第12話 動物病院
旧仮眠室を出た二人はそのまま学校を出て電車に乗り込んだ。
これから二人で、まだ訪ねていない動物病院へミルクを診てもらえるように頼みに行くのだ。
ミルクを学校で飼うのはあくまでも出産をさせてくれる動物病院が見つかるまでの応急処置である。
ペットの妊娠に反対する愛花の両親とかかりつけの医者の手から逃れるために一時的に学校で飼育することにはなっているが、最終目標は設備の整った動物病院への入院だ。
昨日の三人での話し合いでもそれが最重要目標である事が共通認識である事を確認した。
「この辺りの動物病院にはもうほとんど掛け合ってみたんですけど、ミルクを診てくれるところは見つかりませんでした」
タブレットの画面を見せながら愛花が言った。
壮亮と春日先生が覗き込むと、そこにはこの辺りの動物病院の一覧が表示されておりそのほとんどが赤字で塗り潰されていた。
「ミルクの体調のことを考えると、今探している範囲より遠い場所の動物病院へ移動する事は現実的ではないと思うんです」
そう言いながらも、一覧の中には車で数時間かかる場所も含まれている。
ミルクの妊娠が発覚したのが数週間前だとすると、その短期間でこれだけの数の動物病院を回る事は、高校生にとって並大抵のことではなかったはずだ。
壮亮は改めて、愛花がミルクにかける思いの強さを感じた。
と同時に、これだけ多くの動物病院が妊娠したペットへの対応を拒んでいるという事実に驚いた。
「こんなに拒否されたんですね……」
赤字の数は、愛花が断られた数と同じだ。
一縷の望みを託して訪れた動物病院で、願いを拒絶された時の愛花の気持ちはどれほどのものだっただろうか。
「中には真剣に取り合ってくれる先生もいました。
けど、他の患者さんの目や技術的な問題でミルクを診る事は出来ないと言われて」
「技術的な問題?」
「なんでも、最近の大学では動物の妊娠、出産な関する授業が省かれているそうなんです。
だから、若い獣医さんの多くは知識すら持ち合わせていないことが多いそうなんです」
妊娠、出産に対する過剰な拒絶視はそこまでか、と壮亮は言葉を無くした。
むしろ壮亮がこの問題に対して無知で寛容なだけで、世間一般で考えるとそちらの方が多数派なのかもしれない。
それにしても、法が定めた訳でもないのに、多数の心理により暗黙的に定まった秩序のようなものに、壮亮は言いようのない恐怖を感じた。
電車は大学らから五駅離れた駅に入っていく。
愛花が立ち上がった。
「ここで降ります」
駅を出て数分歩く。
その間、二人の間に会話はなかった。
しばらくして、愛花が立ち止まった。
目の前の雑居ビルの二階に動物病院の文字がある。
「ここで、沿線の最寄駅から歩いていける動物病院は最後なんです」
愛花が覚悟を決めた声で呟いた。
その横顔は、最後の希望に縋るようにも、どうせ無理だと諦めているように見えた。
壮亮はかける言葉を見つけられずに、動物病院へ進む愛花の背を追った。




