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MANA & DREAM 白狐の願い  作者: 広瀬直樹
荒療治
25/43

おらはリア、修理屋だ

 伊武輝は向井の話からヒントを得た。


 夢は記憶や欲望から作られる。夢を保護できないのは、もしかしたら、おれと夢の状態が実はよく似ているんじゃないのか。つまり、不安がおれを守っているように、夢もまた、何かの感情に守られているのではないか。それが、おれの魔法を邪魔しているのかもしれない。

 要は、夢をより強固にするには、夢を守る防壁を一旦外す必要があるということだ。敢えて不安の中に身を置き、不安と向き合うのと同じ要領で。

 でもそれは、


「下手したら星になっちまう」


 防壁を剥がすには、外から攻撃するか、中に侵入するかの二択だ。いちいち中に侵入するのは手間がかかる。外からだったら、弱点さえわかれば効果的だ。

だけど、バクが言ってたとおり、もしかしたら星になる可能性がある。バクを呼んで訊きたいことはたくさんあったが、呪文を唱えて探してみるも、やはり見つからなかった。


 しょうがないので、マナにお願いして、夢を修復する人を呼んだ。しかし、伊武輝の予想通り、それは人ではなく、またしても動物だった。


「よお、呼んだのはお前かい」


 鼻声で話すのは、ピンと髭が立っている、毛並みがもふもふのビーバーだ。


「ああ、そうだ。えっと……」

「名前かい? おらはリア、修理屋だ。お前は伊武輝だろ。大体話は聞いてるぜ」

「そうか。これから少し、夢に手荒いことをするんだけど、もしかしたら星になってしまうかもしれなくてね。万が一、夢が壊れそうになったら、リアが治してほしいんだ」


 得意げに鼻を掻くリアは、「お安い御用だ」と言った。


「ところで、リアは夢を保護する魔法は使えないのか?」


 それを聞いた途端、リアの口がへの字に曲がった。


「おらの仕事は、壊れた夢を治すことだ。守るのは苦手だし、そもそも嫌でね。自分の身くらい守れって言いたいね。だけどな」リアは自信有り気に胸を張った。「弱っている誰かがおらのちからを必要としているのなら、喜んで手を貸すぜ」

「助かる」


 伊武輝は杖を構えると、リアも臨海体制に入る。マナは伊武輝の傍で座り込み、傍観者として見守っている。

 伊武輝は胸の中で唱えた。


 邪悪なる言霊よ、我が前の無垢なる夢に、襲いかかり給え。


 杖の先から漆黒の黒いモヤが現れた。そのモヤは、伊武輝の前にある夢に向かってゆらゆらと空を移動した。

 この光景にリアが目を見張った。マナはその場で恐る恐る立ち上がった。その黒いモヤは、悪夢の中で立ち込めているものと酷似していたからだ。

 黒いモヤは、夢の周りを蛇のように這っている。どこか侵入口があるのか探しているのだ。身動きのとれない夢は、黒いモヤになされるがままじっと耐えているように見えた。

 ピキッと、鏡に亀裂が入る音が聞こえた。

 伊武輝は顔をあげると、夢に黒い縦線が入っていた。リアは緊張の面をしていた。


「止めだ止めだ。夢に穴が開いちまうぞ」

「このまま続ける。他にも脆弱なところがあるはずだ」


 伊武輝は黒い亀裂が広がらないよう細心の注意を払いながら、他の箇所を探った。

 ピキ、ピキとあちこちで亀裂が走る。リアの眉間にシワが寄った。


「治すことには承諾したが、限度ってもんがある。このまま続けたら、いくらおらでも元に戻せなくなる。もう止めにしな!」


 リアの警告に、伊武輝は諦めて素直に従った。念じるのを止めると、黒いモヤがスッと消えた。

初めて目にする伊武輝でも、それは明らかだった。亀裂と亀裂が繋がる一歩手前で、あと少しで夢が砕け散るところだった。黒い亀裂はなくなったが、かすかに跡が残り、そこから光が漏れていた。

 リアはモヤが消えたのを確認すると、夢にめがけて飛びかかった。普段の守護者ならばそのまま夢の中に入ってしまうが、毛に油でも塗っているのだろうか、リアは夢に張り付くことができた。

 糸を通した針を手に取り、光が漏れている箇所をテキパキと器用に縫い合わせた。光が塞がると、縫った糸が溶けるように消えて、傷口が塞がった。ぱっぱっと手際よく縫うものだから、五箇所の大きなヒビが十秒も満たないうちに治してしまった。伊武輝は思わず見とれてしまった。熟練の為せる職人技だ。

 地に降り立ったリアは、片眉を吊り上げて伊武輝に言った。


「なあ、お前。夢を守る立場なのに、攻撃してどうすんだよ」


 綺麗に元どおりになった夢に見入っていた伊武輝は、リアに意表を突かれてすぐに言葉が出なかった。


「え? ああ。こうでもしないと、どこを守ればいいのかわからないんだ。手荒いけど、これしか思いつかない。そのうち、夢も慣れるはずだ」

「慣れるって、おい、まさか」


 リアが腕を上げて制止させようとすると、伊武輝は遮るように再び同じ呪文を唱えた。

 リアは呆気にとられて首を振った。


「同じことをしても結果は同じだ」


 リアの言う通り、同じ箇所に再び黒い亀裂ができた。しかし、その亀裂の長さや幅が若干小さくなっている。リアが手ほどきすることで、強度がほんのちょっとだけ強くなったのだろうか。

 伊武輝は呪文を止めると、リアがまた修復に取り掛かった。

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