表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九十億年のカナタ/新世界系少女ふたり旅  作者: 朝野神棲
第一話 忘却都市のテオリア
3/64

2:いつか世界は更新される

 空の柱たちを軸にして展開する空中都市は、いずれも使われている形跡が無かった。重なり合った皿のようなコロニーも、ビルのように住めるよう改造された塔も、そしてそれらを複雑に繋ぎあう連絡橋も、一様に白化しており、長い時間放棄されていたことが窺える。


 とはいえ都市機能自体はまだ死んでいないのか、ときおり絡まりあった配管から水蒸気が漏れ出していたり、動力パイプからバチバチと漏電していたり、空中都市を座標固定する重力鋲――タキオン減速炉から過剰な霊素が放出されたりしていた。ヒトの棲んでいる気配は無い。


『通信も繋がりませんね。当たり前といえば当たり前なんですが』


「いや、ひとつだけ声が聴こえるな……オシラサマ、今から言う周波数に合わせられる?」


『え? 分かりました……チューニングしてスピーカーで出力します』


 オシラサマが天海の指示に従うと、やがて躯体のスピーカーから男性の声が聞こえだす。

 ノイズが酷く掠れているが、どうやらなにがしかのインタビューの記録らしかった。


『これは……旧時代の録音テープですね。ラジオでしょうか。おそらくこのコロニーにかつて住んでいた人が持っていたものでしょう。何らかの不具合で電波に乗ってしまったのかもしれませんね』


「アポロ……月に行くって……言ってるね。でも、月ってなんだい?」


『地球の外殻の外側に浮かんでいる天体です。たぶん今はありません』


「そっか……じゃあこのヒトは、あくまで月へ行く仕事をしてただけなんだね」


『冒険ではなく、仕事で必要だから行ったまで……か』


 偏った重力が元に戻る兆しもなかった。だからどんなに空中都市の廃墟が間近に見えても、二人には今居る塔から離れる術が無かった。こんなにも連絡橋が入り組んでいるのに、二人を偏重力で閉じ込めている塔・情熱のモーガンだけが取り残されたように独立している。連絡通路すら一切見られないというのは、まさに皮肉の一言に尽きた。


 結局二人は、塔の外壁を垂直に歩き続けるしかない。遥か彼方の地上を目指して。

 塔の外壁は、凹凸や勾配が激しくなりつつあった。

 突然、天海が「うわっ」という彼女らしからぬ悲鳴をあげた。


『どうしたんですか、天海さん?』


「オシラサマ! 下! 足下見て!」


『足下って――ひゃあっ!』


 オシラサマが足下を見やると、其処はガラス張りとなっており、陽射しの具合の良さも手伝ってか、非常によく塔の内部が見渡せた。円筒状の塔の内部はそれだけで居住空間となっていて、その内壁に人工の大地が広がっていたことが窺える。どうやら二人が歩いている壁は、内部に陽射しを採り入れるための巨大な窓だったらしい。


「窓……!」

『窓、ですね……!』


 開放型のスペースコロニーと同じ理屈かな、とオシラサマは思った。


 違うのは、円筒が途轍もなく長大であることと、遠心重力ではなく重力鋲を打ち込むことで人工の重力を保っていたということ。それも今では重力の作用する方向が全くの反対へと歪んでしまい、内部の都市は滅茶苦茶になっている。土や瓦礫や水や、霊晶化した有機物(主に人体であったものが多い)など、内壁の環境を構成していたすべてが偏重力によって吸い寄せられ、円筒の中芯部で押し固まったように圧し潰されていた。


 オシラサマは、思わず目を逸らしてしまった。

 赤色のレーザーポインタが、脈絡もない方向ばかりを精査する。


『……静かですね。本当に地球の再建事業は進んでいるのかな』


 空を隔てて十数キロ先、宇宙塔を中心に展開されている光子炉発電施設や全固体霊素性セラミックスバッテリーの蓄電槽といった廃墟を見やりながら、オシラサマは静かに言った。どこまでも人間くさい挙動と、幼げな少女のように舌足らずな口調。

 比して、冷静に応ずる天海の声はひどく大人びていて、年齢不相応の色気すらあった。


「九十億年もかけて地球を作り直すくらいだ。僕たちの時間感覚で測れるものじゃないよ。僕たちにとっては神話のようなものだからね。君たちの行っている地球再建事業なんて、宗教の黙示録みたいなものさ。いつか世界は更新される。でも、それは僕たちの生きている間じゃない。だからあまり興味を懐かない」


『長いもんね……気が遠くなるくらい。眠っていればあっという間のはずだったのに』


「お仕事とはいえ、お疲れさま。〝現世〟は楽しいかい?」


 前を行く天海が立ち止まって、後ろに両手を回しながらオシラサマのほうへ振り向いた。

 滅多に吹かない風が吹いて、彼女の衣と髪を揺らした。どうやら空気があるらしい。


『頭が狂っちゃいそうです。だからできるだけ、何も考えないようにしてます』


「家族のこととか?」


『…………』


「ごめんなさい。非道いことを訊いたね」


『わたしたちの歴史のために、わたしたちの何万倍もの歴史が綴られているだなんて……』


 沈鬱げに俯いたロボットに対して、天海は慰めるように言った。


「確か、君たちの歴史の教科書は五千年程度しか無かったんだろう?」


『そうだね。三十億年も眠ってれば、滅びる文明も、滅びるよね』


 オシラサマは、やはり自分に言い聞かせるように呟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