表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

Episode.2

陽の光がさし込もうとしている頃、少年は怪物を解体していました。

解体、といってもそんな丁寧なものではなく、

中央から離れた地下街の闇市で高く売れる黒紫の角、ぶにょぶにょとして

決して割れたりしない赤い虹彩と黄色の瞳孔の眼球を頂戴するだけです。

腰にくくりつけた鉄の水筒の中にその眼球を入れると、水筒が目の玉で

いっぱいになって水が溢れ出ます。

この少年の手慣れた手つきと、すでに水筒に二つの目ん玉が入っていたことから、

常習的にこういう行為をしていたことが伺えます。

少年は角を腰にじゃばらの様にして括り付けると、それはもう十数本にもなろうとしていました。まだ暗い中、遠くに目印として残した火がまだわずかに残っているのを見て、少年は

本来の仕事に戻る足を早めました。

少年の目はいまだに、地下街のごろつきが草をやった後になるみたいに、

爛々と輝いていました。

時折満足げに剣の柄を握ると、鞘から出したり戻したりして、

重い荷物を背負い込みながらゆっくりとした足取りで歩いていきました。


しばらく少年の行く末を見ていきますと、周りはもちろん砂漠の地でありますので

取り立てて何か言うものは何もないわけでありますが、

やはり無骨な白黄色のあちらこちらにひびの入った柱が立っている

わけであります。

その等間隔に立っていた柱がいつしか無くなり、本当に開けた場所に出る頃、

一際大きな「柱」が立っているのが見えました。

そここそが少年の目的地、砦であります。

少年は鞄から牛の骨に穴を開けて作ったオカリナを取り出し、

3つ目と5つ目の穴を塞いでめいいっぱいに吹きました。

途端に銅板を重ねてうねりあげる様な不気味な音が響き、またその音はよく響きました。

いっぽんの太い柱にしか見えなかったものが、きちんとした作りの砦であることが

わかる様なくらいに近くにきたあたりで、

その砦の方から何かがやってくるのが見えました。

「よくいらっしゃいました。荷物のしと様。

わたくしら、もうお腹がペッコペコでして、あなた様の到着を

心待ちにしていた次第であります。

なにせ昨日の夜更け前に見張りが奇妙な声が聞こえると

何度も申すものですから、心配で、心配で・・・」

彼はあまりにじっ、とこの1メドルもあるほっぺたがよく膨らんで

人語を語る獣を見つめるので、

獣は萎縮して大好物のニイラギの種がたくさん詰まった布袋を落としてしまいました。

辺りに種が散乱し、いくつかは砂にみるみる埋れてしまい、

この哀れな獣は今にも泣き出しそうでした。

実は、これより前にすでに「泣き出しそう」であったわけですが、

少年の機嫌を損ねてしまうといまはとんでもないことになるので、ぐっと堪えました。

「申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳・・・」

そういうと、目の前の少年のなんかめっきり忘れて、大好物を一粒でさえも

無駄にしてやるか、という気概でその大きな真っ黒の瞳に涙をぱんぱんに貯めて

地面を掘り返してぐちゃぐちゃにしてしまうのでした。

その様子を立ち止まって黙って眺めていた少年は、

長い息を鼻から吐いて、見かねた様にして鞄から一つのびんを取り出しました。

「これでいいだろ。もうそんなにしちゃったら、見つかるものも見つかんないよ。」

そのびんには獣の大好物の例のニイラギの種の、しかも上等な品種のやつがしこたまに

詰まっていました。

みるみる内に顔を明るくして、まるで冒険者が金銀財宝が詰まった宝箱をいくつも

見つけたかの様な眼差しでそのびんを見つめると、

恐る恐る少年の手から受け取りました。

「ほ、本当にいいので?こんな、こんなすばらしきものを。」

少年は照れ隠しなのでしょうか、むっ、としたまま何も答えませんでした。

生活の苦しいこの少年がこのびんを用意したことは、

決して社交上のものとは思えませんでした。

もうこの獣は、落とした数個の種なんか忘れて(とはいえ五つも落としていないのだが)

