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彼女は魔術と紅茶を楽しんで  作者: 賀来文彰
学生編 秋~冬のこと
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十二 秋から冬にかけて

 この前入学したばかりなのに、もう冬の気配が近づいている。時の流れは早いものだと、エリカは格好をつけて窓の外を眺めている。


 日本とは違い、前世の海外と同じく王立バンクロフト学院も二学期制を導入している。九月から翌年二月にかけての秋学期と、三月から六月にかけての春学期という形式なので、時間の経過を早く感じてしまうのは仕方ないことだった。


「ねえ、私にはエリカがポーズを決めているように見えるんだけど」

「私にもそう見えるよ」


 少し離れたところから、ナタリアとグロリアがニヤニヤしながらその様子を見ている。


「惚れちゃダメだよ」


 興味なさげな振りをしつつエリカが答える。ナタリアは軽く口笛を吹き、グロリアはわざとらしく両頬に手を当てて体をくねらせている。


 自分自身でも適応能力が高いと思うエリカだが、そんな彼女でさえ未だに慣れないものがいくつかある。その中の一つがジョークだった。

 日本だとジョークは中々受け入れられず、ともすれば嫌味や悪口に誤解されることが多い。その感覚が残っているからこそ、エリカは気の利いたジョークを飛ばすことが苦手だったし、周りの学生達もそれをからかいの種にしている。


「パンプキンパイはまだ残ってるかしら?」


 エリカが話題を雑に変えたのを見て、二人はニヤニヤとした表情を強めた。食堂に続く廊下を歩いているが、その辺りにはパンプキンパイを焼いた美味しそうな香りが立ち込めている。

 その香りに釣られて、気の早い学生が何人か廊下を走って行く。


 今日は平日だったが、学院としては休日扱いになっている。

 模擬戦や御前試合、ハロウィーンパーティーといった特別行事は土曜日に行われるのだが、ハロウィーンパーティーだけはその日が平日でも休日として扱われるのが通例だ。


「そりゃあ残ってるよ」

「売れ残るくらい作るはずだよ」


 二人のからかいを受け流しながら、エリカは日常が戻ってきたことを実感していた。しかし、食堂に入った途端にまた非日常の世界へ連れ戻される。


 食堂はハロウィーンの飾り付けで豪華になっていた。

 中身をくりぬいたカボチャが席の一つ一つに置かれ、その中でロウソクの炎が揺れ動いている。頭上では、金色に輝くコウモリ達がのんびりと飛び回ったり天井で羽を休めたりしている。

 コーンウェル伯爵夫人のイタズラかと一瞬エリカは考えたが、実際はキャッスルの錬金術で造られたものだった。


 いくら錬金術で造られたものとはいえ、前世の衛生面の感覚があるものだからエリカは顔をしかめる。視線を目の前のカボチャランタンに固定し、自分の意識をパンプキンパイに集中させた。


「どうしたの、エリカ。調子悪いの?」


 ナタリアが顔を覗き込んでくる。


「ううん、大丈夫だよ。ただ、食事中にコウモリが飛んでくるのは少し苦手でね」

「へえ。そういうところはお嬢様だよねー」

「そういうところ「は」とはなんだ。私はいつもお嬢様だぞ」


 わざと口調を崩してエリカが答えると、それを聞いていたグロリアが楽しげに笑った。


 一日がかりのハロウィーンパーティーが終わると、冬は目前となる。


 十一月に入った途端、一気に肌寒くなる。学院の敷地内にある森はすっかり葉を落とし、寒々しい印象を与えている。エリカはまだ確かめていないが、森の中にある湖もところどころ凍り始めているなんて噂も飛び交うほどだ。


