間話 星の世界。
乃安が、頭にねじり鉢巻きを巻いていた。メイド服で。その隣で陽菜は日本の団扇で乃安と酢飯を仰いでいる。
午前中は家を隅々まで、必要無いと思ったけど二人は掃除をし、昼食休憩後、二人はケーキやらなにやら作り始めた。
一般家庭レベルのキッチンが明らかに許容量オーバーの仕事をしていた。多分、この家を建てて以来、一番仕事をしたと思っている。
「酢飯、結構作りましたね」
「ですね。でも、皆様を呼ぶのでしたら、これくらいは必要でしょう」
そう、今日は、七夕。去年は陽菜と二人で天の川を眺めるだけだったけど、今年は違う。乃安もいる。それに、みんなを読んで料理を囲むくらいはしたい。
「なんて我儘、付き合わせてごめん」
「先輩が自分の希望を言うのは珍しい事ですから」
「そうですね。相馬君のたまの我儘くらい、私たちに叶えさせてください」
陽菜が団扇で扇ぐ手を止めて、卵を使って何か作り始める。
「錦糸卵はお任せします」
「卵料理は乃安さんに負けませんよ」
「負けないというより、勝ち目がないですね、私では。相馬先輩に食べさせるという面では」
「はい」
何か照れる。のはおかしいかな。
「じゃあ、握ります。お寿司を握るのは久しぶりです」
「派出所で練習した時以来ですか?」
「そうですね」
メイド服でねじり鉢巻きして寿司を握る、あべこべ感がある光景。思わずクスッと笑ってしまう。
「相馬君の好きなネタってなんですか?」
「タコ」
「流石陽菜先輩、買い出しの時に言っていた事、的中ですね」
「私を甘く見ましたね、乃安さん」
今更、見抜かれていることに驚きはしない。陽菜のやる事に驚いた方が負けな気がする。
久しぶりというわりには、形は普通に綺麗だと思う。寿司はよく知らない。食べるけど。個人的に握る人の性格が出ると思っているけれど、陽菜も乃安も、均一にピタリと並んでいる。シャリもどれも同じ量に見える。
自分に厳しい二人の性格が出ていると思った。
「そろそろ唐揚げを作り始めてください、乃安さん」
「了解です」
今年も、家の前に笹がある。
見えるだろうか、星は。
「気がつけば、いつも空を眺めている。僕と陽菜の共通点だ」
「口に出ていますよ。相馬君。それと、訂正を求めます。最近の私は、気がつけば相馬君を眺めているです」
「そんな事、さらっと告白せんで良い」
そして、しばらく。陽菜と乃安はメイド服からお出かけ用の服に着替えて、ちなみに二人が言うに、メイド服の方が圧倒的に着心地が良いらしい。次点でジャージとパジャマ。
そりゃ、着慣れているかの問題だと思うけど。
呼び鈴が鳴る。
「ヤッホー三人ともー、短冊勝手に吊るしたけど、許してね」
「どうもです。入鹿です」
二人が来た。京介は、欠席だった。
七夕パーティー。僕が提案した。
何で提案したのかはわからないけど。ただ、みんなで七夕の時に集まって空を見上げたら楽しいと思うんだと二人に話したら、すぐに動き出してくれた。
きっと、五人で行った天体観測や、去年の七夕、みんなの願いを短冊に吊るした体験の影響だろう。それが頭の中で繋がってごっちゃになったんだと思う。
プラネタリウムに行く案もあったけど、やっぱりリアルな星を眺めたいと思ってしまった。最悪、あの丘を登る計画も頭の隅にある。
どうしても、星が見たかった。祈るとかそう言うつもりは無いけど、でも、あの圧倒的な存在感の前に自分を置いて、いかに悩みや予感がちっぽけなものか、自分に知らしめたかったのだ。
「おー、すごーい。寿司だ―」
「ちらし寿司も用意しましたよ。是非ご賞味ください」
「全部手作りな辺り、流石のお二人って感じです」
入間さんがけらけら笑いながら、唐揚げを頬張る。
「あぁ、美味しい。流石です……」
僕も食べてみる。うん。酢の加減もわさびの量もばっちりだ。僕の好みから気にならない程度に絶妙にずらして、夏樹や入間さんにとっても美味しく仕上がっている。
結局、この提案は僕のよくわからない不安を解消するためのものだったんだなと思う。そうじゃなかったら、きっと今年は三人で星を見上げるだけだったと思う。
そして、メインイベント、星を見上げる。だけど、曇っている。曇っていた。
「あら~って感じだね」
「うん」
なんだかなぁ、って思った。いや、いつも通りの七夕かもしれない。これも。去年、ちゃんと見えた方が珍しいんだ。
「仕方ないですね。ケーキ食べますか?」
「うん、食べる!」
気を聞かせてくれた陽菜が、本当は星でも見ながら食べる予定だったケーキの存在、陽菜は、見えないことを知っていたのだろう。だから最初から用意せず、ケーキの存在を言わなかったんだ。
そして、陽菜でも希望的観測とか、するんだなと思った。だから、出る直前まで、陽菜は見えないことを言わなかったし、空を見上げたんだ。
なんだか、嬉しかった。わかっていたことだけど、陽菜も僕らと同年代の、普通の女の子だと思えたから。普段の、どこか僕らよりも大人びた女の子が、ちゃんと同い年だと思える感性を持っていることが。
だから、そこまでショックでは無かった、見えないことが。
不思議な安心感に包まれた。
ケーキの甘さで感じる優しい気分よりも、温かい安心感だった。
ズルいなと思う。だから、陽菜には言わない。でも、陽菜はいつでも僕を安心させてくれる存在だ。
「ありがとう、陽菜」
「? はぁ、どういたしまして」