大事そうに両手にこのびんを抱えて少年の後を浮き足立ってついていくのでした。

しかし、その足取りはやがてまた重くなり、とぼとぼ歩きになってしまうのでした。

その様子を後ろ目で見ながらも決して振り返らずに、

少年は砦へと足を進めました。

「何がそんなに気に食わない。」

少年は少しむっ、として立ち止まって言いました。

精一杯の土産を持ってきた自負があったからです。

ぱっ、と顔色を変えて獣は上ずった声で

「めっそうもございません。ささ、急いで。」

と言うのでありました。


少年が見ていた砦は右の高台の一部分で、

近くに来るともっとずっしりとした城壁がそびえていました。

いくつもの矢じりを速射する装置や、どでかい投石具が下からでも見え、

この砦の堅牢な攻撃力を示していました。

ただしかし、その重苦しい感じに似ても似つかないいくつもの

耳や髭がぴょこぴょこと城壁からのぞき、中では何やら騒がしげに

がちゃがちゃ音が立ち始めました。

城壁を国の方向に内側に伝っていき、

壁の突き当たりのたどり着いた頃に、

ちょうど地面が唸る様に揺れて、砦の下の方へ潜れる様な階段ができました。

あちこちに砂埃が立ち込め、むせ返りながらも奥へ進むと、

この奇妙な獣の生き物が十数匹、我先にと言わんばかりに待ち構えていました。

はじめはその光景に少々のしかめ面をした少年でしたが(もちろんこれには照れ隠し

も含まれる)、いつもと様子が違うことと、

みんなしきりに後ろをさして何かを捲し立てるので、

何かただ事ではないことが起こったことを察知しました。

よく見れば、奥でお腹を真っ赤にして苦しそうに喘いでいる獣がいるではありませんか!

この何匹もの獣たちがしきりに少年にまくし立てているのは、

仲間が動かない、このままでは死んでしまう、助けてほしい、という旨のことでした。

群れの中で一際ふっくらとして、兜も立派な真っ赤な赤い羽のついている

獣が少年に取り乱した口調で語りました。

「オツベルの草をどれだけ塗っても出血が止まらないんだ。

もうどうしたらいいかわからない。やれることは全部やったけれど、全然良くならないんだ。」

ふと少年は、牛頭の長槌が転がっていることに気がつきました。

「奴らをやったのか?」

少年の声には信じられない、という響きが含まれていました。

「いつまでも追い返すだけの我々ではない!我々は勇敢なる一族!

牛頭の化け物に打ち勝つ日がついに訪れたんだ!」

まん丸に太った短剣を握りしめた手を天に向けて掲げると、

他の獣も同情する様にしておぉぅ!と手を掲げ、口々にはやし立てました。

確かに、あちこちに群青の血が散乱していました。

少年が冷ややかな視線を送り続けると、またかの如く獣は萎縮してしまいました。

「・・・さして、蛮勇なる我々の中でもことさらに勇敢さを示した

このヤンソン公が、正義の槍ナメコンにて牛頭の右目を潰したのだが、

その時に暴れ狂ったかの怪物の棍棒に不運にも当たってしまい、

そのまま動かなくなってしまったのだ・・・。」

「もちろん!彼の勇敢なる行動のおかけで風向きは我々に傾き!

