第三話 蠢く世界。
「朝野さん。進路についてなんだけど、ご両親と是非、お話ししたいと思っていてね」
「はぁ」
先生は、私の事を明らかに探るように見ていた。
しかし、この先生にメイド長を会わせるわけにはいかない。常人なら、圧に耐えられないだろう。あの人の。というのは冗談ですけど。まともな会話が成り立つとは思えなかった。
「都合、取れないかな。本来、こちらでアポ取るべきだとは思っているけど。電話が繋がらなくて。日暮の親もだなぁ。というか、お前達だけだぞ。三者面談希望しないって回答したの。そりゃ、忙しいのはわかるけど……」
「テレビ電話で良ければ、都合がつきますが」
「そんなシュールな三者面談、聞いたことが無い」
私の親は一応、メイド長という事になっていて。職業は営業職ということにしてある。一般人の常識の遥か上空を行くメイド長、面識のない先生の反応は理解できる。
私と相馬君を同じクラスにしたのが、先生の苦労の始まりでした。なんて、後々語られる、わけないですね。
「まぁ、とりあえず、連絡してみてくれ。日暮にも伝えておいてくれ。疲れた」
「はい」
先生に深い同情の目を向けて、私は職員室をあとにした。
そして、扉の前で、莉々さんと相馬君に遭遇したのであった。
「あっ、丁度よかった。一緒に来てくれませんか?」
職員室の前で陽菜と遭遇した君島さんの一言はそれだった。
「はい、良いですけど」
そして三人で向かった場所はコンピュータ室だった。
「えっと……よし、あー、学校のパソコン、セキュリティガバガバ、テストの答えとか、もう少し大事にして欲しいねぇ。今は興味無いけど」
とんでもない独り言を聞き流し、君島さんが操作しているパソコンを眺める。僕らに見せたいものとは、何だろう。
陽菜も心当たりが無いみたいで、食い入るように君島さんの操作する画面を見ている。
「あー、これこれ」
そして、操作する手を止めて、僕らに見せた画面は。
「へぇ、何この名簿」
「教師共が確認した、男女交際している生徒の名簿。と、別れさせるか否かの職員会議の議事録」
「なにそれ?」
おー、僕の名前もあるー。って、何で僕の場合二パターンもあるんだよ。陽菜と乃安。二股野郎認定やめろや。
「まあ、それは置いておいて。別れさせる方向で決まったというか。だから気をつけてよね、あんたら」
「いや、まぁ」
「家庭訪問まで検討しているみたいだから」
「……は?」
ふむ……。
ちらりと陽菜の方を見る。陽菜も、これはマズいという顔が、隠しきれていなかった。
陽菜の家は、僕の家。実家は車で一時間程度のメイド派出所。一応、先生の方にはメイド派出所の方で伝えてあるのだが。
「マズいよね~あんたら。高校生男女一つ屋根の下。起こる事なんていくらでも邪推できるじゃん」
従兄妹なので問題ありません、とは、無理があるか。
「陽菜」
「はい」
「あっ、ちなみに日暮相馬は決定だから。家庭訪問」
「うん。だと思った」
二股最低野郎らしいし。僕。陽菜との同居は、隠さなきゃマズいだろう。来られたら、マズい。
陽菜には、しばらく乃安のアパートの方に行ってもらおう。いつ来るか、わかったものじゃない。
「それでは、しばらく」
「あぁ」
「朝は来ますので」
「ありがとう」
陽菜の荷物は、本当に少ない。助かった。
「先輩。陽菜先輩はいただきますね」
「うん」
「そこで頷かないでください」
二人は姉妹のように仲睦まじく家を出た。さて、しばらく夜は一人か。うんと伸びをして。静かになった家をぼんやりと眺める。
まあ、たまには悪くない。
家が、少し広く感じた。
しかし、なぜ唐突に。恋愛に関して僕らを取り締まる。学業に支障が出るとか、そんな感じの理由だろう。とか考えていたら、ふとイラっと来た。
