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MANA & DREAM 白狐の願い  作者: 広瀬直樹
疑雲
29/43

夕暮れの空と薄みがかった赤い街並みが広がっている

 伊武輝とマナが降り立った女性の夢は、女の子と手をつないで笑い合っている場面と同じ場所だった。日が傾き、夕暮れの空と薄みがかった赤い街並みが広がっている。道沿いに桜が一列に植えられ、花びらがひらひらと舞っていた。だが、そんな静寂を破るように、怒号や罵声があちこち響き渡る。

 たったったっと、伊武輝とマナの背後から音が近づいてくる。振り返ると、正装の格好をした女性と女の子が、必死になってなにかに追われていた。二人を通り越してその奥に目の焦点を合わせると、伊武輝の身の毛がよだった。


 それは確かに人の形をしている。だけどその大群は、壊れた赤い瞳は外側に向き、よだれを垂らしながら鋭い牙をむき出している。頭部は風船のように膨らみ、胴体と同じくらい大きさがある。お腹も大きく膨れ上がり、脚がまったくない。それなのに、女性に追い続けられるほどの速さはある。

 女性は伊武輝とマナに気づくと、女の子の手を引いて狭い路地に入り込んだ。伊武輝はすぐさま呪文を唱え、化け物が路地に入り込まないよう結界を施した。化け物は見えない壁にぶつかるように、後列からぎゅうぎゅうに押し込まれた。


「痛え、痛え。何事? 何事?」


 化け物は壊れたスピーカーのようにピーピーガーガーと言った。

 伊武輝とマナは駆け足で化け物の前に立った。


「お前ら、またウイルスだな」


 伊武輝が問うと、化け物はケタケタ笑いだした。


「そう言うお前は、かの逃げ腰くんじゃないか」

「この前の戦い、忘れたのか?」

「忘れることなんてないさ。君はちょっとの魔法で自慢げになった上に、お供がいないと強気になれない。逃げ腰には違いないさ」


 ヒッヒッヒッと嘲笑って挑発する化け物に、伊武輝は眉間のシワを寄せた。杖をかざして呪文を唱えようとすると、マナが制止するように伊武輝の前に立った。

 挑発に乗るな。そう言っているようだ。

 伊武輝は熱くなった頭を冷やすと、頭の片隅に疑惑の種が芽生えた。

 悪夢とウイルスの区別がわからないのに、声を聞いただけでどうしてウイルスだと直感したのだろう。初めてウイルスと対峙したときの記憶がこびりついているせいだろうか。それに、ゴザムの夢の黒鳥から記憶は継承されているようだ。悪夢は夢伝えで、ウイルスはインターネットを伝って記憶が残る。だから目の前にいる化け物がウイルスだなんて断定できない。何か見落としているのだろうか。

 ふつふつと湧き上がる疑問をよそに、化け物はマナを見た瞬間、笑いがピタリと止まった。


「今や君らに話題が持ちきりだよ。何者かがウイルスを駆除しているってね。おかげでぼくらの計画は遅れている。人間を支配できる日はいつ来るか」


 またウイルスと聞いて、ますますわからなくなってしまった。化け物が言っているのは最初のゲームの世界のことか? 黒鳥のことも含まれているのか? 最初に入り込んだゴザムの夢は、本当は仮想世界だったのか? でも、バクは夢だときっぱり言っていた。

 伊武輝は頭の中で混乱しても、顔には出さぬよう平静を装いながら化け物に聞いた。


「それがお前らの目的か? いったいなんのために?」

「さあね。支配しろとしか言われてないしね。それ以上のことは何も知らないね」


 化け物はクククと笑った。


「君ら人間は本当に脆いね。いとも簡単に感情を操れる。感情を操れば、行動も操れる。思想も操れる。機械に人間の言葉なんて必要ない。ゼロとイチだけで使われる機械の言葉さえあれば、支配できるんだから」


 伊武輝はハッとなった。

 感情を蝕むウイルス。仮想世界だけでなく、夢にまで現れるとしたら?


「まさか、お前らの本当の正体って」


 今まで考えが浮かび上がらなかったが、こいつらの正体は、


「ナノボットのウイルスか?」


 化け物は口笛を鳴らした。


「やっと気づいたか。そのとおりだ。夢と仮想世界の境界線は曖昧で、誰も夢にウイルスが入り込むのを疑わなかった。だが、考えてもみろ。世に喚起されるのは、ウイルスに感染されないよう仮想世界のセキュリティを高めることだけだった。ナノボットは互いに通信し合い、ウイルスに負けない免疫を秒刻みで高めている。だからナノボット自体は感染される恐れはないとしていた」


 化け物はやれやれという風に手を上げた。


「ウイルスは常に進化をし続けている。その過程でいつの間にか、ナノボットを負かして感染し、いとも簡単に人を操れる方法を知った。密かに拡散し、人々に長い間潜伏している。そしてウイルスが脳を解析するさなか、こうして夢に現れることはしばしばだがな」 


 化け物たちのうち一人が、目の前にある結界に、大きく膨らんだ手を伸ばした。パリンと、結界にヒビが入る。


「君たち二人にもナノボットが流れている。だから、君たちのことはよーく知っている。君たち以上に」


 伊武輝は耳を疑った。

 おれはともかく、マナにもナノボットが流れている?


「方や、幻に苛まれる弱虫。もう一方は……」


 わん! とけたたましくマナが吠えると、結界ごと化け物を吹き飛ばしてしまった。ガシャーンとガラスが飛び散る音が反響し、結界の破片が化け物に無数に突き刺さる。

 マナは鋭い牙をむき出しにし、ウーウーと唸る。毛が逆立っている。

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