目を伏せると、その写しを丁寧に折り畳んだ。そして自身もアイスティーを一口飲むとしばらくの間無言を貫いた。


 こういう時は相手が再び口を開くまで黙っていることがマナーとされているが、事の重大さにじれったくなったゾーイは非礼を承知で口を開いた。


「スタンフォード卿。これより私達は閣下を警護します。ご理解頂けますようお願い致します」

「分かりました。ただ、一つ条件がございます」


 その言葉にゾーイは少しだけ眉をひそめる。大抵の貴族はRCISが関与する際に何らかの条件を付けようとする。それは彼らが事の大小を問わず後ろめたいものを抱えているからだった。

 そういう意味では条件を出されるのには慣れているが、品行方正であると評判を受けている彼女が脛に傷を持つ貴族達と同じようなことを言い出したのが意外ではあった。


 だが貴族とは結局そういうものなのだろうとゾーイが心の中で判断を下そうとした時、エリカが口にした内容に戸惑いを覚えた。


「当家はRCISの警護を受け入れますが、その対象は私ではなくこれより名を挙げる方達としてください」

「お待ちください。スタンフォード卿」


 エリカの出した条件にゾーイは待ったをかけるが、彼女は意に介さず話し続ける。


「まずわたくしの両親ですね。そして代官のクレア・エヴァンスとキャサリン・ブラッドリー。それぞれの代官補佐もお願い致します。補佐に関しては代官が名を挙げた者全員とします。最後に当家に仕えてくださっている方達全員もお願い致します」


 エリカの言葉にその場にいる全員が驚いた。しかし当の本人は大真面目である。


「ジェファーソンが如何に危険な人物であるかはわたくし自身もよく把握しております。だからこそ彼はわたくしを直接狙ってくることはないと考えております。それよりはわたくしの周りの方々を狙うでしょう」

「その通りでしょうが……」


 ゾーイは言葉を濁す。エリカの予想通りだとゾーイ自身も睨んでいたが、それ程の大人数を警護する人員がいない。

 冒険者ギルドでの一件でかなりの損害が出た特殊戦術部隊の欠員補充にようやく目途が立ったばかりであるが、それでも全体的に人手は足りていない。


 正直なところ、エリカの出した条件を呑む余裕はRCISにはなかった。


「スタンフォード卿。誠に申し上げにくいのですが、そのご条件を受け入れることはできません」

「では、この話はなかったことにして頂きましょう」


 そう言って席を立とうとするエリカをゾーイが必死に食い止める。


「お気持ちは分かりますが、どうか閣下だけでも警護を受けて頂けませんか。そのような言葉を残した以上、ジェファーソンの狙いは閣下にあります。どうかご理解ください」


 ゾーイが指し示した写しを見てエリカは一瞬動きを止める。しかしすぐにゾーイを見つめると凛とした声で告げた。


「わたくしが望むのは先に挙げた皆さんを護って頂くこと。それができないと言うならば話は終わりです。さあ、お帰りください」


 エリカの強い言葉に込められたものを感じ取ったゾーイはそれ以上何も言わず席を立った。そしてアリスの先導によって、引き連れていた警官達と共に食堂から出ていった。


 その姿を見送るとエリカはすぐに厨房へと向かう。まるで子爵家の当主とは思えないずんずんとした足取りに、道中ですれ違ったメイド達はあんぐりと口を開くほかなかった。


「これはエリカ様。何か不手際でもございましたでしょうか……」


 エリカが勢いよく厨房の扉を開くと料理人達がギョッとした表情でそちらに振り返る。そして料理長のアーサーが血相を変えてすっ飛んでくる。

 だがエリカは両手を上げてアーサーを制すると何気ない口調で尋ねる。


「アーサーさん。今日の夕食は何でしょうか?」

「ミートパイですが……」

「そこにフィッシュアンドチップスも追加してもらえません?」

「え!?」


 エリカの言葉にアーサーは再び驚く。フィッシュアンドチップスは王国内で人気の料理の一つで、アーサー自身も週に四回は食べる程好んでいる。だが、余りにもお手軽なその料理に対して「学生向け」という印象が拭い切れず、少し前まで学生だったとはいえ今はスタンフォード家の当主を務めるエリカには控えて欲しいという思いがある。


