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MANA & DREAM 白狐の願い  作者: 広瀬直樹
荒療治
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恐怖に飛び込んでこそ、夢は強くなる

「治すと強度が増すのか?」


 伊武輝が聞くと、リアは腕を動かしながら背中越しに返事をした。


「効果は雀の涙ほどだがね。建てたばかりの新築の家を修繕しているようなもんさ」


 修復が終わり、たちまち夢が元に戻ると、今度は違う呪文を試した。夢の脆いところはだいたいわかった。今度はその箇所を魔法で守ろう。


 善良なる言霊よ、侵された傷を、夢の守護となり守り給え。


 すると、杖から白いモヤが現れた。リアが縫ったところを絆創膏のように包み込もうとするが、夢が嫌って反発しているのか、うまく保護できない。膜が波打っていて、うまく夢に貼り付けられない。それどころか、違うところで亀裂ができているではないか。


「違う攻撃を試しているのか?」

「いや、今度は保護の魔法を試しているんだ。それなのにヒビが入ってしまう」


 伊武輝は白いモヤを消すと、すかさずリアが縫い合わせた。

 守るつもりがかえって攻撃になってしまうなんて、そんなことはあるのだろうか。バクの言う通り、夢にとってはこの保護が邪魔者らしい。


 伊武輝は腕を組んで思考を巡らせた。

 夢は想像以上に繊細だ。この前まではただ全体を包み込むように膜を張るだけだったけど、今回は夢の弱点を突っついている。そのとき夢は壊れる不安や恐怖を感じているはずだ。その高まる感情をなだめるために、保護の魔法を掛けている。

 だが過保護だと、かえって夢は反発するらしい。保護を施すつもりが、逆に傷つけてしまったのはそれが原因だろう。

 とどのつまり、夢は伊武輝のことを信頼していないのだ。


「うまくいかねえか?」


 縫い終えたリアが伊武輝のそばまで近づいた。


「夢は、心の鏡とも言われる。欲望、記憶、感情が複雑に絡み合っているが、その割にはとても脆い。安安と手出ししたら、いとも簡単に星になっちまうんだよ」

「星にさせないための保護なのに、どうして?」


 リアは髭をいじくりまわした。


「人も動物もそうだが、初対面は誰だって警戒する。敵なのか、味方なのか。相手の反応を窺う。敵だと判断したら戦うか逃げる。味方だと判断したら共生する。夢の場合は特殊で、ただじっと耐えるしかない。戦うことも、逃げることもできない」

「それじゃあ、おれは敵だと思われている?」

「そうだとしか言えないなあ」


 伊武輝はやけくそになって、夢に向かって杖を頭上高く掲げた。


「おれはただ守りたいだけなんだ。危険な存在かもしれないけど、それは思い違いだ。悪い奴らから追い払うためには、こうするしかないんだ。我慢してくれ。傷のついたところに治療を施せば、より強固な守りができるはずなんだ。お願いだ。もう一度だけ、やらせてくれ」


 伊武輝はそう言うと、再び呪文を唱えた。リアはすぐさま夢のそばまで戻った。

 黒いモヤで傷をつけたあと、今度はリアの助けなしに、すぐさま白いモヤで傷口を施した。

 しかし、夢は頑なに拒んだ。傷口は塞がず、余計に傷口が増えた。

 モヤを全部消すと、リアは大急ぎで傷口を縫った。先ほどの二倍手間がかかるので、リアはさらに集中力を増して夢の傷口を縫っている。

 またしても失敗だった。夢はまた伊武輝を受け入れなかった。


「夢に言葉はない。語りかけたところでなにも変わらん」


 すとんと着地したリアは溜息を吐いた。疲れの色が見え始めてきた。


「行動で示すんだな。おらはこうやって縫っているから、問題は何も起きていない」


 伊武輝は小さく首を振り、声を低くして呟いた。


「夢に優しくしたところで、根本的な解決にはならない」


 恐怖に飛び込んでこそ、夢は強くなる。

 胸の内がそう言っている。怖くないと諭すだけじゃあうまくいかない。だから、行動で示した。だけど、わかってもらえなかった。少し厳しくあたってしまったのだろうか。


「今度は少しちからを弱くする。これでだめだったらまた考え直す。リア、いくぞ」


 伊武輝は杖の先にふーっと優しく息を吹きかけた。杖の先からは黒いモヤではなく、一筋の黒い煙が宙を漂っていた。その一本の黒煙は、夢をぐるぐると螺旋状に巻いた。

 すると、かすかにピキッとひび割れる音がした。大きな亀裂ではなく、蜘蛛の糸のような極細だ。これならリアの縫い合わせも必要ないだろう。

 その後、伊武輝は再び杖に息を吹きかけると、白い一本の煙が夢に向かってゆらゆらと漂った。黒煙はすでに消え、白い煙は小さな亀裂を覆い始めた。


 ほんの僅かでも思いを受け入れてくれたなら、歪んだ悪夢は生まれない。

 伊武輝は俯き、目をつむった。

 怖いかもしれない。だけど、本当はそんなに危険ではないんだ。今まで敵だと思ってきたのも、自分から遠ざけるための理由でしかない。だけど、いつまで経っても拒絶していては、相手もまた傷つけてしまう。

その拒絶もまた、さらなる悪夢を作り出す。受け入れて危険な目に遭っても、やり直せることができる。そのことをわかってほしい。

 伊武輝は苦笑した。

 そんなことをすんなりできるのなら、苦労しないよな。おれも、お前も。

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