第3話 幼馴染み
壮亮は頑固な寝癖をどうにか押さえ込み、制服に着替えた。
男女平等がなった今でも、私服登校の校則を持つ高校は稀であり、殆どの高校は制服登校を義務付けている。
とは言っても、昔のように男がズボンにネクタイで女がスカートとリボンというようなステレオタイプな制服ではない。
現在、学校の制服に男女の差はなく、どちらの性別であっても裾の広いズボンタイプの制服で統一されている。
リボンやネクタイは、どれをつけるかは個人の自由という事になっている。
制服に着替えた壮亮は、亮太郎に行ってきますと言って家を出た。
壮司は先に支度を済ませもう会社へ向かっている。
壮亮たち桐谷家の家は、都内のタワーマンションの一室である。
朝のこの時間はエレベーターが混むので、壮亮はいつも階段を利用する。
三段飛ばして階段を駆け下りていた壮亮は、踊り場を曲がったところで人影を見つけて急停止した。
「あ、壮亮おはよう」
人影は、壮亮を見つけると笑顔で挨拶してきた。
「おう、おはよう光希」
転ばないように踏ん張ったせいでスピードスケーターのような体勢になった壮亮は苦笑いで挨拶を返す。
長い髪と眼鏡が似合う知的な目が特徴的な光希は壮亮のクラスメイトだ。
同じマンションに住む二人は、幼稚園来の親友であり今でも二人で通学している。
壮司と亮太郎の遺伝子を引き継ぎ高身長な壮亮と比べると小柄な光希は、外見的特徴だけを並べて見ると誰が見ても可愛らしい女の子だ。
長い髪と眼鏡で、戦前で言うところの委員長キャラ的な風貌をしている。
だが、男女平等が叫ばれ、妊娠行為の禁止が施行された現在では、戦前的な"見た目で判断される性"は意味をなさなくなっている。
なにを言いたいのかというと、どこからどう見ても美少女である光希の生物学的性別はまぎれもない雄であるという事だ。
First genderとSecond gender。
略してFGとSGという考え方が世の中に生まれたのは、先の大戦が起こる前のことだ。
FGとは、生まれ持った生物的な性のこと。
SGは、成長とともに自己認識される性のことである。
壮亮の場合は、FGとSGともに男であるのに対して、光希はFGが男でSGは女である。
戦前の世界では、トランスジェンダーやバイセクシャル、おカマやオネェなどという言葉で呼ばれ、公にする事が憚られた時代も存在したそうだが、今ではSGという認識が広がり、身体的性別と精神的性別が異なる事はそれほど珍しいことでもなくなった。
その為、現在では公的な記録には二つの性別を記載するのが常識となっている。
閑話休題
マンションの階段で出会った二人は、そのままいつもの通学路を並んで歩いた。
最寄駅に着き、学生で混み合う車内へ乗り込み三つ目の駅で降りる。
その間、二人は明日から始まる夏休みの予定について話していた。
「え?光希お前夏休みの間ずっと部活なのか?」
「ずっとって訳じゃないよ。お盆は三日休みがあるから」
「たった三日だろ?そんなの休みのうちに入らないぞ。
光希がそんなに忙しいなら、俺はこの夏休み一体誰と遊べばいいんだ」
「なにも遊ぶばかりが夏休みじゃないでしょ?
壮亮も部活に入ってたじゃない。そこの活動はないの?」
「俺が生物部に入ってるのはそこが一番楽だから。部員も居ないし顧問もやる気ないしで居心地がいいんだよ」
「呆れた。
私たち今十六歳なのよ?輝く青春時代をよくそんな低いモチベーションで過ごせるね。
私なら勿体無くて卒倒するわ」
「誰もお前みたいにエネルギーに満ち溢れた生き方はできないんだ」
いつも通りの他愛ないやり取りを繰り返しながら、二人は駅の改札を出た。
駅を出れば高校までは徒歩で五分もかからない。
二人は同じ制服のの人の波に流されながら、駅構内を進む。
高校へとつながる西口は半分以上が壮亮たちと同じ制服の生徒で溢れていた。
西口を出てすぐ、朝の喧騒をかき消すような拡声器の声が耳に入ってきた。
音がした方に目をやると、通勤通学中の人々が行き交う道の端で、四十代くらいの少し太めな女性が拡声器を片手に演説をしていた。
『私たちは、政府によって退化させられているのです。
自然妊娠の禁止。男女平等という大義名分の下に施行されたこの悪法は、我々の生物としての機能を奪っています。
法の施行から八十年。今の子供達の世代は、私達の親の世代が持っていた性欲という本能を失っています。
政府やメディアは、それを他の生物と隔絶した存在になる進化だと主張していますが、それは違います。
生物として最も大事な機能を手放す事の、なにが進化なのでしょうか?
これからの未来を背負っていく皆さんには、政府の主張を鵜呑みにする事なく、なにが正しい事なのか自分の目で見極める力を持って欲しいのです』
演説をする女性の背中には【本来の性を取り戻す】と書かれた横断幕が張ってある。
人々は、その絶対に聞こえているはずのその女性の言葉を意図的に無視して、それぞれの目的地へと足を進めている。
「セックス自然主義者……」
「え?」
不意な光希のつぶやきに壮亮が聞き返す。
「ああやって、今の世界体制が間違ってるって主張してる人たちの事よ。
子供は女性のが産むべきだっていう旧時代的な考え方の人たち」
光希の言葉に普段はない棘を壮亮感じ取った。
一瞬ではあるが、光希の言葉と視線から嫌悪の感情が溢れていた。
スポーツでは熱くなることもあるが、それ以外では基本的には温厚な光希が何故そんな感情を向けるのか、セックス自然主義者という言葉を初めて聞いた壮亮には理解ができなかった。
ただ、演説を続ける彼女の周囲からこれまで感じたことのない雰囲気を感じ取った。




