第二話 予定調和のアーキタイプス ⑱
『これで、何回躯体や肉体を失ったことになるんでしょうね、わたしたち……』
「世界なんて所詮意識の表象だよ。失った実存でいちいち気を病む必要なんて無い」
カナタとソラは、崩落した橋の向こう側にいた。
『まさか、本当に認識上の世界を書き換えることが出来るなんて……』
何十キロも真っ直ぐと続く、橋脚の無い空の連絡橋。
重力鋲を破壊された部分だけが、綺麗に崩れ落ちていた。
これでもう、ムセイオンに戻ることは叶わない。
数歩先が完全な虚空になっていることを確かめたソラは、カナタに振り返った。
「そんなことよりもさ、カナタ。さっきの……たぶんプルトンさんも死んだよ」
『あいにく、その手の感傷には興味が無いんです。自分たちすらしあわせに出来ないような人類が、他の存在までしあわせにできると思いますか? あれはただの機械です。それ以上でもそれ以下でもないし、どうなろうがわたしたちの知ったことじゃない。わたしたちは彼らの創造主にはなれないのですから。そうなるだけの資格と責任を、持たないのですから』
「冷たいね、カナタ」
『……別れ際にキャッシュデータを交換しておきました。機会があれば復元もできるでしょう』
それを聞くと、ソラは嬉しそうに、声をあげて笑い出した。
「それを聞いて安心したよ。本当に、彼のことを気に入っていたんだね」
『久々に会った同胞だからかもしれませんね。その前の廃墟都市が堪えましたから』
「……私と一緒にいるだけじゃ、やっぱり不満?」
珍しく〝私〟という一人称を用いるソラに、カナタは柔らかく微笑みかけた。
『いいえ、あなたといる時間は楽しいですし、わたしはあなたのことが大好きですよ』
「そっか……なら、よかった」
そう囁くと、ソラは疲れたように地面に背中を投げ出した。
尻餅をついたままの二人の上空を、カナタと同じ型をしたロボットたちが飛び去っていく。
憑依状態にないアリストートルの自律端末、レシーバーだ。
ソラはそれを目を細めて見送りながら、呟いた。
「フライトフレーム装備のレシーバーだ……」
『さっきのドタバタの最中に、わたしたちはアリストートルの通信圏内に入ったみたいです。それと同時にわたしたちの動向が同胞たちにも伝わったのでしょう。あの国の住人たちは地球再建事業に生じた小さからぬエラーとして、然るべき対応に処されることになるはずです』
「然るべき対応?」
『つまりは…………こうなります。もう一度遮光グラスをつけてください』
ソラが慌ててそれに従うと、間髪入れず空に太陽のような暴力的な閃光が奔った。
光源は遥か向こうのムセイオン。誰がどう見ても核兵器だった。三発、四発、五発……。
爆風こそ無かったが、起爆のたびに空が白く染まり上がった。
『こんなところであんなものを……大丈夫でしょうか?』
「節操が無いね。キミたちの時代はいつもあんなだったのかい?」
『包括的核武装禁止条約(CABT)やカットオフ条約の概念があったとはいえ、臨界前核実験やビッグデータによるシミュレーションの核実験は普通に横行していましたから、世界中の核兵器が減る一方で、その技術だけは反比例的に右肩上がりを続けていました。どだい、必然性が無い限り、自分を律しきれるようなイキモノなんてこの世にはいないんですよ。それができるのは神様だけです』
「神様になっても、こうなるらしいしね」
『人間は無意識のうちに自らを恐怖する。そうなるように定まっている、か……』
プルトンの言葉を反芻したカナタは、瞑目するように天を仰いだ。
外殻によって閉じられた地球、雲に霞む青い虚空の世界。
塔と空中都市たちが交錯する蒼穹に、無数のレシーバーたちが光の澪を曵いた。




