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10話 夏休み

夏休み初日。

本当なら昼までクーラーの効いた部屋で寝ているはずだったその日、壮亮は昨日と同じ時間の電車に揺られて高校へと向かっていた。

四月から乗り続けてきた同じ車両。

いつもは制服を着た学生とスーツ姿のサラリーマンで溢れているこの車両も、今日は立っている人がまばらな状況だ。

隣には、これまたいつもと同じように光希が座っている。




「びっくりした、ドッペルゲンガーかと思っちゃった」


マンション下で顔を合わせた光希が挨拶を忘れてそんな失礼なことを言い放った時も、抗議の声を上げることはなかった。

何故なら、壮亮自身もらしく無い事をしている自覚があったからだ。


「青春時代を無為に浪費するのが趣味な壮亮が、夏休み初日に制服を着て高校へ向かう電車に乗っているなんて、もしかして、明日は地球最後の日?」


「俺の行動を天変地異の前触れみたいに言うな。

俺だって好き好んで休みの学校に向かってる訳じゃないんだ」


「じゃあ、なんの理由があるの?

補習受けなきゃいけないほど馬鹿でもないし、生物部の生き物も毎日面倒を見なきゃいけないようなのはいないんでしょ?」


壮亮は、不思議そうに首をかしげる光希に昨日の話をするべきかどうか悩んだ。

春日先生主導とはいえ、正式に学校が飼育しているわけではない猫を、使われていない仮眠室で飼っているという話は、むやみやたらと広げていいものではないだろう。

光希が内緒話を言いふらすような性格でないことは分かっているが、それとこれとは話が違う。

悩んだ末、光希には適当にはぐらかすことに決めた。


「俺がいないと、光希が登下校で一人になって可哀想だろ?

だからこうして付き合ってやろうかなと思ってさ」


我ながらひどい出来だな、と思いながら言った壮亮の嘘に、光希は予想外の反応を見せた。

壮亮の言葉を聞いた光希は、頬を赤らめると壮亮の視線から流れるように下を向いた。


「な、何言ってるのよ。私ももう子供じゃないんだから、一人で登校することぐらいなんでもないわよ。

壮亮に、つ、つ、付き合ってもらわなくても問題ないんだから」


急に慌てたように早口になった光希の変化に、今度は壮亮の方が首をかしげる番だった。


「どうしたんだ、そんなに慌てて」


「別に、なんでもないわよ」


何故か少し怒ったような口調の光希に疑問はなかっが、話題が壮亮が登校することから逸れてくれたので、壮亮はそれ以上光希の変化を追求することはなかった。


「ま、確かにそうだな。

小学校の頃はどこに行くにもべったり付いてきてたけど、今じゃバスケ部のエースでみんなの人気者だもんな。

夏休みじゃなくても俺なんかと登校することはないか」


「べったりなんてしてない。

それに、今だって人気者なんかじゃないよ」


昔を懐かしむような口調の壮亮に、光希が抗議の声を上げる。


「してたって。まだ光希のSGが定まる前なんて風呂やトイレまで一緒に入ろうとしてきてたじゃないか」


「そうだっけ?」


「まぁ、SGが定まってホルモン治療が始まってから少しずつそういうのも無くなっていったけどな」


SGがFGと異なる場合、多くの人はホルモン治療を行い身体的特徴をSGに近づける。

小学校中学年の頃にSGが女性だと定まった光希はその直後からホルモン治療を始めた。

その結果、FGは男性であるが現在の見た目は完全に女性になっている。


sexが禁止された今の世界では、向かいのように大きな胸やムチっとした太もも、ハリのあるお尻など女性的な身体特徴に男性が興奮するということはほとんどない。

逆もまた然りである。

そのため、銭湯や温泉旅館では混浴が主流であるし、トイレも性別で別れることはなくなった。

だから、女性的な身体になったとはいえ光希が壮亮と一緒にお風呂に入ることにはなんの問題もない。

しかし、ホルモン治療を初めてすぐに光希は壮亮と一緒に入浴することを恥ずかしがりはじめた。


「覚えてないなぁ」


絶対に忘れているはずがないのに、光希は壮亮から目を逸らして言った。








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