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第9話 計画

久留里に連れてこられたミルクは、拍子抜けするほど簡単に旧仮眠室に馴染んだ。

畳の上を我が物顔で歩いたかと思えば、隅のポジションを陣取り毛づくろいを始めた。


「俺、動物を飼ったことはないんですけど、猫ってもっと警戒心がある生き物だと思ってました」


壮亮の率直な感想に、久留里が小さく笑う。


「そうでもないですよ。

野良猫ならどうかわかりませんけど、この子は小さい時からずっと私と一緒に育ってきたから、自分も人間なんだって勘違いしてるんです。

だから、人見知りもしないし物怖じすることもほとんどないんですよ」


久留里は、毛づくろいを終えて横になったミルクを撫でる。

ミルクは目を閉じて眠っているやうに見えるが、心なしか穏やかな笑顔になっているように見える。


「それだけじゃないだろ、久留里さんが愛情を持ってミルクちゃんに接しているからミルクちゃんの方も久留里さんを信頼してこういう態度を取っているんだと思うぞ」


久留里とミルクの様子を見て、春日先生が感心したように唸った。


「私、ミルクのことは家族と同じように思っているんです。

だから、そのミルクの子供を生まれる前に殺してしまうというやり方にどうしても賛成出来なくて……」


ミルクを撫でる久留里の背中に、壮亮はどんな言葉をかけてやればいいのか分からなかった。

少し重くなりかけた旧仮眠室の空気を変えたのは春日先生だった


「さて、当面のミルクちゃんの住処も決まった事だし、次は今後どうするかを話し合いましょう」


明日から高校は夏休み。

その間、ミルクをここで飼うに当たっての話し合いが三人の間で持たれた。

とは言っても、猫用トイレや餌、爪とぎ用のアイテムなどは久留里が家から持ってくるだけでいいし、動物病院についても地道に調べらべる他に手はない。


「やっぱり、俺必要ないんじゃないですか?」


話を詰めれば詰めるほどに、壮亮は自分がここにいる意味を理解できなくなっていった。

だけど、春日先生は首を横に振る。


「そんな事は無いよ、今じゃ妊娠したペットに関する記述なんかもネットから削除されてるでしょ?

けど、生物部の本棚にある専門書には詳しく書かれているのがあるかもしれないし、それに久留里さんのサポートしてあげる人は必要でしょ?」


「私からもお願いします」


久留里にも頭を下げられ、壮亮はなにも言えなくなった。

この時壮亮は、自分が必要となることは無いだろうと、勝手に決めつけていた。

春日先生が壮亮の事を巻き込んだのも、隣の部室だ活動している壮亮にミルクの事をあらかじめ知らせておくほうがいいと考えたからだと推測していた。


「いいですよ、俺なんかでよければ」


たから、壮亮は再び同意の言葉を口にしてしまった。

後から考えた時、おそらくこのタイミングが壮亮の未来を分ける大きな分岐点だったと考えられる。

ミルクの飼育に協力する。

この久留里から申し出に同意するか、それとも拒否するかで壮亮の未来が大きく変わる。

壮亮は、協力に同意した。

そう遠く無い未来、壮亮はこの日のことを思い出す。

その時、壮亮がこの決断に満足しているかそれとも後悔しているかは今はまだ分からない。


ただ、一つ言えるのはこの時の壮亮はこの決断が未来の自分の生き方を大きく変えるとは、つゆほども考えていないという事だった。





今後の予定を話し合い、明日からしばらくの間は壮亮も毎日学校に顔を出し久留里のサポートをするということを決め、壮亮と春日先生の二人は旧仮眠室を出た。

久留里は、もうしばらくミルクの側に居るそうだ。

ミルクは、畳の上で気持ち良さげに眠っている。


それまで意識しなかった暑さと蝉の鳴き声が吹き抜けの階段に響く。

グランドの土埃と汗の混じった夏の香りが、ここまで匂ってくるようだった。


「もう帰るのか?」


「ええ、夏休み分の餌をまとめて亀たちに上げてから帰ろうと思ってたんですが、その必要も無くなったので」


小さな皮肉に春日先生は反応せず少し遠くを見るような目をした。

その横顔が、いつになく真剣なことに気づいて驚く。


「久留里の事を支えてやってくれよ」


普段中学生のような見た目のせいで学生にからかわれている春日先生とは別人のような表情に、壮亮が戸惑っていると、春日先生はその表情のまま壮亮の目を見た。


「支えてやってくれよ」


繰り返されたその願いに、壮亮は訳がわからないまま首を縦に振った。

その時初めて、自分は何か大変な事を引き受けてしまったのでは無いかという思いが壮亮の中にわずかに芽生えた。

しかしその考えは、次の瞬間には蝉の大合唱に掻き消され無くなっていた。

目の前にはいつもの変わらない幼顔の顧問のが、目線より随分と低い位置で笑っていた。

さっきの表情の面影は、もうどこにもなかった。



















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