 だが、学生達の心は暖かかった。一ヶ月と少しを我慢すればクリスマス休暇が待っているからである。

 特にエリカは、二学期制がもたらすこの恩恵を心の底から喜んでいた。


「最近、エリカってウキウキしてるよね」


 ナタリアがグロリアに言うと、彼女もそうだと頷いた。


「前に聞いたんだけど、クリスマス休暇があるのが嬉しいんだって」

「ふーん」

「まあ、それだけじゃないでしょうけど」

「だね」


 そう言うと二人はニンマリとした笑みを浮かべて自分達の隣に座る学生を見る。


「な、何よ……」


 いきなり二人分の視線が飛んできて、シェリルは困惑した。


 コーンウェル伯爵夫人の計らいでシェリルは彼女の元で暮らすことになった。

 本来、領民が他家に引っ越すことはタブーである。年貢を納める働き手が減るからだ。それだけにこういった計らいは時に微妙な外交問題になるのだが、シェリルがいた村は全滅してしまっていることもあり、コーナー男爵は快く伯爵夫人の提案に応じた。


 伯爵夫人が後でエリカに語ったことだが、コーナー男爵は元々シェリルの面倒を見るつもりだったらしい。養子にすることも考えていたらしいが、伯爵夫人の元で暮らす方が良いだろうと話したそうだ。


 残った問題は、いつから学院に通うのかである。

 デーモンスパイダーとの戦いを生き延びた経験値は同世代の学生の中でも飛び抜けているが、この前入学したばかりとはいえ既に授業を受けている学生達に比べると、学ぶことの量も質もかなり遅れてしまっている。だからといって来年から入学するのでは遅すぎると伯爵夫人は考えていた。


 そして伯爵夫人は自身の影響力と政治力を存分に発揮した。


 一人の少女の為に途中入学を認めるのはあり得ないと考える教授も何人かいたが、デーモンスパイダーの一件では陰の功労者だったシェリルの功績と、コーンウェル伯爵夫人の静かなプレッシャーを鑑みた学院は、特例措置としてシェリルの入学を認めた。ただ、諸々の処理の関係もあって、十一月十五日入学となったのである。


 それが今日のことだった。


「シェリル、このフィッシュアンドチップスは美味しいよ。試してみたら?」


 グロリアが自分のトレーを差し出す。シェリルは魚のフライを一つ手に取ると、備え付けられているタルタルソースに付けて、小さくかじる。


「美味しい!」


 食べた瞬間、目を輝かせるシェリルにグロリアも嬉しくなる。その姿を見ていたナタリアがサッと手を伸ばすと、ポテトを一掴みして頬張る。


「美味しいよ!」

「ちょっと、何勝手に人のを取ってんの」

「扱いの差がヒドい!」


 ナタリアに軽くデコピンを喰らわせるグロリアは、彼女が手を出せないようにトレーをシェリルの方へ更に近づける。

 だが、フィッシュアンドチップスの美味しさに心を奪われているシェリルはそれをグロリアからのおすそ分けと勘違いして、更に魚のフライを食べ始める。


「あ、ちょっと!」

「え?」

「いや、なんでもない……」


 一点の曇りもない目で見つめられたグロリアは、取り返そうとした手をそっと引っ込めた。

 ナタリアが無言でスコッチエッグを二つグロリアに差し出す。任せろといった表情がかっこよく見えるのが少し悔しい。


「ほら、嬢ちゃん。食べな」

「あ、ありがとう」


 低音ボイスでそっと語りかけるナタリアの手からスコッチエッグを取ったのはエリカだった。

 器用に片手で二つとも取ると、それを自分のトレーに乗せる。


「遅かったね、エリカ」

「行列ができてたからね」

「それってガーネット王国からのお肉でしょ?」

「うん。まだまだ残ってる感じだよ」


 エリカのトレーにはスライスされたローストビーフが積み重なっている。その下にはホースラディッシュを加えたソースが満ちているが、量の多さも相まってそのビジュアルは海に浮かぶ小さな島のようだった。


