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九十億年のカナタ/新世界系少女ふたり旅  作者: 朝野神棲
第一話 忘却都市のテオリア
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4:こんなところにイキモノなんて

 翌朝。オシラサマが目を覚ますと、天海は一羽の白い鳩と戯れていた。

 寝袋は畳まれ、既に服も着終わっている。昨日と全く同じ服装だった。


『なんですか、それ?』


「珍しいよね、こんなところにイキモノなんて」


 天海は、あまり答えにならないような答えを返した。

 それから天海は「ふわ……」と欠伸をすると、オシラサマにあるものを差し出した。ヘアブラシだった。オシラサマは『はいはい』と頷くとそれを受け取り、後ろを向いた彼女の髪を梳いてやった。ヒトの二倍も大きい手を使って、天海の灰色の髪を器用に手入れする。


『……髪、綺麗ですね。まるで雲の色みたい』


「あはは。うちの国では、みんなこんな感じだよ――痛っ」


『ごめんなさい! 枝毛が引っかかっちゃった』


 そんな奇妙な二人の様子を、白い鳩は興味深そうに観察していた。楽しそうに鳩とにらめっこをする天海は、ときおり「ふふっ」と上品に笑った。しばらくして、オシラサマの手が止まる。天海は「ありがとね、オシラサマ」と言って、彼女から受け取ったヘアブラシを自らのナップザックに戻した。どうやら霊子を翻訳して創ったものではないらしい。


『今日はそのままで良いんですか?』


 オシラサマが髪型について指摘すると、天海は「うん」と言って頷いた。髪を下ろした彼女は、幾ぶんか幼く見えた。とはいえ、もともと大人びた、すましたような顔立ちをしていたので、むしろ歳相応の少女らしさを取り戻したと言ったほうがいいのかもしれない。

 それから二人は、今現在自分たちの置かれている状況について確認しあった。


「さて、これからどうするんだい? オシラサマ」


『ふむ、この先の外壁は崩落してしまってますからね……』


「取り敢えず、もう少し外壁を円周沿いに調べてみないかい?」


『そうですね。見えてないだけで、外壁やら通路やらは他に残ってるはずですし』


 二人は黙々と歩いた。塔の中芯に向かって働く偏重力も改善される兆しは無く(改善されたらされたで二人は死んでしまうわけだが)、塔の外壁に対して垂直に立っているという奇怪な状況がいつまでも続く。天海の肩に停まった白い鳩が、ときおりそこから離れて空を旋回しては、また彼女の華奢な肩に戻ることを繰り返した。


 やがて二人と一羽は、塔の外壁が崩れていないところまで辿り着いた。ここを歩いていけば、また地上を目指すことができる。オシラサマと天海は嬉しそうに顔を見合わせ、嬉々として地上へ向けた進路をとった。二人の旅は、再び快調に滑り出したかのように思えた。


 けれどそんななか、まず異変に気づいたのはオシラサマのほうだった。周囲に浮かぶ空中都市が、錆びついた骨格構造を剥き出しにしはじめている空域でのことだった。彼女はおもむろに足を止めると、『重力が傾いてきている……元に戻りつつあるんだ……』と呟いた。


『まだ微弱だけど、ここから先では重力の方向が地上向きに戻っていくかもしれませんね。塔の外壁に突っ立っているのはもう危険です。いつ滑り落とされてしまってもおかしくない。道を慎重に選んだほうがいいと思います。少し遠回りになりますが、塔の屋内にある退避用の無重量通路に進んで、そこから重力鋲の安定した空域まで下りていきましょう』


 そういうわけで、二人と一羽は、塔の外壁上に設けられた様々な施設を調べてまわることになった。発電施設や変電施設、塔の外壁を点検したり修理したりするための足場、ロボットや航空機の発着施設などなど……塔の外壁上に貼り付けられた高層住宅の廃墟まであった。


「住むひとの気がしれない」と天海が言った。

『同感です。地に足のついた生活が恋しいですね』


 いずれの施設も正常な重力下での利用を想定していたものらしく、重力が九十度ズレてしまっているこの状況では、立ち入ることすら容易ではなかった。倒壊した塔の壁面を調査するに等しい、おおよそ無意味な時間がしばらく続く。偏重力でも安全に塔内へ侵入できる場所を見つけだすことは、骨の折れる仕事だった。