結果的に最後の私の情熱の矢があやつの心臓を貫いた!」

「違う!俺の投槍が止めを刺した!」

てんやわんやと獣たちが口論し始めるのを片耳に聞いていた少年は

よく通る、しかし小さな声で呟きました。

「奴らの武器には、猛毒が塗ってある。」

さっきまでけたたましく騒ぎ立てていた一同は、水を打ったように静かになりました。

「それも実に巧妙な毒で、色々と調べたが、そいつに効く薬はこの地には存在しない。」

また一段とふっくらした獣が、信じられない、という様に顔を手で覆いました。

「・・・では、我らが友ヤンソン公は、もう二度と・・・」

「俺も、一度くらったことがある。」

今度は、一同がその発言の含意にきずいてぱっ、と顔を明るくしました。

しかし少年の顔は反対に暗く沈んだままでありました。

少年は常備品を詰めた皮袋から松明を取り出すと、粉をふりかけ

石で火をつけました。

少年の行動を一同は口を開けたまんまで、ぽかん、と見ていました。

少年は布でヤンソンの傷口を軽く覆うと、

その上から火を消したばかりの高温の松明を押し付けました。

苦しんでいたヤンソンが「アァァァッ、ァァァァァァ、ハァッ!」

とさらに苦しそうな声をあげました。

少年の鬼気迫る表情もあってか、一同は何も言わずに黙ってその光景を眺めている他に

できることがありませんでした。

そうしてしばらくしていると、ヤンソンのお腹に蜘蛛の巣の様にはっていた

黒紫の毒々しいいくつもの線がみるみる薄くなって引いていき、

その根本の黒だまりが消えかかるところで少年は松明を急いで離しました。

そうして辺りに散らばっているオツベルの草を上手に口で剥いて、

傷口に当てると、なんと、ヤンソンの出血がピタリと止まったではありませんか。

今まで過呼吸の様になっていたヤンソンの呼吸が長く、落ち着いたものとなり、

少年が砦の屋内の藁で敷き詰めてあるちゃんとした寝床に運んで

他の獣に冷やした水を袋に入れたものをかわりばんこにヤンソンのお腹に当てておく様に

指示した頃にはヤンソンの顔色はずっと良くなっていました。

流石に夜更けの「戦い」続きで羽を伸ばそうと思って

やってきたここ北西のウォッカの砦でこんなことになってるとは

思いもしなかった少年は、くたびれて砦の壁にもたれかかっていました。

一同がヤンソンの周りに群がりながら

頑張れ、だとか、負けるな、だとか声をかけているのや、

助かったことが嬉しくて涙を浮かべているものをみると

表情が崩れずにはいられませんでした。


その日が終わる頃には、ヤンソンはすっかり良くなって

大好物のニイラギの種をふんだんに使ったチーズのスープをすすれる位になっていました。

その日は天魚や砂鮫の小さいやつ、といったいわゆる

普段通りの光景しか目にせず、ヤンソンは穏やかに眠れることができたのも

大きかったのかもしれません。

結局みんなヤンソンが心配でずっとヤンソンの周りにいるものだから、

かわりに少年が砦の防壁に立って見張りをしていなくてはならない始末でありました。

柱もない途方もなく続く砂漠の大地の光景は

何処かの誰かが言った「死の大地」という表現を誠にしっくりこさせるものであったし、

その後ろに広がる何重にも何層にも天へと伸びていく薄茶色を基調とする

莫大な大きさの建築物らはまさしく「砂の国」でありました。

城壁を見下ろすと彼らが戦った牛頭が頭を上にして砦に雪崩かかる様にして

事切れており、その片目には槍が深く刺さり、

体のあちらこちらに色んな色の矢じりが刺さっていますが、

心臓の位置に刺さった銀の槍がことさらに陽の光で輝いていていました。

もう一度ヤンソンの周りでわいのわいのと話す獣の群れに目を落とし

苦い感情が口の中に広がるのを感じました。


その夜はご馳走が食卓に並び、ヤンソンはその中央に座理ました。