 先日、同盟関係にあるガーネット王国からデーモンスパイダー討伐のお祝いとして様々なものがマクファーソン王国へ送られてきたが、その中に牛肉も含まれていた。

 ただ、この量が非常に多く、学院に支給された分だけでも食べ盛りの学生達が中々消費し切れないボリュームだった。


「みんなも食べるでしょ?」

「ありがと」


 早速ナタリアがローストビーフを何枚か取る。続いてグロリアがわざとらしく優雅な仕草で二枚だけ取り、ナタリアへすまし顔を向ける。


「もっとお行儀よくしないとダメよ」

「はーん」

「はーん」


 いつものようにじゃれ合う二人からローストビーフをスッと回収すると、エリカはシェリルに振り向く。


「シェリルは食べないの?」

「いや、お気持ちだけで大丈夫です……」


 うつむいてしまうシェリルにグロリアが声を掛ける。


「シェリル。ここでは身分は関係ないんだよ?だからもっと気楽にしないと」

「分かってるけど、まだそのルールに慣れなくて」

「真面目か」


 ちゃっかりローストビーフを取り返したナタリアがそれを頬張りながら、ツッコミを入れる。


「でもそのルールに慣れないと、エリカに迷惑がかかるんだから。貴族としての権威を振りかざしてるぞ!ってね」

「うん……」


 どうも歯切れが悪いシェリルを眺めながら、エリカはかつての自分とその姿を重ね合わせて思わずクスリと笑ってしまう。

 同じくローストビーフを回収したグロリアが、それをシェリルのトレーに盛り付ける。シェリルは慌ててそれを返そうとするが、グロリアはそれより先にシェリルが食べているサラダをフォークとスプーンを使ってガサっと奪い取ってしまった。


「あ、ちょっと!」

「はい。これで交換ね。これなら気を遣わないで済むでしょう?」


 イケメンを気取って流し目でシェリルを見るグロリアだったが、エリカとナタリアがうつむいて肩を震わせている姿を見て思わず顔をしかめる。


「ちょっと、何なのよー。せっかくの雰囲気が台無しじゃないの」

「だって……、キュウリだらけじゃん」


 エリカが声を押し殺しながらも腹を抱えて笑う。ナタリアに至っては尾を地面にペタンペタンと打ち付けている。

 愕然とした表情を浮かべるグロリアにシェリルが心配そうな表情で尋ねる。


「え、グロリアはキュウリが苦手なの?」

「うん……」

「珍しいね」

「でしょう?本当にこの子は変わってるのよ」

「ね。こんなに美味しいのに」

「歯ごたえが苦手らしいよ」

「それが良いのに……。もったいないなあ」


 いつの間にか自然に話しているエリカとシェリルを見て、ナタリアとグロリアはそっと顔を見合わせるとにっこりと微笑んだ。


 クリスマス休暇も明けた一月に入る頃にはシェリルもかなり学院での生活に慣れてきたらしく、エリカ達以外の学生とも話ができるようになってきた。特にコーナー家の領民であるエルフ達とは辛い経験を乗り越えようとする者同士、お互いを支え合うことも多く、友達は順調に増えているようだ。


 また、それぞれの得意分野が見えてきたのもこの時期のことだった。


 ナタリアは基本戦闘術で上位三人に入る程の実力を示し、薬草学でも平民の中では一番の知識量を誇っている。

 グロリアは希望者対象の経済・経営学で既に上級生を圧倒している。さすがは商人の娘といったところだった。

 途中入学というハンデがありながらも、シェリルは魔法薬学ですぐれた調合薬を製造することができており、担当教授からも称賛を受けていた。


 その中でエリカ自身は得意分野らしいものを外に出していなかった。どの授業でもそれなりの好成績を残し、高評価を得ているが一段と目を引くものはない。

 これはエリカ自身がそういう風になるように気を付けていることもある。デーモンスパイダー討伐後、学院の教授陣から良くも悪くも注目されているので、要らぬ誤解を避ける為にも大人しくしておこうという気持ちが大きかった。


 その日も初級魔術学の授業を無事に切り抜けて、エリカは図書室へ向かう。最近のエリカは図書室にこもることが多くなっていた。

 ここでなら周りの目を気にすることなく自分の好きな知識を手に入れることができる。


 いつものように書架の表示を見て、その中から特に気になった本をいくつか手に取るとそれらに目を通していく。

 その様子を遠くから図書室長が見つめていることにエリカはまだ気付いていなかった。


次回から新章となります。


そして次の投稿ですが、早くて一週間後の15日になります。

遅くとも22日には上げますが、日にちを断言できずに申し訳ないです。

良かったら、更新したことが分かるブックマークを宜しくお願い致します。

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