 それでも彼女たちは何とかして重力異常時の為に設けられた非常用のエアロックを発見し、無事に塔の内部へと侵入することに成功した。重力の歪みが影響してか、オシラサマの計器類は狂った数値を吐き続けていた。だから、ここまでに何日、何ヶ月、何年が経ったのか、正確な数値は分からない。二人とも顔には出さないが、精神的に相当摩耗してしまったようだった。


 塔の内部は完全に機能を停止しており、死んだような沈黙に包まれていた。オシラサマにとって興味深く思えたのは、通路という通路が緑色の蔦によって侵食されていたことだった。オシラサマのデータベースにすら載っていない、未知の植物だった。酸素も水も無いような空間に群生するそれらを、オシラサマは腕部に搭載されたサブカメラで丹念に録画した。


 オシラサマの選んだルートは、どれも重力鋲の力が及んでいない無重量地域だった。そのため、迷路のような通路が立体的に入り組んでいた。ときおり、ガラス張りの窓から塔の中芯部に広がる筒抜けの居住空間が垣間見えた。そちらでは、いつか見たときと同じように、重力鋲の傾きによって無茶苦茶になっているのが見て取れた。


 通路とは言えども、一行の進む空洞は、それだけで充分に都市と呼べた。いずれの外壁にもヒトの住めるような建造物があり、無重量という空間を活かした居住空間として、立体的で他に類を見ない都市構造が確立されている。それなのに、ヒト一人生きている気配がない。ミイラのような生々しさは不気味を通り越して、二人に恐怖にも似た虚無感を与えた。


「いったい、どれだけの人が棲んでいたのだろう……」


 廃墟を探索しながら塔の内部を下るなか、天海が慄いたような声音で呟いた。

 中性的で凛々しさを感じさせる声が、今はぶるぶると震えていた。


「いや、違う……これだけの街を遺して、彼らはいったいどこへ消えたというのだろう……」


『ここにあるのはこの世の全ての時間だけです。それに呑まれてはいけませんよ』


 オシラサマの声も、これまでにない固いものだった。

 円筒状という構造からか、居住空間は消失点彼方まで延々と続く。

 寂れた街は緑に覆われ、大樹の肥やしとなっている高層建築も数多く見受けられた。

 静かな廃墟の間に広がる虚空を、二人と一羽が漂う。

 無重量に適応した白い鳩は、やがて羽ばたくことすらやめた。

 世界は陽の光に充ち溢れており、まばゆいほどに明るい。

 二人が旅を始めてから、既にどれほどの月日が経ったのか、二人にも分からなかった。


「あそこはなんだろう?」

『わあ、ひどいですね。外の偏重力のせいで全滅だ』


 無重量区画の都市空間に、幾つかの巨大な鉄骨が貫通していた。

 そのあまりの巨大さゆえに、初めは二人には何かのオブジェか柱かのように見えた。

 オシラサマはバーニアを焚きながらそれらの一つへと近づき、顎に手をやる。

 鉄骨の幅はゆうに二十メートルはあった。全長は十キロほどだろうか。


『外壁に設けた資材置き場にあったものが、偏重力によって加速してここまで突き抜けてしまったのでしょう。あの馬鹿長い鉄骨は、塔同士を繋ぐために用いるはずの建材です。あれらを使って蜘蛛の巣のように足場を組んで、それを骨組みに第二の地球――バルドの大地を築いていくんだとか。確か、今から九億八千年後の予定だったはず……おや、何か落書きがある。何語かな……天海さん、判ります?』


 訊ねられた天海は、鉄骨に殴り書かれた文字に掌をあてて、瞑目した。

 オシラサマと、その肩に停まった鳩が、その様子を見守った。


「これは古代第四上霊帝国時代の表音表意文字だね。まだ使ってるヒトがいたなんて」


『なにで書かれているのかな? チョーク?』


「白墨炭ってなんだい? ……これは霊媒を擦りつけて書かれたものだね。劣化して白化が著しいけど、文字に言霊が残っている。女性……若い女性……妊婦さんが書いたものっぽい。他にも子供たちの書いた文字がびっしりと。十二、三歳くらい」


