5.初戦闘
「おおおおおおおぉおお!!!」
目標を捉えた亡者が雄たけびを上げる。
先ほどまでの枯れ木のような雰囲気とは全く違う。
恐怖の中だからこそわかる。亡者には明確な殺意がある。
「う…う、うわぁあああああああ⁉」
情けない声を上げながら、滅茶苦茶に剣を振り回しながら叫ぶ。
だが、当然のことだが亡者にはかすりもしない。
亡者はそんな滅茶苦茶な剣に向かって突っ込んできた。
嫌な感覚がした。
カッターナイフで指先を切った時よりはるかに嫌な感覚。
亡者の肩口を剣が斜めに切り裂いた。
どす黒い液体が飛び散り、剣や自分に軽くかかる。
その液体は生ぬるく気持ち悪い。
「あ!?あ、あ…?!」
自分がした事が大変なことだとはわかっている。
だが、これは間違いじゃない。これをしないと、死んでしまう。
頭が滅茶苦茶に混乱して、呼吸も荒く、どうしていいかわからない。
今、人を斬った。
その言葉だけが頭に浮かんでは消える。
次はどうすればいい?更に斬るのか?逃げ出せばいいのか?
考えれば考えるほどより混乱する。
そうして混乱しているのが隙になった。
「おおおおぉぉおお!!」
亡者は雄叫びを上げながら体当たりをしてきた。
突然の体当たりに反応できず、そのまま後ろに突き飛ばされる。
「な…!?…がっ!?」
金属が地面に擦れ音を立てる。
全身に鈍い痛みが走り、体が悲鳴を上げた。
苦痛の中、なんとか顔を上げ亡者を見る。
亡者の手にはナイフと剣が握られていた。
急いで自分の手元を見ると、先ほどまで握っていた剣がどこにもない。
突き飛ばされたときに手から離れてしまった。
血の気がひく。状況が絶望的すぎる。
何かしなければ。何とかしてでも武器を取り返さなくてはならない。
でなければ…
「この…っ!!」
武器がないならどうしようもない。
だが幸いにもこちらは鎧を着ている。
なら無理やりにでもなんとか奪い返せるはずだ。
亡者と同じように必死の体当たりを繰り出そうとした。
あと少しで届く。
その時
ガンッ!と鈍い音がして視界が真っ白になる。
気が付けば自分が膝から崩れ落ちているのがわかった。
何が起こった…?
理解するよりも早くもう一度同じ衝撃が頭を襲う。
そして理解した。
亡者に剣で思い切り頭を殴られていた。
三度目の衝撃は頭の横から来て、無抵抗のまま一撃を食らい強烈な脳震盪に襲われる。
視界が歪み、世界が回る。
次に襲い掛かってきたのは冷たい感触だ。
その感覚が終わると冷たい感覚はなくなり、熱が噴き出す。
理解したくない。
視線を向けてはいけない。
わかっているが自身の状況を理解しなくてはならない。
熱が噴き出したのは左側。
顔を動かし、視線を向ける。
状況を理解すると同時に口から出たのは絶叫だった。
「う、うわぁああああああああ!?」
あるはずのものがない。
左腕が、ない。
パニックのまま失った左腕を探すと、腕は自身のすぐそばに落ちていた。
切断面からはどす黒く熱い血が噴き出している。
「あぁああ!?なん、で…う、うぁ…っ!?」
もうわけがわからない。
意識を失えればどれほど幸せだっただろう。
だが目の前の現実はそれを許してくれなかった。
亡者が忌まわしい声を出しながら一歩一歩近づいてくる。
逃げなくてはいけない。
しかし、体は先ほどから言う事をきかない。
「や、やめ―――」
首に鈍い衝撃が来た。
それと同時に息が出来なくなる。
また自分の理解が追いつく前にもう一度首に鈍い衝撃が走る。
そして…視界が一回転した。
普段よりも視界が低い位置に落ちる。
身体が目に映る。
誰かの、首のない身体が。
一体誰の体なのだろうか。
だって、自分の視線はここにある。
きっと最後の一撃で自分は倒れて…それで…
それで…
…じゃあ、目の前の首のない…
最初に騎士からもらった鎧を着ているのは…
…誰なんだ…?