表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MANA & DREAM 白狐の願い  作者: 広瀬直樹
荒療治
28/43

快感を覚えてしまったら、止めることは難しい

 マナはうつむいたが、意を決したように目つきがキッと鋭くなった。マナは舌でぺろりと夢を舐めた。


 夢が見せる記憶は、とても残酷だった。女の子は、クラスの子たちからいじめを受けていたのだ。机に落書きされたり、靴に泥を被せられたり、虫を食べさせたり、教科書が隠されたり。いわば、クラスの中で階級社会ができていた。いじめる者の身なりは小奇麗で堂々としていた。一方、女の子はみすぼらしくオドオドしていた。きっと、それほど裕福ではなかったのだろう。それだけではない。クラスの子はみんなゲームのコントローラーを握りしめて遊んでいる一方、女の子はボールや縄跳びを手にしていた。どのくらい過去の話かわからないが、都会に馴染めない田舎者とそう変わらない。


 女の子は、女性には気丈に明るく振る舞っていた。きっと心配させたくなかったのだろう。

 だけどある日、女の子は手紙を書き残し、飛び降り自殺をした。

 いじめに耐えきれず、校舎の屋上からアスファルトにめがけて自ら頭を強打した。

 女性は手紙を読んで、いじめによるものだと学校に訴えたが、学校は認めなかった。女の子の無念を晴らすため、裁判で戦うことを決意して訴訟を起こした。


 だが、開廷するまでの間、女性の元に嫌がらせの電話やメールが矢継ぎ早にやってきた。不審な人物が自宅に押しかけてきたこともあった。終いには、ストーカーにナイフで腹部に刺されるといった最悪の事態になってしまった。

 蓋をあけてみると、いじめっ子の親に権力があり、裏でカバーストーリーを流していたという話だった。女の子が自殺したのは親の暴力が原因であり、証拠はすべて捏造したものだと。

 マスコミは容易に信じてしまい、間違った情報が流れていたのだ。真偽を確かめもせずに信じ、間違った正義を持った人が、女性の住所や行動を割り出し、犯行に至った。

 その後、ストーカーは殺人未遂で逮捕され、女性は一命をとりとめた。


 だが、訴訟は取り下げられた。女性は一連の騒動から、暗に、訴えを取り下げなければ殺すと意味しているのをわかったからだ。

 病室にいる女性の目はとても虚ろで、誰も信じていなかった。医師や看護師に怒号を浴びせ、物を投げつけた。夜中になると、一人、泣け叫んでいた。


 そこで映像は途切れた。夢は何もなかったかのようにそこに佇んだ。

 伊武輝は、やるせない気持ちでいっぱいになった。


「おれもいろいろあったけど、なんで目の敵にされるんだろうな。あの子はただ、友達を作りたかっただけなのに。あの女も、娘に何があったのか、事前にわかっていたはずなのに。だけど元をたどれば、全部、権力や暴力で支配する人、いや、その人の感情のせいなんだよな。快感を覚えてしまったら、止めることは難しい。人間の悪いところだ」


 伊武輝は重い溜息を吐いて頭を掻いた。


「やっぱり不安だよ。おれなんかが務まるかどうか」


 女性の夢により強固な守りを施すために記憶を見たのに、反対に、壮絶な映像を目の当たりにして、怖気づいた。そして気づいた。必要以上に人の心に踏み入ると、自分までもが飲み込まれてしまうことに。

 マナは、伊武輝の脚に体を擦り付けた。

 無理するなって、励ましているのだろうか。


「マナは不安に思わないか? いや、マナは強いからそんなことはないか」


 マナは、伊武輝の言葉に否定するように、頭を横に振った。


「怖いのか?」


 マナは縦に頷く。


「でも果敢に行動できる。おれとは大違いだ」


 伊武輝は感慨にふけっていると、マナは女性の夢の内部が黒ずみ初めていることに気がついた。女性に悪夢が侵食しているのだ。

 マナの行動は早かった。躊躇なく夢に飛び込んだ。

 伊武輝は置いてけぼりにされて一瞬戸惑ったが、悪夢に侵食されている夢を見て事態をすぐさま把握した。

 きっとおれが記憶を掘り返したせいだ。おれが悪夢を生み出したんだから、おれがなんとかしなければ。もしできるのなら、あの人を不幸から助けてあげたい。

 逃げるなよ。

 頭の中で幻聴が一瞬過ると、伊武輝は胸にざわつきを感じながら、マナに続けて夢に入った。

 おれは逃げてなんてない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