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MANA & DREAM 白狐の願い  作者: 広瀬直樹
夢の外
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このバカ狐のことさ、どあほう! 白狐マナって呼ばれている

 ばしゃんと水しぶきを立てながら、伊武輝と白狐は黒くなった球体から現れた。伊武輝は緊張の糸がゆるんだかのように、息を切らしながら地べたに突っ伏した。


 助かったのか? 一巻の終わりだと思っていたのに、仮想世界から抜け出る方法があったなんて思いもしなかった。


 手にしていた杖は消えていた。あの杖はゲームでしか使えない道具なので、別の世界に持ち運べられない。伊武輝は空いた手を名残惜しそうにグーとパーを繰り返した。


 彼は起き上がってあぐらをかき、腰や背中を動かしてあたりを見渡した。


 まるで氷の上にいるかのようだった。真っ平らに整えられた透明の青白い地面は、冷たくはないが、土みたいに柔らかい粒状でできていた。地平線は霞んで見えないが、壁というものがなく、雲がない氷のドームの中にいるかのように空は青白かった。


 伊武輝の周りには、まばらにある球体がふわふわと浮かんでいる。その中のうちの一つから伊武輝と白狐が出てきたが、透き通っている他の球体と違って、この球体はどす黒かった。


「これはまたずいぶんと美味な仕上がり具合だあね」


 真っ黒な球体の裏側から現れたのは、そう、あの動物のバクだ。人の腰ぐらいの体長があり、体はその大きさの分だけ宙に浮いていた。


 伊武輝は驚きはしなかった。ゲームの世界で喋る動物を散々見てきたからだ。


 バクは真っ黒な球体にストローを挿して、細長くて小さい口をつけて、思いっきりチュウチュウと吸い上げた。すると、球体はみるみるうちに小さくなり、それと同時にバクのお腹がどんどん膨れ上がっている。


 こいつは何をしているんだ? 飲んでいるとしか思えないが……。


 終いには、真っ黒な球体は跡形もなく消えた。すると、キラキラと輝く小さなガラスの破片のようなものが、上空に昇って見えなくなった。


 破片が見えなくなるまで見上げていたバクは、大きく膨れ上がったお腹を、満足そうにぽんぽんと手で軽く叩いた。体が重くなったからか、なんとか地表すれすれで宙に浮いている。


 バクはパンと手を合わせて目を閉じた。


「ごちそうさま。マナ、相変わらずいい仕事してるなあ」


 目を開けて皮肉そうに言うバクに、白狐は、グルルと唸り声を鳴らして威嚇した。


「そう怒んなさんなあ。うまくいかないこともある。尻拭いは、この夢喰いバクさまが処理するからなあ」


 わんわんと、今にも噛みつきそうな勢いで白狐は吠えた。伊武輝は自分に何が起きているのかをよそに、狐ってわんわんと鳴くのかと感心していた。


 バクは手に持っていたストローをパッと消した。


「マナもわかっているだろう? もう手遅れだって」


「なあ、白狐の言うことがわかるのか?」


 伊武輝が間を割って入ると、バクは伊武輝を見上げるなり、目がまん丸になって、小さな口があんぐりと開いた。ようやく彼のことを気づいたようだ。


「はあ!? なんで人間がいるんだあ!」


 バクは開いた口が塞がらないまま、ちらりと白狐を見た。そして、合点がいったように口を閉じ、手のひらに拳をポンと置いた。


「マナ! お前の仕業か!」


 怒っているバクは白狐に指を差すと、白狐は、してやったりというような、にたり顔を浮かべていた。


「はあ、面倒ごとを増やしてまあ……」


 おでこに手を当てるバクに、伊武輝はまた質問をした。


「あの、マナって言うのは?」


「このバカ狐のことさ、どあほう! 白狐マナって呼ばれている」


 白狐に名前があるのか。


 マナって、よくゲームで使われる単語だけど、確か魔力っていう意味だっけか?


