恋って素敵
昔々、とある国でのお話です。
悪いドラゴンにお姫様がさらわれました。
しかし、王もお妃も姉姫も臣下も民も、首を傾げました。
ドラゴンがさらったのは、とても美しい第一王女ではなく、平々凡々な容姿の、第二王女だったからです。
それでも、王女を見捨てるわけにはいきません。
王は、姫を救い出すために、『歴戦の戦士』達を送り込みました。軍を動かすわけにはいきません。
ドラゴンはを空を飛べる。軍を動かしている間に、次は第一王女の姉がさらわれるかもしれないと、恐れたのです。
そして、三ヶ月。ドラゴンを倒しに行ったものたちは誰も帰ってきません。
王は国中に御触れを出し、姫を救い出したものに望みの褒美を出すと言いました……。
「と、まぁ、こんなところでしょう?」
目の前で人差し指を立てているのは、薄い水色のワンピースに身を包んだ少女だった。
「いや、まぁ、確かにそうだよ。その通りだよ。王様の出したおふれは確かにあんたの言ったとおりだったよ……」
げんなりと、うなるように言い返したのは、杖を持った青年だ。
そして、少女の背後にいるのは、大きな大きな黒いドラゴンだった。
……ただし、ドラゴンから見たなら小石のように小さな少女の背に隠れて、ぴるぴると震えている。
威厳と迫力というものを放棄しているようだった。
ブラックドラゴン――それこそ悪意の塊のように伝承に語られるドラゴン、のはず。
「でもね、勘違いなのよ」
少女はきっぱりと言い切る。ドラゴンを背中に庇ったまま。
「あたくし、誘拐されてないの。この……ハントルールィに協力するためにここにいるの」
背後のドラゴンを示して、少女はにっこりと笑った。
協力。その言葉に、ドラゴンは感極まったようだ。
「ユーラシアス……僕は嬉しいよ。僕の話をきいてくれた人間は君だけだ……! どうしてみんな僕を嫌うんだろう……僕はただ、恋したあの娘とちょっとだけでいい、ほんの少しの間、お話したいだけなのに」
手一杯夢見る瞳でうっとりと虚空を見上げるドラゴンは、体色からイメージする『悪いドラゴン』とは程遠い。
「ハントルールィ、自信を持って! 大丈夫、変化の術さえ覚えてしまえば、きっとあなたの恋も実るわ!」
「ユーラシアス……ありがとう! 僕頑張るよ!!」
岩のような前足を躊躇なく握り、励ます少女に、ドラゴンは嬉しそうに声を上げた。
がくりと青年が膝をつく。
「なんだこれ……」
「素敵でしょう?」
にこやかに、少女は言う。確か彼女はドラゴンに誘拐された哀れな王女だったはずなのだが。
「人間に恋したドラゴンなんて、聞いたことないわ! ああ、ハントルールィと文通していて良かったわ、あたくし……」
「なんで王女がドラゴンと文通してるんだっ!? どこで、いつ、どうやって!?」
思わず声を上げた青年に、王女はにこりと微笑みかける。器量は十人並みでも、まとう雰囲気は確かに王家の者で、気品が漂っている。蜂蜜のような甘い香りを漂わせて、少女は青年の疑問にずっぱりと答えた。
「市井の文通掲示板に手紙が貼ってあったの」
「王女がなんでそんなもの見てるんだーーーー!?」
青年の絶叫に、王女はにこにこしたまま、答えた。
「趣味よ」
『僕はドラゴンです、でも、人間の女の子を好きになってしまいました。人間に化ける術を教えてくれる人、文通してください』
馬鹿正直にそう書いたドラゴンに、真に受けた王女。
青年がそれを知ったときには遅かった。
王女に言われた部屋に入ると、知らない男がアイサツなのか、手を上げた。
「おう、あんた、名前は?」
「……チュレット。あんたは?」
「俺か。俺はソート。ここに来たのは一ヶ月前だ」
苦く笑う男は、青年と違う気持ちらしい。
「これはこれでやりがいもあるぞ」
「……ドラゴンのバックアップがか?」
