夢の異変というのは、夢の巨大化と、悪心のある悪夢の2つだ
「何を今更。心あたりがあるのか?」
「この人間めが、すべてを話してくれます」
バクはちらりと伊武輝の方へ視線を投げかけると、エレも視線の先を伊武輝に向けた。
え、おれ?
「そうか、そうだったな。話を聞こうではないか」
「ちょっと待って下さい、夢の変異というのはいったい?」
伊武輝は動揺を隠しきれずに手のひらを見せながら立ち上がると、バクの目がキッと鋭くなった。
「お前さん、なんて無礼な」
いや、おれに説明なしに急に話したバクのせいじゃないか。
エレは朗らかに笑った。
「構わない、このままでいい。さて、そもそも夢とはなんたるか、バクから教わったか?」
伊武輝はこくりと頷いた。
「はい、少しは。夢には内と外があって、現実と夢の間に意識が行き来できることくらいなら聞きました」
「なら話は早い。夢は、記憶や欲求から作られている。心の奥深くに、長い間隠れていた記憶が夢となって浮かび上がることもある。欲求は日々変化するが、記憶も同様だ。記憶も容易に改ざんされる。それもまた、その人の信じて疑わない記憶となり、夢となる。しかし、それは日常茶飯事で自然なことだ。わしはそのような夢を常に監視し、異常があると判断した場合、バクやマナのような夢の守護者に伝令を送っている。夢の守護者は主に悪夢の退治、もしくは夢の修復をしている。わしらがいなければ、生き物たちが悪夢に飲み込まれ、他の夢にも害してしまう。悪夢に侵された者は自分を見失い、現実で他者を無意味に傷つけ、殺してしまうのだ。そのようなことが起きないよう、わしらは常に守っている」
エレは顔を雲わせた。
「ここ最近、奇妙なことが起きている。夢の大きさは種族ごとに大体決まっているが、突如巨大な夢が現れるようになった。伊武輝が抜け出した夢も同じだ。そして同時に、悪夢も頻繁に現れるようになった」
「悪夢は別段、危害はないですよね?」
伊武輝は話の間を割って尋ねた。エレはゆっくりと頷いた。
「そうだ。悪夢のほとんどは危害を加えない。記憶や欲求に従って、悪夢を作り出す限りではな。しかし、作為的に悪夢を作り出す者がいる。わしらはそれを悪心のある悪夢と言っている」
エレはふうと一息をついた。
「つまり、夢の異変というのは、夢の巨大化と、悪心のある悪夢の二つだ。今まで例がない。伊武輝に心当たりはあるのか?」
熟考する必要はなかった。答えはずっと頭の中にあったからだ。
「はい。おそらく、人が作り出した仮想世界とナノボットいうもののせいかもしれません」
それはなんだとエレに尋ねられ、伊武輝は一から十まで話した。目に見えない機械——ナノボットが体中に流れていて、人の意識がその機械を通じて別の世界に行けること。その別世界が仮想世界であり、仮想世界にいる間、現実世界では意識がない状態であること。そして、悪夢を作り出す奴というのはほぼ確定で、人間が作ったコンピュータウイルスだということも。
「つまり、夢の構造とほぼ類似しているけど、大きな違いは人の手で作られた物かどうか、だと思えばわかりやすいかと」
エレは驚く素振りを見せず、顔をしかめていた。
「ふん、大方想定していたが、まさかそのとおりだったとは。人間の作り出すものは破滅しかもたらさない。そのことをわかってながらも尚、次々と生み出す。挙句の果てには、夢の世界まで犯しておって」
急に怒ったかと思えば、今度は肩ががっくりと落ちた。
「確かに、言い伝え通りだ。このままでは、夢の世界は破滅する。人間は貪欲で、欲するがままに生きる。自身にも破滅がやってくるとは知らずに。自然の摂理に従わぬ、唯一の種族だ」
伊武輝はマナの様子を伺った。マナは目をつむって、何か思考を巡らせているようだ。
お偉いさんのエレがこれほど言うんだ。なんでそこまでしておれを外まで連れ出した? 決まったわけじゃないが、破滅するという予見があってもなお、なぜおれのことを救ったのか? 正義という言葉では片付けられない。助けることが正義だというのなら、世界を破滅させることは悪だ。お前は悪事を働く手助けをしたんだぞ、マナ。
エレはしばしの間、顎に前足を当てて考え込んでいたが、ゆったりとその足を肘掛に置いた。
「伊武輝よ、お前はどうする?」
「どうするって、裁決が決まると聞いたんですけど……」
エレの厳格な顔が、柔和な笑みに変わった。
「対策を急がねばならないが、伊武輝のおかげで、現状を把握することができた。それと、マナに無理やり連れてこられた被害者だ。この二つを考慮すると、罰するのは不当と判断した。ちからになろう。お主は今、何を願っている?」
棚からぼたもちだ。労役だとか監禁だとか、最悪死刑も頭をよぎったというのに、逆にこっちから要望を聞いてくれるなんて、なんてついているんだろうか。
伊武輝は間髪入れずに答えた。
「すぐに現実世界に戻りたい」
「それが本当の願いか?」
エレもすかさず言ったあと、伊武輝は口を一の字に結んだ。
本当かどうかと聞かれると、伊武輝はすぐに答えられなかった。エレの小さな瞳は全てを見透かしているようだ。
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