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MANA & DREAM 白狐の願い  作者: 広瀬直樹
こんにちは、仮想世界
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それはまるで、動物に噛まれた傷跡のようだった

2019.2.5. に修正しました

 現実世界に戻った伊武輝はすぐさま専門病院へと足を運んだ。専門病院とは言っても、医師の他にナノボットに詳しい技術者もいるので、気兼ねなく訊くことができる。本当ならナノボットを介して診てもらえることもできるが、直接診てもらうほうが安全だろうと、念には念を入れておいたのだ。


 たとえ専門病院だろうと、そんなに期待していない。前代未聞の出来事が起こったのだから、簡単にはいかないだろう。


 いざ病院にたどり着いて事情を話すと、返事はこうだった。


「え、そんなことが……!」


 伊武輝の想像した通り、なんで気絶したのか、医者も専門家もわからなかった。無駄だと思いながらも、病院から病院へと歩き続けた。しかし、何度も同じ説明をして、何度もわからないと言われてもう十回目だ。どっと疲れてしまった。原因が判明しないと胸の内がすごくモヤモヤして気持ち悪い。

 そして、どこから嗅ぎついてきたのか、一人の新聞記者がアポなしで勝手に伊武輝の自宅まで押しかけてきた。


「仮想世界で気絶したというのは本当でしょうか。何が原因だと思われますか」


 ぺらぺらと質問を繰り出す記者に、そういうことは警察か病院に聞けよ、と伊武輝は思った。

 この新聞記者はなぜこのことを知っているのか。心当たりがあるとしたら、あのとき教室にいた誰かが噂を広めたのだろう。病院巡りの最中、誰かに尾行されているのを感じていたが、まさか記者だったとは運が悪い。

 あまりにもしつこかったので、伊武輝は嫌々ながらインタビューを受けた。その後。仕上がった記事は、とてもじゃないが、実際の出来事を歪曲した内容になっていた。


「『仮想世界で赤い目の大群に襲われる!』って、あながち間違ってはいないけど、いい加減なもんだな」


 伊武輝は取り寄せている新聞紙を見ながら言った。これもナノボットが映し出している幻影だ。実際に新聞紙は存在していない。こうやってナノボットを使って新聞紙が読めるということは、思った以上に支障はないようだ。


 仮想世界で夢を見た、と言う記事にするのかと思ったのに、なんでこんなくだらない記事にしたんだろう。確実な出来事じゃなかったからか?


 あれから三日経つが、病院巡りの後、ナノボットの研究が一番進んでいる大学病院で一時入院することになった。入院日は明日になっている。

 今のところ特に体に異常はないが、この騒動のおかげで大学は閉鎖された上に、伊武輝は他の仮想世界にログインすることができなくなってしまった。きっとウイルス感染の疑いがあると思われているのだろう。これでは満足にゲームもできない。


「なんともないんだから、ゲームやらしてくれよ」


 疑惑が晴れるまでアクセス拒否をするつもりなのか? 今頃ゲーム三昧なはずなのに、退屈で死んでしまいそうだ。イライラしてくる。


「仕方ない、あれを使うしかないな」


 欲求不満が爆発する前に、伊武輝はある違法サービスを利用することにした。身元を隠して仮想世界にアクセスするというものだ。ひと昔に革命家のような命を狙われている人たちが利用していた仕組みや道具を、そっくりそのまま真似たものだ。

 伊武輝はベッドに横たわって準備が終わると、ふと、あることに気づいた。


 匿名でゲームにアクセスしても、今まで育てたキャラクターが使えないじゃないか!


 伊武輝は悔しがるように手で顔を覆って呻いた。

 匿名で自分のキャラクターを使えることはできる。だけどそのキャラクター自体、おれの個人情報が登録されているから、身元がバレる可能性が高い。それに、そのゲームのセキュリティは高く、別の場所からアクセスすると、キャラクターの使用が制限されてしまう!


「どうすりゃあいいんだ」


 伊武輝は悩んだ。一からやり直すなんてまっぴらだ。同じことをまたやらないといけないんだから。だったらいっそのこと、身元がバレる覚悟で匿名サービスを使うか? だけど、そんなことは馬鹿げている。捕まったら世間に広まるんだぞ? 動機はなんだと警察に訊かれたら、「どうしてもゲームをやりたかったから」だなんて言えない。世間やネットからゲーム中毒者として烙印を押されることになる。

 打開策を探しもがいている伊武輝の脳裏に、ある噂を思い出した。


 五分。


 そうだ、五分だけならバレないって聞いたことがある。五分だけやって、パパッとログアウトすればいいんだ。そうしよう。


 伊武輝は改めてベッドに横たわると、ゆっくりとガラスドームが閉じられていく。

 今すぐゲームをやりたいのに、動きが鈍いカプセルに焦らされてうずうずしている。

 ナノボット自体にアクセス履歴は残らないので、匿名化サービスを利用しても警察にもばれない。安心して匿名のままゲームができる。

 カプセルが閉じられると、伊武輝は抑えきれない感情に任せて、匿名のままゲーム世界へすぐさまログインした。

 そのとき、右腕に白い文様がかすかに浮かび上がっていた。それはまるで、動物に噛まれた傷跡のようだった。

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