ご馳走って言っても、決して豪華とは言えない様なものが並美ましたが、

ここ数日ろくなものを食べていなかった彼らからすれば立派なご馳走でありました。

ほうぼうめいめいに卵をたくさん使ったパン料理を口いっぱいに頬張りながら

牛頭との戦いの自身の功績や、

まだやっぱり元気のないヤンソンを口々に褒めはやし立てたりしました。

少年は初めはその賑わしい感じに流されてよく笑っていましたが、

やっぱり心の底から笑うことはできずに、なかなか引きつった変な笑顔になってしまっていました。それに気づいた少し太っちょの獣がそれとなく少年に探りを入れますと、

みんな空気の変化に敏感にきずいて騒がしかった空気が一変して

潮が引いた様に静かになってしまいました。

そうして、一斉に少年に視線が集まると、少年は耐えきれない様にして

重い口を開きました。

「遊びじゃない。これは遊びじゃないんだ。

今回、ヤンソンはたまたま僕が物資の補給に来たから助かったが、

僕じゃないやつがきても、僕がくるのが後数時間遅れているだけでも

駄目だった。死んでいた。」

「そんなことは今は・・・」と誰か獣が言いますが、

「僕の話を聞けよ。

何度もいうが、海賊ごっこじゃないんだ。

今まで、君たちは、君たちの敵は

砂鮫とか天魚とか、ただの魚だったんだ。

もちろん、そりゃあ他の土地の綺麗な水に住んでいる奴らに比べれば

随分凶暴だが、もう一度言う、魚だ。

そしてー話を戻そう、奴らだが、

あいつらは普段群れで動く。

今回きみ達がー勇敢にもー撃退したのは、

ご存知の通り、一匹だ。

それももちろん、この北西付近の群れは最近かの

砂の民、が一網打尽にしたからいないはずなんだが、

それでも次いつくるかわからない。

奴らは実に巧妙で、頭の回転が効く。

こんなへぼっちい砦なんですぐに崩される。

だから、ひと月前に何度も言った様に、

内地に戻ってくれ。頼む。」

しん、とあたりが静まり返りました。

前に来た時はこうはなりませんでした。

その訳は実に単純極まりなく、今は牛頭の怪物の

恐怖を全員が頭からこびりついて離れないくらいに熟知しているからでした。

ヤンソンに至ってはもう一度震え上がっていました。

兜に緑のふさふさの羽がついた獣が急に立ち上がって言いました。

「我々は!いかに怪物が強大であろうと!

恐怖から尻尾を巻いて逃げ出す様な軟弱ではない!

この戦いこそが・・・」

全て言い終わらない内に少年は、

「では、これからは誰かが重傷を負っても一切治療をするな!

例え一匹という単位であろうとこれからは休みなく奴らはやってくる!

毎日だ。今日みたいな日は訪れない。

毎日誰かが大きな傷を負い、そいつにかまけている間に

次の奴が来る。その間にそいつは死に、また誰かが傷を負う!

あいつらが!どんな風に殺すか見たことはあるか!

獲物が傷を負い動けなくなると!群れでよってたかって槌を振り下ろし、

原型を留めずにただの肉塊になるまで徹底的に潰す!」

もはや獣達がどんな表情をしているかも少年は見ることができませんでした。

「君達は!優しすぎるんだ!

彼らとは!戦えない!」

吐き捨てる様に叫んで、席を立ちました。

どんよりとした静寂が辺りを包みました。

座り込んで鞄の紐を結び直していた少年は、

それがひと段落したので砦をいまにも去ろうとしていました。

やっとの事で例の太っちょの獣が、ゆっくりとした口調で語り始めました。

「僕たちだけじゃない。みんなめいめいに戦いに赴こうとしているんだ。」

少年は堪忍袋の尾がきれた様にして、

「それが愚かだって言ってるんだ!」

と叫びました。

「軟弱な行商を生業とするルンバ族が!何故たたかおうとする!

何十匹、何百匹束になったって!奴らには勝てないんだよ!無理なんだよ!