 しかしアーサーはそういった思いを押し殺して頷いた。


「承りました。ご用意致します」

「ありがとうございます。楽しみにしていますわ」


 そう言うとエリカはまたずんずんと去っていく。小さい頃から彼女を見てきたアーサーは自身の判断が間違っていなかったとしみじみする。もしフィッシュアンドチップスを諫めていれば、彼女の機嫌を更に損ねることになっていただろう。


 事実、アーサーの読み通りエリカは不機嫌だった。


 ジェファーソンのことに関しては正直に言って何とも思っていない。報復してくる可能性はゼロではないが、恐らく彼はそうしないだろうという確信めいたものがあった。

 一度ジェファーソンはエリカを怒らせている。その際に放った雷撃に対して彼は間違いなく恐怖の感情を抱いていた。


 なので書き置きに記されていた挑発的な言葉はハッタリだと考えている。それよりも、その書き置きでRCISの注意を自分に向けさせるのが真の狙いだろうとエリカは見当を付けている。

 だが、ジェファーソンがそうする理由が理解できなかった。それが彼女を不機嫌にさせている。


 強いて言えばピアースを脱獄させたのが目的だったのかもしれないが、それにしては仕掛けが大掛かり過ぎるし時間も掛け過ぎている。

 何より機密情報を漏らしている可能性が高い者を帝国が助け出すだろうか。非人道的行為に手を染めてきたあの国が将軍一人に対してそこまで心を砕くとはエリカには到底思えなかった。


 エリカは落ち着きなく執務室を歩き回る。窓の外から降り注ぐ日差しは柔らかくなりつつあるが、まだ暑さは残っている。


 エリカは水差しに手を伸ばした。程よい温度の水がゆっくりと喉を潤していく。その感覚に意識を向けていくにつれ、自身の心の揺れ動きが落ち着いてくるのを感じた。


 結局のところ、自分が不機嫌になっている理由はジェファーソンやピアースにあるのではない。

 色々ときな臭い動きがあるが自分がやりたいのは領地を豊かにすることで、その邪魔をされていることに苛立たしさを覚えているのだ。


 そこに気付いたエリカは気分を切り替えると、領地経営のことだけに意識を集中させていく。


 いつしか鼻歌交じりに色々なアイディアを思い浮かべているエリカの横顔は先程までと違って満足気だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「バクスター様もロイロット様も無事に領地へ戻られました」

「道中、不審なことはなかったか?」

「はい。何もありませんでした」

「そうか。長旅ご苦労だった。これは手間賃だ」

「こんなに……。ありがとうございます」

「繰り返すが、この件は決して誰にも漏らすな。自分の家族にもだ」

「はい」

「下がって良いぞ」

「ありがとうございます」


 部屋の外に出ていく青年を見送ると、キャサリンはそのまま扉に鍵をかけた。そして執務用の机に向かうと、設けてある隠しスペースから複数の手紙を取り出した。


 何度も読み返したそれらには、RCISで起きた事件の顛末とそれに関するゾーイ達の動向が綴られている。

 表向きは何事もなかったかのように振る舞われているし、実際に人々の間で混乱などは起きていない。だが、検問はいつも以上に厳しくなっているし、巡回も増員されている。何よりスタンフォード家が目に入るような巡回ルートに変更されているのが全てを物語っている。


 キャサリンは複数の手紙を元あった場所に戻すと、今度は常備兵の育成計画書を取り出した。

 エリカが発案したこの計画は順調に進んでいる。一期生とも言うべき二百人は厳しい訓練にも耐え、しっかりと成長している。その中でも特に優秀な者は既に一つの任務を与えられていることもある。