「マナ、どうしてこんな奴を連れ出した。そりゃあ、マナの正義感は買うさ。でも、夢の世界にはルールがあるっていうのを、忘れたわけじゃないよなあ」


「夢の世界?」


 仮想世界の話だよな? マナと一緒に別の仮想世界に飛んだんだよな?


「ああもう、お前さんは黙ってろい」


 しかしマナは、ちゃんと話してというようにまたわんわんと吠えた。


「わかった、マナの尋問は後回しするが、ちゃんと食い甲斐のある夢を教えてなあ?」


 バクはこほんと咳払いをした後、改めて伊武輝と向き合った。


「お前さん、名前は?」


「弘坂伊武輝だ」


「おいらは夢喰いバク。悪夢を食べている。マナの要望通りお前さんに教える。ついて来なあ」


 バクはそう言うと、すぐ近くにある球体に歩み寄った。伊武輝もマナも黙って後に続く。


「お前さんたち人間が寝ている間、ときどき夢を見ているだろう。その夢の正体がこれだ」とバクは浮かんでいる球体にツンツンと指を差した。


「夢の中には生き物が一体いてな、夢が作る幻を見ている。夢の中にいる住人は、夢から抜け出すことができない。なんでかっていうと、夢を見る生き物たちは、夢に内側と外側を知らないからだあ。そうだろう?」


 ゲームにありがちな初心者用の説明だろうか。伊武輝は腕を組んで口を一の字に結び、うーんと唸ったが、こくりと頷いた。


「そりゃまあ、隠しアイテムがあると知らなかったら、探そうともしないだろう。それと一緒か」


「なんだあ、隠しアイテムって?」


「なんでもない、続けて」


 バクは咳払いをした。


「なんで外側を知らないのかっていうと、それは夢の仕業だ。夢が作る幻が、目隠しの役割を担っているからだあ。おかげで外側の存在を知られずに済んでいる。ちょっと話が逸れたけど、つまり、たくさんある夢をぐるっと囲うように、もう一つ別の世界がある。それが、夢の世界だあ。人智未踏の世界、とも言ってもいい。お前さんが初めてだしなあ」


 夢に外の世界があって、それが人智未踏の世界。作り話だとわかっても、聞いているとなんだか気分が高揚してきた。おれが人類で初めて踏み入れた世界っていうことだろ?


「しかし、夢の世界にはルールや摂理がある。一つは、夢の世界に居続けると、現実の記憶が少しずつ思い出せなくなること。お前さんは何も持ち出していないって思っているだろうけど、時に記憶が、この世界に影響を与える。すぐには消えないけど、時が経つにつれて思い出せなくなる。二つ目は、夢の中にいる住人を夢の世界に連れ出さないこと。これはマナが犯した禁忌だあ。外に連れ出すと、夢の世界の秩序が乱れる。以上だけど、なにか質問あるかあ?」


「思い出せなくなるって、それって問題あるだろ」


 すかさずに言うと、伊武輝はしまったと後悔した。


「そう思うのならさっさと現実に戻るんだなあ。お前さんは招かざる客だ。戻りたいなら、お前さんの夢を探してやるから、なあ?」


 せっかく来たんだから、もう少しこの仮想世界を堪能したい。伊武輝は慌てて別の話題を振った。


「それと、秩序が乱れるって、具体的にどうなるんだ?」


 バクはうーんと唸った。


「お前さんが初めてだから、本当はどうなるかはわからない。ただ言い伝えによるとなあ、この世界に破滅をもたらすと言われている」


 物語の筋書き通りだとは言え、不穏な話だ。伊武輝は眉を寄せた。


「それって結構深刻じゃあ……おれをどうするつもりだ?」


「その裁決は、(おさ)に決めてもらう。それとマナもなあ。ついてきなあ」

いかがでしたでしょうか?

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