「ばっか、お前、ドラゴンだぞドラゴン。あれを人化させるっちゃーとんでもない難度の高い研究だろ!? これはもうやるしかない!! 完成したら、ドラゴンが鱗をくれる。それが報酬だ。充分だろ? ブラックドラゴンの鱗一枚で三十年は遊べるぞ」
忠告と言うのか、諦めを促しているのか。青年はため息をついて、聞いてみた。
「…………ちなみに、あんたはどういう立場の人なんだ?」
「はっはっはー、レイドロン研究大学院の十一科生だー。わはははエリートだったんだぞー、一応」
「そうか……俺は、ナインゴット王立研究院の二十五期生だ……」
「……そうか……」
どちらもそれなりに、魔術の権威である。それが分かっているから、曖昧に笑うだけだ。
ドラゴンの初恋を成就するための狂言誘拐、なんて、考えた王女もとんでもないが、実行した挙句に手を貸している王家にもあきれる。
権威在る魔術師を集めるにはそれなりにお金が掛かるし、手間もとんでもない。
ドラゴンにそんな資産もコネもあるわけない。王家の資産を動かすわけにはいかないのだ。王家の財産は民の税金から与えられているのだから、民のため以外に使ってはいけない。
で、王女は思いついたわけだ。
『さらわれたお姫様を救い出す勇者』という筋書きを。
王女救出に選ばれたのは、王が選んだ『歴戦の戦士』たち。
全員、魔術師だった。
その時点ですでにおかしいと、誰も気付いていなかった。
『姫を救い出したものには望みの褒美を与える』とのおふれに集まってきて、選別を受けたものたち。
全員、魔術師だった。
青年、チュレットもまた、魔術師。
もう、その時点で、何が何でもおかしいと思うべきだったのだ。
娘可愛さに、王も一枚かんでいる、と。
気がつかなかったため、チュレットもここにいる。
「……なんつーか……いいのか、これ。王女、戻らなくていいのか」
「王家の連中は知ってる。だから止めないんだ」
「なんでだっ!?」
「なんでってお前……ちょっと考えれば分かるだろ」
ソートの放った言葉に、悔しくもチュレットは納得した。するしかなかった。
「だってお前、あの姫様の家族だぞ? 普通のわけないだろ」
※※※
今日も元気に王女は満面の笑顔でこう言った。
「さ、健気な恋を成就させるために、今日もよろしくお手伝いくださいね」
チュレットは息を吐いた。
幼い頃からずっと彼女のために勉強してきたのに、この王女はどうしてこうなのか。
「……ほかに考えること、ないのか」
留学先からあわてて飛んできたというのに、この仕打ち。
久しぶりに会った幼馴染みに、この仕打ち。
救い出すためにここまで急いだのに、この仕打ち。
……なんだか泣けてくる。
「……俺、なんのためにここまで……」
「はっはっは、じゃあ帰れ」
ソートはなんだかにこやかだ。とてつもなく、にこやかだ。
「別に強制じゃない。帰りたいヤツは帰る。実際、あきれて帰るヤツの方が多い。残っているのは……ふ、ははは、まぁ、物好きだ」
ぴんときた。ヤロウ。チュレットは皮肉げに唇を歪ませる。
「……は、ははは。俺も物好きだからなぁ。帰りたくないなぁ」
「ふ。へへへ。帰って良いんだぜ?」
「ぜってぇ帰らねえ」
帰ってなぞ、やるものか。
「ドラゴン人化させて、とっとと王女を連れて帰る!」
「ああ、嬉しいですチュレット!! 僕とドーリンドールのためにそこまで……!」
「てめえのためじゃねえっ!」
「人間ってなんて優しいんだろう……ユーラシアスが一番優しいけど。ドーリンドールの次に好きになっちゃいそうだ……かわいいですよね、ユーラシアスも」
「ぶっ殺すぞハントルールィ」
「ははははは、チュレット、手伝うぞー」
「えっ、なんでですかっ!? ソートまでっ!?」
「てめえの胸に聞いてみろっ!」
恋模様、大嵐。
ラブを目指して玉砕しました。愛ってどこに落ちてますか(笑)