 先程の青年がその一人だが、常備兵とはまた異なる形でキャサリンはこういった逸材を組織化することを考えていた。


 全てはエリカの為に。


 キャサリンはリスト一覧から何人かに印を入れると、彼らをどのように鍛えていくか思案し、それらを書き留めていく。

 スケジュールはかなり厳しく、彼らが受ける訓練は今まで以上に困難なものとなるだろう。ただ、ジェファーソンが自由を手に入れた以上、事は急を要する。少々の無理は看過しなければならなかった。


 キャサリンは無意識のうちに自身の愛剣に触れる。今度こそはこの手でジェファーソンにとどめを刺す。人知れずキャサリンは、並々ならぬ決意を胸に秘めていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 リーヴェン帝国の皇帝であるピーター・リーヴェンは不機嫌な表情を隠そうともしなかった。

 その眼前ではローランド・ピアースが震えるようにして平伏している。彼の心中は決して穏やかでない。


 ピーターの指図で自分は助け出されたはずなのに、生還した彼を待っていたのは冷たい視線だった。

 訳も分からないままにピアースはまるで罪人かのような扱いを受けて、ピーターの前に引きずり出されている。


「さて、どういうことか説明してもらおうか」


 ピーターの言葉は自分に向けられたものではないと理解しているが、それでもピアースは叫び出したかった。自分も説明してもらいたい。一体どうなっているんだと。


 彼らの問いに答えたのはジェファーソンだった。


「私の実力を理解してもらう為だ」


 その傲岸不遜な物言いに、ピーターの傍らにいた近衛兵達が一斉に剣を抜く。皇帝に対する不敬は重罪である。


 だがジェファーソンは周りから向けられる殺意は意に介さず、ピーターの顔を真正面から見据える。


「彼らは優秀だが、私の前では無力であることをお忘れなく」


 その挑発に乗る程近衛兵達は安い存在ではないが、それでも殺意が強まるのは防げない。一触即発の状況下でピーターはジェファーソンを睨みつけた。


「実力を理解しろと?余はこの者を連れ戻せと命じてはいないし、その為に協力者を犠牲にして良いとも命じていない。そもそもこの者は長く王国に囚われていた。もう信は置けん」

「陛下。私は決して何も漏らしてなどおりません……」


 ピアースが絞り出すように言うが、ピーターは彼をじろりと見やる。


「発言を許した覚えはない」


 その瞬間、ピアースの隣にいた近衛兵が剣の柄の部分で彼の左肩を打ち据えた。もうジェファーソンの影響下にない彼の身体は囚人の頃と同じ状態に戻り、あらゆる痛みに対して敏感で無力だった。


 しかし濃密な緊張感が溢れるこの場においてジェファーソンはくつろいでいた。それが傍から見ていても明らかなので、近衛兵達は殺意を保ちつつも疑念を抱き始める。


「ちなみに彼は何も漏らしていない。その忠義には答えてやっても良いだろうな」

「錬金術師だからといって何を言っても信じられると思うのは大きな間違いだ」

「それならば服従の呪文を彼にかけてみると良い。私の言葉通りだと分かるだろう」


 ピーターは近衛兵の一人に命じてピアースに服従の呪文をかけさせる。その様子を見ながらジェファーソンは感心する。服従の呪文の真の効果を発動するには並大抵の魔力では敵わないが、さすがは皇帝を護る近衛兵である。大して苦労せずにピアースへ服従の呪文をかけることに成功した。


