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MANA & DREAM 白狐の願い  作者: 広瀬直樹
飛翔
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尻尾で伊武輝の頭をぺしぺしと叩いた


 風が収まると、伊武輝はゴザムの隣に入った。ゴザムは胸にあるペンダントを手にしてじっと見ていた。


「戦友の形見だ。雲の上では死を弔うことはできない。だからせめて、彼の一部をずっと肌身離さずに持つことで、はじめて喪を受け入れることができる。死を無駄にしないために。天に召された戦士の私物をこうやってみんなで分けて、死を忘れないようにしている」


 ゴザムはペンダントを握りしめた。


「大事な人だったんだな」


「ああ、一時も忘れたことなんてない」


 伊武輝は想像した。もし篠野が死んでしまったら、果たしてゴザムと同じような気持ちになれただろうかと。仮想世界にも墓場はある。瞬時に行けるとしても、きっとおれはゴザムと同じ気持ちを抱かない。今まで、ただのゲームの仲間としか見ていなかったから……。


 だからだろう。ゴザムと戦友との関係が、羨ましく思えた。伊武輝は話を切り替えた。


「これ以上死者を出さないためにも、考えないといけない。問題は、より強化された黒鳥をどうやって退治するか、だな?」


 伊武輝がそう言うと、マナも二人と一緒に並んでそうそうと言わんばかりに何度も頷いた。


 ゴザムは頷き、ペンダントをあご当ての中に仕舞った。


「さよう。今回で、おそらくお前たちについても学習したはずだ。対策を練って、再びやってくるだろう」


 城門前までたどり着くと、三人は雲の上にぺたりと座り込んだ。巨大な門がちょうどいいところに影を作り、伊武輝たちから日射しを守っていた。伊武輝は足が着けるとわかった途端、体中から疲労感がどっと湧いた。ずっと翼を動かしっぱなしで、もうへとへとだ。翼もくたびれているようにしゅんと縮こまっていた。翼を折りたたんだマナは、体を伏せた途端、大きなあくびをした。


 ゴザムも同じで、たとえ鍛え抜いた体でも休める必要があった。腕や足を伸ばして筋肉を解きほぐしている。


「こんなところで申し訳ないが、しばし休めてから国王に会わせよう。疲労困憊している顔なんか、見せたくないだろう?」


 伊武輝はその言葉に違和感を覚えた。ゴザムは人が操っているものだと思っていたが、コンピューターが操作しているのか? はたまた、ここの仮想世界の登場人物になりきっている変人なだけかもしれない。


 伊武輝は伺うようにマナの顔を見ると、マナは頭を横に振った。


 長くは居られない。


 マナはそんな感じに言っているようだ。速やかに仮想世界から抜け出なければならない。


「すまない。おれたちは休んだら、すぐに発たなければならない」


「そうか、それは残念だ。また来るのか?」


 期待の眼差しを向けているゴザムは、きっと黒鳥を倒せるのは伊武輝とマナしかいないと考えているのだろう。言葉にはしないが、その裏には懇願に近い気持ちが秘めている。


 伊武輝は、その眼差しを否定する気にはなれなかった。たとえ仮想世界でも、友情は生まれる。そう信じたかった。


「確証はない。だが、何度も黒長に出くわしたんだ、次にいつ頃出没するか予想できないか? できるならそれに合わせて戻りたい」


「感謝する」


 ゴザムは深々と頭を下げたが、伊武輝は手を振った。


「いや、保証できないぞ」


「それでも、期待して待ってるぞ」


 ゴザムは意味ありげなことを言ってにやりと笑うと、伊武輝の肩を再びばしんと強く叩いた。伊武輝はヒリヒリしている肩を撫でながらゴザムの話を聞いた。


「日がおおよそ六十回沈んだ翌日に奴は現れる。それまで、互いに強くならねばな」


 マナはすくっと立ち上がり、あたふたと伊武輝の服の袖を口で引っ張った。


 もう早く行かないと。


 そう言っているようだった。


「もう行かなければ。また会おう」


「おう! 達者でな」


 ゴザムが言い終わらないうちに、マナはすでに翼を広げて飛び立っていた。伊武輝も慌てて上空に飛び上がる。


 なんでそんなに焦っているんだ、マナは?


 その理由は、すでに形となって現れた。


 先程の軍隊や王城は虚空に溶け込み、消えていった。ゴザムはそんなことに気が付かずに、ぷかぷかと気持ち良さそうに浮遊しながら、とても眠そうにあくびをしていた。


 伊武輝はハッとなって気づいた。


 ここは仮想世界ではない。夢が作り出した幻だ。ゴザムの、いや、この夢の主の意識が、現実に戻ろうとしているのだ。


 周りの景色が、徐々に大きく揺らいでいく。夢もまた、眠ろうとしているのだ。


 このままでは夢から出られなくなる。それだけではない。夢の主に支障をきたすほどの影響を与えてしまう!


 伊武輝はマナの後ろ姿を捉えた。マナは空を物凄い勢いで横切って、空に浮かんでいる亀裂に目掛けて滑空した。そこが夢の裂け目であり、唯一の出口だ。だが、夢の裂け目がだんだん小さくなっている。


 マナは裂け目の手前まで静止し、伊武輝に向かってこぉーんと力強く吠えた。


「これでも全力だよ!」


 伊武輝は歯を食いしばって裂け目まで猛スピードで距離を狭まった。


 五十メートル。


 夢の揺らぎが大きくなりすぎて、今度はあちこちからガラスの割れる音が響き渡る。崩壊とは言いすぎだが、夢は脅威から守るために、まずは内部をリセットしているようだ。邪魔者である伊武輝とマナを消そうとしている。


 二十五メートル。


 伊武輝の背中から崩壊の音が追ってくる。横っ腹が痛くて呼吸することさえ困難で、翼にちからが入らなくなっていった。


 十メートル。


 ついに翼が消えてしまった。伊武輝は白い地面に転がり落ちて倒れた。マナも翼が消えると、横たわっている伊武輝にあわてて駆け寄り、尻尾で伊武輝の頭をぺしぺしと叩いた。もう音が近い。伊武輝は顔を上げて喚き叫ぶと、体を起こして夢の裂け目まで走った。マナも続く。


 五メートル。


 振り返るな、ひたすら前に走れ。崩壊の音はすぐそばまでいる。伊武輝は腕いっぱいに伸ばし、マナはぴょんと跳ねた。夢の裂け目は、針の穴ほどまでに小さくなっていた。


 届け、間に合え!


 とうとう裂け目は消え、夢は閉じられた。王城は跡形もなく消え、まっさらになった。夢の主は目を閉じ、安らかな顔をして眠りについている。夢は穏やかになった。


 そして伊武輝とマナは、無事、夢の世界に脱することができた。

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