第2話 父二人子一人
「おはようございます。亮太郎父さん」
壮亮は、朝食を準備している方の父親に挨拶してから席に着いた。
それを見て、壮司が読んでいた新聞を畳み、bgmとして朝の情報番組を流していたテレビを消した。
そのタイミングで、亮太郎が席に着く。
「「「それじゃ頂きます」」」
声を合わせて言ってから、三人は朝食に手をつけた。
桐生家の食卓は、毎日二人の父親と一人の息子が揃って摂ると言う決まりだ。
壮亮と壮司が学校と会社でいない昼以外は、三人で食卓を囲みその日の話をする。
誰が決めたかは忘れてしまったが、三人家族になった十六年前から変わらない日常だ。
「壮司、今日は早く帰ってこれないかな?」
亮太郎がパンにジャムを塗りながら尋ねる。
今しがたパンにかじりついたばかりだった壮司は、空いている方の手でタブレットを開き予定を確認する。
「特に問題はないが、どうして?」
「今日は壮亮の終業式の日でしょ?高校生活最初の一学期お疲れ様って事で、久し振りに三人で食事でもどうかなと思って」
リビングの壁に備え付けられたディスプレイにカレンダーが表示される。
今日の日付のところには赤丸と終業式の文字が記されている。
「そんな、高校生にもなってたかだか終業式で褒めてもらわなくてもいいよ」
壮亮は照れ臭そうに断って、朝食のパンとスクランブルエッグを書き込み、オレンジジュースで流し込む。
「こら、そんなふうに食べたら喉詰まらすよ」
亮太郎が眉を八の字にして怒る。
が、童顔のせいで全く怖くはならない。
「それに今日は半日で終わるからその後友達と遊びに行く約束してるんだ。
食事なら二人で行ってきなよ。
ご馳走さま」
朝食を一番に平らげた壮亮は食器を片づけると身支度のために洗面へと向かった。
その後ろ姿を見て亮太郎が溜息をつく。
「壮亮も大きくなったね。少し前までは、僕にべったりだったのに」
「仕方ないさ壮亮も十六歳だ。親に干渉されたくない年頃なんだから」
壮亮の二人の父親は少し寂しそうに笑いあった。
***
生殖行為禁止法
その名の通り、男女間の生殖行為つまりは性交が法律で禁止された背景には、女性解放戦線の主張が大きく関係している。
彼ら彼女らの主張はこうだ。
「女性と男性の間にある大きな差。それは子作りに対して支払う代償にあります」
革新的新技術が発表された直後、国連の回線を使ったその放送は全世界に同時中継された。
「我々は、忌まわしき男尊女卑の歴史にすがりつく悪しき国家との戦争に勝利し、真の平等と正義を愛する新しい世界秩序を構築することに成功しました。
しかし、そうなってもなお我々人類が囚われている性別の檻の全てを破壊するには至っていません」
「真の平等を阻害する、最後にして最大の障壁、それは妊娠です。
女性は、子を産むために十ヶ月以上の時間を我が子のために捧げなければならないのです。それにひきかえ、男性が必要とされる時間はわずか一瞬。
この差こそが我々の歴史が男尊女卑に傾いた最大の要因であると私は考えます」
「世界が正義と平等を愛する国家で満たされた今、私はここに宣言いたします。
女性は今後妊娠する不自由から解き放たれるのです」
妊娠からの解放。
この新しい世界秩序を作り上げた女性解放戦線トップであり国連議長の言葉は、世界中に大きな波紋を呼んだ。
これまで共に戦ってきたものの中にも、そこまでする必要があるのか?と疑問を持つものが多くいた。
しかし、世界情勢が不安定な戦時中であれば国家を揺るがしかねたその思想のうねりも、戦争が終わり安定した世界の中では、体制を変え得るほどの力にはならなかった。
強大すぎる力を持った女性解放戦線と国連に意を唱えることが出来る人は、もう残っていなかった。
「生殖行為は、もはや人類には必要なくなった。
今後は、配偶者の生殖細胞を専門の機関で受精させる事で、人類は子孫を増やしていくだろう。
避妊の有無にかかわらず、生殖行為を行うものは猿同然であると言わざるわ得ない」
世界各国が法律で生殖行為の禁止を定めたのはこの直後のことである。
初めは各地で反対デモが起こったが、軍隊が投入された治安維持活動の末、世界は新しい秩序に適応した。
現在では、一年間に婚約するカップルのうち、男女のカップルが四割強女性同士のカップルが四割弱、男性同士のカップルが三割程度となっている。
そして、それらのカップルは同性異性関係なく、自分たちの子を専門機関の人工母体の中で育てている。
これが、この世界の常識である。