「どうであったか?」

「はっ。確かに将軍は拷問に耐え忍び、最後まで口を割りませんでした」

「そうか」


 ピーターは頷くとジェファーソンの方に向き直る。


「貴様は死霊術の提供で既に実力を示していたと思っていたが。これ以上何を望む?」

「完全な自由を」

「ほう。中々面白い答えだな?」

「もう帝国にとって私は用済みだからな。うるさいハエを撃退するのは苦でもないが、少々面倒だ。よってこれ以上は私の手を煩わせないでもらいたい」


 ピーターはニヤリと笑うと、目にも留まらない速さでジェファーソンの元に辿り着くと、いつの間にか手にしていた剣でジェファーソンの首を刎ねる。

 首を失った身体は力なくその場に倒れ込み、赤々とした血が噴き出ている。


「愚か者めが」

「それはこちらの台詞というものだ」


 剣から血を拭っていたピーターの耳に聞こえるはずのない声が届く。


「陛下!」


 近衛兵の一人が叫ぶ。ピーターはたった今手にかけたばかりの死体の方へ向き直る。


「……」


 そこにあったのはジェファーソンの死体ではなく、ピアースを打ち据えた近衛兵の死体だった。


「帝国にいる間、私が何の自衛策も練らなかったと本気で考えていたのか?」


 暗がりからジェファーソンが姿を見せる。

 近衛兵達は瞬時にピーターを囲う陣形を取ると、油断なく錬金術師を見据えた。


「無駄だ。お前達には服従の呪文をかけている。それに例外はないことはたった今その目で確認したばかりだろう」


 ジェファーソンは事もなげに言うと、そのままピーター達に背を向ける。


「お前達は何人いた?十人か?だが、それらは本当の数字だろうか。隣にいるのは本当に同僚か?実は一般兵ではないか?或いは自分のことを近衛兵だと勘違いしていないか?自分が把握しているのは本当に自分自身で得た情報か?」


 その言葉に近衛兵達は少なからず動揺を見せる。ピーター自身も顔には出さないものの内心は衝撃を受けている。自身にすら服従の呪文をかけていたジェファーソンの底知れなさに息を吞むほかなかった。


 やけに響く靴音に交じってジェファーソンは笑う。しかし扉の前で足を止めると、そのまま背中越しにピーターへ話しかける。


「これに懲りたら私に構うな。もし再び私を狙うのであれば、貴様らの計画を台無しにした上でその命を頂く」


 決してハッタリではないその言葉にピーターは歯ぎしりするしかない。既にこの男には旧ガーネット王国での一斉反乱計画を頓挫させられている。アンドリュー・マクストンは有能ではないが、彼がいなければ反乱の勢いは小さなものにしかならず、王国を混乱させることはない。

 それにジェファーソンが命を狙いに来れば、現状は為す術がないのは先程確認したばかりだった。


 忸怩たる思いを抱えるピーターの心中を見透かしたかのようにジェファーソンは言葉を続ける。


「まあ、帝国に世話になった礼もある。一つ助言しておいてやろう。

 王国に手を出すならスタンフォード家の当主とだけは敵対するな。あれは帝国の手に余る」

「その者は確か貴様の計画を破滅させたな?」


 形勢を立て直す機会とばかりにピーターはジェファーソンを挑発するが、意外なことに彼は否定も言い訳もしなかった。彼はゆっくりと頷くと、ピーターの方へ振り返る。


「リーヴェン帝国であろうとマクファーソン王国であろうと、その国を治める者の前に姿を見せ、その命を取るのは難しくない。だが、あの小娘だけは違う。どれだけ手を尽くしてもその前に姿を見せれば最後だ。長生きしたいのならそれを忘れないことだな」


 そう言うとジェファーソンは今度こそ扉を開けて外へと出ていった。ピーターはその後ろ姿を見送ることしかできなかったが、代わりに新たな目標ができたことを喜んだ。

 ジェファーソンに手出しはできなくとも彼の助言を覆して鼻を明かすことはできる。それに王国のスタンフォード家には幾度となく計画を邪魔されてきた。彼らを叩くのは理に適っていた。


 しかしそれこそがジェファーソンの真の狙いであるとは気付いていない。彼は執念深い男ではあるが、実力差をわきまえるだけの分別はあった。

 自分の生存を知ったあの年若い女性が何をしでかすか分からない。だが、いくら彼女でも本腰を入れた帝国を相手取るのは難しいだろう。そしてそれらが片付いた時には、自分に手出しすることはもはや不可能となっている。


 そう思うとジェファーソンは笑いを堪え切れなくなる。周りの人々がギョッと振り返る程の大笑いをしながら、ジェファーソンはしばらくの間、()()()()()()()()()()()()()を離れることを決めていた。


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