じゃあ、仕事に支障が出ると予想されるので、既婚者の皆様は離婚してくださいとか。そんな事を言ってみたくなった。
辞めておこう。考えるのは。
父さんにはメールを送った。まだ返信は来ない。家庭訪問されるなら、必要だと思ったのだ。父さんは、僕の将来を僕に委ねている。自分の未来は自分で決めろと。
有難い事だ。だから、期待には、応えたい。
「はぁ」
話し相手がいないのは、苦痛だ。寂しいという感情が、僕の中にあるなんて、驚いた。
「陽菜先輩。まだやる気ですか?」
「はい。勝つまで」
陽菜先輩の操作するパソコン。その画面ではライフルのスコープが敵の頭を捉えていた。響くクリック音、エフェクトと共に、そのHPを全損させ、ログには私が作成し、陽菜先輩が操作するキャラクターの名前とその功績が表示される。
「移動します」
倒した敵からアイテムを奪うだけ奪うと、さっさと移動を始める。次なる獲物を求めて、狩人は徘徊する。陽菜先輩の理論。九十九人敵がいるなら、全員倒せば早く終わる。人任せなんてしていられません。だそうだ。隠れる気なんて毛頭にない。撃たれたら敵が居場所を教えてくれた程度にしか考えない。理解できない。
「いますね」
素早く照準を合わせて、クリック音。先程から全て命中させている。
「動かない敵は簡単で良いです」
あぁ、先輩。このまま勝ってください。眠いです。
そんな願いも虚しく。敵の凶弾が、陽菜先輩をハチの巣にした。ぺしりと太ももを叩き、悔しさを露にして、すぐにロビーに戻りまたマッチング。あぁ、だから、陽菜先輩に教えたくなかった。このゲーム。なぜ先輩にパソコンを触らせてしまったのだろう。莉々の操作見て、自分もやってみたくなったとは言っていたけど、でも、犯罪に手を染めさせるよりは、良いのでしょうか……?
「なんで先輩激戦区ばかり降りるのでしょうか!」
「倒せば早く終わらせることができます」
初心者とは思えない立ち回り、エイム。だから数こなせば勝てるとは思いますけど、明日も学校だから、それに早朝には相馬先輩の家に行かねばなりません。徹夜する気なのでしょうか……。
「よし」
一つの町にいた敵を全滅させ、すぐに次の町へ。あぁ、陽菜先輩。無駄な戦いは避けて欲しい。
銃声を響かせれば敵は勝手に寄ってくる。それを好都合と考える先輩とは、この手のゲームでチームを組むことは、一生無い事でしょう。
そんな事を思っている間に、私は寝てしまった。
朝起きて、私は陽菜先輩の抱き枕になっていた。懐かしい。昔は逆だったけど。陽菜先輩も、不安があるのかもしれません。
「相馬君。起きてください。朝です」
外は、大雨が降っていた。馬鹿みたいに、降っていた。
「電車、止まっているみたいです。学校からも、来れる人だけ来てくださいとのことでした」
「そう、か」
目を擦って。そして体を起こす。起こされるのは、久しぶりだ。自力で起きれないなんて、久しぶりだ。
「朝食、食べますか? もう」
「うん」
こんな天気では走れたものでは無い。僕はパジャマのままリビングに降りよう、と思ったけど。その前に、一度陽菜を抱きしめて、その匂いで肺を満たして。今日はそこまで激しくはしない。ただの、習慣というか、抱きしめないと落ち着かない。それだけの事なんだ。
家庭訪問は唐突に来るのだろうか、それとも、いや、常識的に、一回連絡はくれるか。
父さんからの返信はまだ来ない。多分、帰っては来れないとは思うけど。
「テレビ電話で面談とかどうかね?」
「それ、私も提案しました、先生に」
「同じ発想か」
「そうですね」
改めて、僕の周りにいる人は、常識からどこか離れている。その事を認識した。
朝食のトーストを齧りながら、天気予報を眺めていた。