得意の行商で!とっととどっかに行けよ!」

はぁ、はぁと少年は高揚して声を荒げていました。

彼の発言の根本にはもちろんルンバ族に対する愛がありましたが、

だからこそ彼を苦しめていました。

視線を戻すと不思議と落ち着いているルンバ族の面々に、

いつもは大好きだった彼らに、吐き気がするほどの怒りを覚えました。

彼にはこういった感情ではなく現実的な尺度でものを判断する癖が

幼い頃から嫌と言うほど身についていました。

それはあまりに荒んだ恵まれない幼少期の環境が原因ですが、

それはまたの機会にお話しすることにしましょう。

少年が落ち着くのを見計らって、再び太っちょは口を開きました。

はるか昔を偲ぶ様な顔つきで、ゆっくりと語り始めました。

「僕たちは、国を持たない遊牧民で、行商で栄えたウンバ族だ。

それは間違っていないんだ。

でも、それは後ずけの情報なんだよ。

僕たちは行商をやりたかったわけでも、遊牧民になって

世界中を旅したかったわけでもない。

ただずっと、居場所がなかったんだ。

行き着く先、行き着く先の国々で人型ではない、化け物め、と

色んな扱いを受けた。

食べ物に苦しむ日の方が多かった。

でも人型種族なしには生きられないこの世界だから、

必死に人語を学んだ。

国々を渡り歩く内に、行商という手段で財を築けることに気がついた。

長く居座っていると、変な目で見られるし、石を投げられたりするもんだから、

僕たちは西へ東へ、北へ南へ、と色んな国々を渡り歩いた。

次第に行商のウンバ族、なんて言って僕たちを信頼してくれる

人型種族がうんと増えた。

ご飯にも全然困らなくなったけれど、より一層僕らは

どこか一点にとどまることを言い出すことは叶わなくなった。

ついに僕らは自らを「行商」と偽り、それを世代に渡って受け継ぐ様になった。

僕らは勝手に、人型種族が決めた僕らの有り様を僕らだと決めつける様になった。

もう伝統も、大事にしていたものも、何もかも忘れて、

行商で積み上がっていく財を、僕らの価値だと思い込む様にしたんだ。」

少年は目を見開いて聞いていた。

口から発せられる言葉一言一言が彼の体を重くうがちました。

最後に放った一言を喉を切り裂きたくなるほど後悔しました。

「そしていつしかこの国にたどり着いた。

ほうぼうで死の大地にどでかい国がある、なんていうもんだから

あの初めてきたときはわくわくしたなぁ。

そうして君達の神様に出会った。

神様は噂に聞くウンバ族がどんなものか興味があったらしいんだ。

僕たちは神様に会えることなんて滅多にあることじゃないし、

何より興味を持ってもらえたのが嬉しくて、

必死にほうぼうの国々の特産品を紹介して、

それらの国々の冒険譚やどんなところだったかを

意気揚々として神様に語ったんだ。

でも、神様が不意に「どうして行商をやっているんだい?」

と聞くと、目一杯喋ってたみんなが、急に静まり返ってしまったんだ。

それはもうおかしな光景でさ、なんとかおしゃべり上手の長老が

取り繕ったんだけど、神様はどうも腑に落ちない感じだった。

そうして、神様はすっ、と僕らの前から消えて、

あまり長くこの国で物を売れそうにないなぁ、なんて長老同士が話していて、

もう次の国に向けて旅立とうとした矢先に、

もう一度神様が僕たちの前に仁王立ちになって現れた。

いまになっても鮮明に覚えているよ。あの時の神様の言葉を。

「実は僕の国は広いだけですっからかんなんだ。

随分空いている場所があるんだけど、よかったらどうだい?

僕は賑やかな方が好きでね。

あぁ、もちろんただでとは言わないさ。」

そうやって、僕たちは嵐にも、竜巻きにも、雨にも風にも、

泥棒にも怯えなくて済む毎日から解放されたんだ。」

もう少年は、獣たちの方を見ることができずに、

ずっと門の入り口にある揺れる松明の火を見ていました。

この時ほど自分の無知を呪ったことはありませんでした。

ただしかし、大きな疑問が氷解した瞬間でもありました。

あれほど聡明なウンバ族がなぜこの危機にこれほど好戦的か。

その様な過去があるなど思いもしませんでした。

「・・・確かに僕たちは弱い。君たち人型種族と比べても

優っているのなんて、穴掘りと宝石磨きくらいのものだ。

でも、もう逃げて、逃げて、逃げるのは嫌なんだ。

初めてできた居場所なんだ。

初めてぐっすり寝れたんだ。

だから、あんな訳のわからない連中に怯えるなんてことはもうないんだ。

例え無駄死にだって、この国のために、彼の方のために、

歯を食いしばって胸を張って死んでいけるなら、

怖くもなんともないんだ。」

心優しいウンバ族は滅多に他者に対してきつい口調になることはありませんでした。

しかし、このときは少年に向かって、

「・・・だからさ、いらないお節介だからさ、早く出て行けよ。」

と短く言いました。

少年は何も言わずに鞄をしょうと、

城壁によじ登ってそのまま飛び降りて出て行きました。

少年は泣いていました。

数少ない友達から出て行け、とか言われたのももちろんありますが、

それまでのウンバ族との思い出が、

今日聞いたことでより一層濃淡の濃いものになり、

自分の大好きな友人たちに対する無知を呪い、

彼らを思い偲ばざるを得なかったからです。

王国の門めがけて、少年はひたすらに走りました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