騎士は伊武輝の背中を合わせながら、濁声で話しかけてきた
伊武輝は杖を取り出し、彼とマナの周りに結界を施した。黒い鳥は鈍い音で結界にぶつかってくるが、ヒビ一つ入らない。
「あのウイルス、おれたちに相当恨んでいるみたいだな。周りの人たちに目もくれない」
検知したと言葉を発したのと同時に二人に襲いかかったのは、グリフィンの正体がコンピュータウイルスだからだろう。だとしたら、ここは夢ではなく仮想世界だ。仮想世界もろとも自滅した、あの人の形をしたウイルスからすでに情報はもらっているに違いない。
「逃がさない、逃がさない」
グリフィンは尾から黒い一筋の煙を上空に昇らせ、黒雲を発生させた。
黒雲が横へ横へと広がっていく。雷雨でも降らせる気か?
そう思った矢先、黒雲から黒い槍がどしゃぶりの雨のように、次々と兵士たちの鎧を貫き通しながら降ってきた。兵士たちの苦痛な叫びがあちこちで響く。翼に刺さり、槍に持っていかれるように雲の中に消えていく兵士もいる。黒い槍に掠っただけでも、黒いシミが兵士の全身に徐々に広がっていく。マナはすぐさま治療を施すために腕に噛み付いた。だが、感染者の数は増える一方で、マナだけでは到底食い止めきれない。
伊武輝は、マナと自分自身の頭上に結界の傘を作り、黒い槍から身を守った。だが、数千人の規模の軍隊に結界を施すのは難しかった。
「マナ、動くなよ!」
伊武輝は呪文を唱えると、マナの周りに極細の注射針が無数に現れた。マナにめがけて大量の注射を刺すと、注射針はマナの血で満たった。ハリネズミのようになったマナはなんともないようにじっとしている。
ちょっとばかりの血を抜くと、その針を兵士たちに狙いを定めて刺した。
マナの体がワクチンそのものだとしたら、ちょっとばかりの血だけで、侵食を止めるだけのちからはあるのではないだろうか。
突飛的で根拠はないが、伊武輝の勘が当たった。注射された兵士たちの体にまだシミが残るものの、ウイルスの侵食が止まっていた。完全な治癒とまではいかないが、これで兵士たちはなんとか戦えるだろう。
マナは伊武輝に向かってわんわんと吠えた。
「怒っている暇なんてないよ。あのグリフィンの動きを止めてくれ。おれは結界を解いて治療に専念する」
マナはコクリと頷き、黒い槍を鮮やかにかわしながらグリフィンの元へ駆けていった。
伊武輝は結界を解除し、次の魔法に備えた。
またマナから注射針を刺すのもいいが、数が限られるし、それほど効果はない。なによりマナのちからを吸い取ってしまう。もしエレの言っていることが本当なら、魔法で黒雲をなぎ払って、兵士たちを助けられるはずだ。
伊武輝は胸の内で呪文を唱えた。
地を明るく照らす太陽よ、その光、悪しきものを貫き、我らの傷を癒やし給え。
すると、黒い槍が小降りになり始め、雲の色が少しずつ明るくなり始めた。
黒雲が晴れ、隙間から太陽の日差しが降り注ぐ。兵士たちは陽を浴びると、体のあちこちにできた黒いシミの侵食が止まった。だが、縮小する速さがとてもゆっくりで焦れったかった。
おれのちからをもってしても完治までには至らない。ちから不足か。
伊武輝は気を緩めないように両手で杖をしっかりと携える。
周りに注意しないその隙が命取りだった。一本の槍が結界のない伊武輝に向かって落ちていく。違う、槍ではない。槍が黒い鳥に変形してくちばしを大きく裂けて開くと、鋭い牙をむき出しにして噛み付こうとした。伊武輝の頭上まで接近すると、彼は黒い鳥に気づき、杖で身を守ろうとした。
そこへ、伊武輝の前に大振りな影が現れた。剣を小さく横に引き、迫ってくる黒い鳥を薙ぎ払った。剣を一振りすると鳥は塵となって散っていった。それだけではない。伊武輝の頭上や背後から襲いかかる他の鳥に矢が刺さり、消えていった。
颯爽と現れたのは一人の騎士だった。鎧を全身に纏っていたが、頭だけは剥き出していた。そして遠方には矢で撃ち抜いた弓兵が二人いた。彼らもまた騎士と同じように鎧で守りを固めていた。
騎士は伊武輝の背中を合わせながら、濁声で話しかけてきた。
「お前を援護する。何者か知らないが、我が軍の治療に当たってくれ」
「助かる」
伊武輝は手短に言うと、騎士たちに自分の身を守ってもらいながら、再び杖を構えて目を閉じた。敵や視界に気を配ることなく、治療に徹底する。この方が集中力が増して魔力が上がるのだ。
強い陽の光を浴びる兵士たちの黒いシミは、さっきより速く縮小した。握りこぶし一個分のシミなら数十秒で完治できる。それまでは、兵士たちはできるだけ攻撃を喰らわないように、防衛に徹したほうがいいだろう。
伊武輝は背中を預けている騎士に向かって言った。
「他の味方に伝えてくれ。黒雲が消滅するまで、できるだけ攻撃を食らわず、かわしてくれとな」
「無理だ。戦場が混乱していてそれどころではない」
それもそうだった。槍や鳥、弓やナイフが四方八方に飛んでくるのだ。それに、騎士は守り通すことに手一杯で、おれから離れることができない。
「おい、あれを見ろ!」
弓兵の一人が声を張り上げて指を差した。伊武輝も薄目で外の様子をチラリと伺った。
はっきりとは見えないが、どうやらマナとグリフィンが対峙しているところらしい。マナはただ空に佇まうだけで、大きな動きはなかった。
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