『読める?』


「読めない」


『聞こえる?』


「聞こえる。悲鳴とか泣き声とかの類いだけど……」


『流石だね。ホモ=ヌーメノンは本当にそういうことが分かるんだ』


「何があったのかまでは、あまり考えたくはないな」


『おおかた、このコロニーの住人たちの遺書といったところでしょう』


「あるいは、断末魔か……」


 そう言って空気を霊晶化して空中に足場を創り、無重量の中空を泳ぐようにして、身体の向きを変えた。腰まで届く灰色の髪が扇のようにふわふわと広がる。彼女は周囲に広がる巨大すぎる空洞を見渡して、「……どっちが外?」と続けた。


『採光用の河みたいな窓があるはずです――向こうですね。どうしてですか?』


「なら、侵入者ではないのか……?」


 言い終えぬうちに、天海は左腿からナイフを引き抜いて構えをとった。

 周囲を警戒するように、殺気立った視線を巡らす。

 ただならぬ雰囲気を察したオシラサマも、何事か問う前にまずコンバットシステムを起動した。各部センサーが蒼白い色から赤色に切り替わり、ターゲットマーカーとなるレーザーが周囲を精査し始めた。右腕マニピュレータが空気中の霊子を結晶化させ、氷のように透明な実体剣を創り出す。あまり丁寧な造りではなく、いかにも急造の粗削りといったふうだった。


 お互いを庇うようにしながら、天海は霊子結晶の足場を蹴って、オシラサマはスラスターを吹かして、廃墟都市の地面へと下りていく。天海は靴の接地面を霊晶化して貼り付けることで、オシラサマは脚部に内蔵された刃物を突き立てることで、無重量で浮き上がりがちになる身体を地面に固定した。


 白い鳩は、遠くの上空から二人を見守っていた。


「オシラサマ、分かるかい?」


『三時の方向に移動中の熱源があります。でも、これは――』


「見つけた!」


 オシラサマが言い終えるのを待たずに、天海が地面を大きく蹴った。

 爆発的に霊子結晶の欠片を撒き散らしながら、その姿を消す。

 すると寸分遅れて、オシラサマも自分とそっくりな機械人形の姿を認めた。

 それを見た彼女は息を呑み、


『ッ! 天海さん、待って!』


 天海を静止しようとしたが、すでに遅かった。


 天海の動きはまさに瞬間移動のようだった。正確には違うが、少なくともオシラサマの目にはそう映った。次の瞬間にはもう、機械人形の一番弱いところ――記憶素子を収めた部分をナイフで貫く天海の姿があった。


 廃墟を散歩していたと思しきその無垢で哀れな機械人形は、ぶるりと身震いすると、膝から崩れ落ちた。天海のナイフが刺さった箇所から結晶に蝕まれ、ぼろぼろと風化していく。おそらくは、この都市の最後の住人であっただろう存在の成れの果てだった。


 天海は自分のしてしまったことを信じられないように、呆然と構えを解いた。


 震える手で、白亜のナイフを鞘に収める。


「トーテム……キミみたいな幽体人類かい?」


『いえ、彼はレシーバー……姿形はわたしたちと一緒ですが、幽霊が憑依する前の、ただの自律端末ロボットです。昨今の偏重力も相まってか、おそらくは地球再建事業とも同期のつかないまま、廃棄されたままのこの都市で独りで働き続けていたのでしょう。……話を聞く機会を逸したのは痛手でしたね』


「浅はかだった……彼だってこの街で淋しかったろうに……」


 天海は残骸と化してしまった機械人形に歩み寄ると、膝をついて目を閉じた。

 しばらくそうしたままでいる彼女に、オシラサマは控えめに話しかけた。


『……彼は、ここに案内してくれようとしたのでしょう』


 オシラサマの視線の先には、役所と思しき廃墟があった。二人がいるのは、その周辺に設けられた穏やかな公園。完全に荒れ果てているものの、人々の憩いの場であっただろうことが容易に想像できる。オシラサマには、今まで不気味にしか思えなかったはずのこの廃棄都市が、急に温かみを帯びたように感じられた。

 雰囲気にあてられて殺伐としていた二人の間から、緊張が溶け出していくようだった。

 お祈りを終えた天海は、暗い面持ちで立ち上がる。


「あまり良い気分ではない。善意を踏みにじってしまった」



『そうですね。せめて、その善意に報いなければ』


 そう言って、二人は役所の廃墟へと向かう。

 沈黙した機械人形の残骸に、白い鳩が降りてきた。

 その傍らには、珍しくも白い花が一輪咲いていた。

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