第4話 終業式
学校に着いたのは、始業のチャイムが鳴る五分前だった。
クラスが違う光希とは廊下で別れ、壮亮は自分のクラスに入り鞄をロッカーにしまった。
この後、いつもなら授業が始まるまで自分の席に着き読みかけの本を開くか近くの友達と談笑するのだが、今日は急ぎ足で入ったばかりの教室を出た。
期末テストが終わり、一学期最期の一日である今日の一限は体育館で行われる終業式から始まるからである。
終業式は、校長の定型的な挨拶と生活指導の先生からの夏の間の行動に関する注意喚起と言ったお決まりな内容で進行した。
こういう所は中学も高校も変わらないな、と前日までの試験の疲れが残り重たくなったまぶたを擦りながら壮亮は聞いていた。
生活指導担当の長い話がようやく終わり、これで終わりかと喜んでいると、別の教師が入れ替わるように登壇するのが見えまた気分が沈む。
話を聞いている間、生徒は体育座りで待たされるのだがそろそろお尻が痛くなってきた。
「えー皆さん、おはようございます」
生活指導の先生の次に体育館の舞台に上がったのは、道徳を教えている安田といつ教員だった。
SG(Second gender)が男性で整った顔立ちをしているので、SGが女性の生徒から人気がある先生だ。
ちなみに、FG(First gender)は公言しないのが一般的である。ホルモン治療が進み、旧来の女性的、男性的顔立ちや体つきという概念が薄れた現在では、FGの持つ意味はほとんどない。
「これが終われば夏休み、と心を躍らせている人も多いと思いますが、もう少しだけ付き合ってください」
そう前置きしたから、安田が話し始めた。
「最近、高校はの周りや駅の周りで演説をしている方が度々目撃されています。
皆さんの中にも、目にしたことがある人も多いかと思います。
すでに知っている人もいる方は思いますが、あの方々はセックス自然主義者と呼ばれ、先の大戦の結果性差別撤廃を勝ち得た今の世界体制に不満を持っている方々です」
安田の話を聞いて、壮亮は今朝の駅前の光景を思い出した。
拡声器を片手に主張する女性、そのまえを通り過ぎる人々、敵意の混じった光希の視線。
セックス自然主義者という言葉を今朝知ったばかりの壮亮であったが、周りのクラスメイトたちの中にはその言葉をよく知っているとばかりに頷く者が何人もいた。
「最近数が増えてきたセックス自然主義者の主張は、体外受精、体外妊娠による出産を義務付ける現在の妊娠法の改正です。
しかし、私の授業を受けた皆さんならわかると思いますが、それは折角手に入れた平等を手放し、生まれ持った性別に人生を左右される他の生物と同じに逆戻りするという結果しか生みません」
安田は、少し熱を持った言葉で全校生徒に呼びかけた。
「夏休みが始まり、そういった活動をされている方々が皆さんに近づくことが増えると思われます。
皆さんにはどうか、そういった言葉に耳を貸さない強い意志を持って明日からの夏休みを過ごしていただきたいと思います」
私からは以上です。と締めくくり、安田が降壇した。
安田の話が終わると、全体での終業式は終わり、各クラスに戻りHRが開かれた。
と言っても、一学期の成績表の返却と掃除が終われば他にする事もない。
一学期の最期の日の高校は、昼休みのチャイムが鳴る前に全ての予定を消化し終えていた。
HRが終わると、運動部に所属している生徒たちは早弁を食べ始めた。午後からたっぷりと練習するそうだ。
この暑いのによくやるな、と壮亮は心の中で感嘆の声を漏らす。
壮亮の所属する生物部には、壮亮以外に部員がいない。何かしらの部活には所属しなければいけないという校則を守るために嫌々部活をしている壮亮にとっては生物部はこれ以上ない部活だ。
誰にも縛られず、たまに顔を出して学校が飼っている生き物に餌をやればいい、そんな楽な部活だ。
そう、思っていた。
「おい桐谷、ちょっと生物室へ来なさい」
クーラーの効いた家へ帰ろうと腰を上げた瞬間に、普段顔を見せない顧問に呼び止められるその時までは。