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MANA & DREAM 白狐の願い  作者: 広瀬直樹
幽閉
35/43

お前さんがこれまで見た夢以上に、とても奇妙な世界だ

 バクの教え通り、伊武輝はたくさんの夢に保護を施した。ときおり記憶を見てみたい衝動に駆られることもあるが、夢の中の住人に危害を加えることを考えると、思いとどまることができた。


 もう苦しませたくない。今思うと、あの母猫を説得できたのは奇跡だ。おれはただ声を掛けて気づかせただけだ。強く生きようと決断したのは彼女自身だ。子を想う親は強い。


 夢に弱く攻撃をして、ヒビが入ったところを優しく塞ぐ。その単純作業が功を奏した。無数の呪文を試す必要もなく、てきぱきとすぐに保護を施せる。おかげで悪心のある悪夢の数が減った。


「よお、人間の旦那。今日もお疲れさん」


 そう言う悪夢退治の虎もいれば、


「おい人間、いい仕事しているよな。助かってるぜ」


 と言う、情報伝達を担っている鷹もいた。

 夢の守護者にそうやって声をかけられることもあって、伊武輝の顔は次第に明るくなっていった。


 一方マナは、伊武輝のそばにビッタリとくっついているが、陽気さがなくなり、なんだか物静かだ。

 様子が違うマナを見て、伊武輝はウイルスの言っていたことを思い返していた。


 ナノボット。人間の体内に流れる機械。おれだけでなく、マナにも体内に流れていると言っていた——マナの正体を知っているとも。


 いや、違うと、伊武輝は頭を振った。


 ウイルスお得意のハッタリに決まっている。マナが人間のはずがない。


 考え事をしながら杖を手に取って、夢に保護を施し始めると、隣でマナがうつ伏せになって夢を眺めていた。

 直接聞いてみようか。

 伊武輝は夢の保護を一旦中止すると、しゃがみこんでマナの頭を撫でた。


「マナには助けてもらった恩義がある。それに信用もしている」


 伊武輝が語り始めると、マナは顔を見上げた。


「だけど、確認しておきたい。あのコンピュータウイルスの言っていたことだ」


 そう言うと、マナの耳がぺたりと垂れた。


「お前は人間なのか?」

 マナは頭を横に振った。


 かつて、マナは仮想世界のセキュリティプログラムかと思っていたが、今思うとそうではない。機械が夢の外に出られるはずがないし、もしそうだとしたら、夢の守護者が大騒ぎして、マナのことを嫌悪していただろう。


「お前はナノボットが流れているのか?」

 マナは否定した。


 考えられるとしたら、マナは現実では何かの動物で、夢を見ているうちに、夢の外へと迷い込み……。

 いや、ちょっと待て。マナはどこから来たんだ?

 バクは、マナはもともと夢の世界にいたんじゃなくて、来たんだと言っていた。だけど、具体的なことは教えてもらってない。


「お前は夢の中から出てきたのか?」

 頭の中で最初に浮かんだ疑問を声に出すと、マナは迷いなくコクリとうなずいた。


「マナだけでなく、他の夢の守護者、みんながそうなのか?」

 マナは再びうなずいた。


 夢の守護者が夢から生まれる過程はわからない。でもそのうち、目撃できるだろう。

 伊武輝は胸をなでおろした。


「じゃあ結局、あのウイルスの言っていることは全部ハッタリだったわけだ。マナが急に堪忍袋の緒が切れたから、もしかしたらって考えちまった」


 その言葉にマナは、ぺたりと顎を地に着いた。

 そう、人間のはずがない。いつの間にか夢の外へ出ちゃっただけで、白狐はマナとして夢を守っている。それでいいんじゃないか。

 しかし、うっかり夢の外に出られるとしたら、よく今までウイルスが外に漏れ出さなかったなと思う。マナができるなら、ウイルスもできるのではないか。それとも夢がしっかりと役目を果たしているからだろうか。

 全て想像の域だが、ありとあらゆるケースを想定して備えることは無駄ではない。予測不可能な出来事は常に起こる。


 伊武輝は立ち上がり、夢の保護の続きを始めた。


「さて、もう一踏ん張りだ」


 こうして順調に夢の保護が進み、最後に、あのゴザムの夢の保護を掛けた。何度も強くなって蘇る悪夢を抱えている。

 保護を掛けたら、もう悪夢に悩まされない。そう思っていたが、今思えばそうではない気がしてきた。保護は微力で効果が小さいこともあるが、悪心のある悪夢の出現は、ナノボットのウイルス感染によるものだ。ウイルスを除去しなければ何度も悪夢は蘇る。いくら症状を抑えても、根本的に解決をしなければ一生治らない。

 だけど、おれはできることをするしかない。あとは彼らが打ち勝ってもらうのを願うのみだ。

 こうしてゴザムの夢に保護を掛けた。

 何事もなく終わるはずだったが、そこへバクが突然やってきた。


「おおい、伊武輝。ちょっと頼み事してくれるかあ。マナもだあ」


 夢の保護にちからを使いすぎた伊武輝は、へとへとで覇気のない返事をした。


「なんだよ、バク」

「お前さんに見てもらいたい夢があってなあ。ちょっと来てくれえ」


 そう言うとバクは、空中を移動しながら手招きをした。

「今すぐじゃなきゃだめか? 休もうとしてたのに」


 小言を言いながら、伊武輝とマナはバクの後をついていった。

「大丈夫、悪夢がない夢だからなあ。入って覗き見るだけだあ」


 バクは後ろに振り向きながら言った。


「いいのか? 極力、夢に干渉してはいけないんだろ?」

「まあ、夢に入ってみればわかるけどなあ、ただの夢じゃないんだあ」


 ただの夢じゃない?


「それって、おれが見た、過去を見せる夢と同じようなものか?」

「そうだと思っていい。だけど、お前さんがこれまで見た夢以上に、とても奇妙な世界だ」

「なんでおれに見せたがる?」


 伊武輝は訝しげに訊いた。


「見せるというか、点検してほしいんだあ。お前さんは外から保護を掛けているだろ? だけどもし万が一、保護膜が機能していなくて、中に入って保護を掛けなければならないときが来るはず。外からだと見えないものも、中から見たらはっきり見えることもある。中から保護を掛ければ、より一層守りが強固になるってもんだあ。手間がかかって面倒だと思うが、一度経験させた方がいいと思ってな」


 さっき言ったことと少し食い違ってないか? 夢を出入りするだけでなく、魔法を使うとなれば、ちからを蓄えないといけない。バクの気持ちはわかるけど、だったらなおさら休ませてほしい。それともこれは訓練の一種なのか?

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