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Dear my world.  作者: 神無桂花
世界に色をつける話。
20/21

第十話 親愛なる私の世界へ。

 旅を続けてそろそろ三か月になる。

 僕の心はとても穏やかだ。

 残酷なことはたくさん見た。


「おっさん」

「おっさんと呼ばれる歳じゃないんだけどな」

「そうだよ、お兄ちゃん」

「うっさい」


 子どもたちの逞しさに思わず笑いながら、僕は炊き出しで作ったスープを渡した。

 あちこちを転々とした。色んな人を、助けられたと思う。でも、まだ僕の目標には到達できていない。でもそれを焦らなくなった。焦って得られる結果なら苦労なんてしない。

 助けられなかった人もいた。

 それに対して、何も思わない、何てことはできない。けど、立ち止まりはしない。

 現実を見つめたあの日から、日本には帰っていない。帰りたくない。

 空を見た。蒼さに汗がにじんだ。

 帰りたくはないけど、でも、そろそろ予算が尽きる。でも、今の僕に、あの満ち足りた国は毒だ。物で溢れて、でも人に余裕が無くて、明日が保証されているのに、明日を迎えることを苦しくする人がいて、満ち足りていることに感謝しなくて、ちょっとした幸福に感謝できない国に、僕は、帰りたくなかった。

 僕はあの国で、幸せを感じることが、今の僕にはできる気がしなかった。かつての僕なら、できただろうに。会いたい人はたくさんいるけど、でも。

 明日が保証されない旅が、今の僕の心境にあっていた。

 けれど、陽菜はどう思っているのだろう。この旅は僕だけのものじゃない。陽菜は、躊躇いも無く、僕がたとえ予算が尽きても旅を続けると言ったら、付いてくるだろう。




 焚火を眺めながら星を眺める。考え事をするなら、これ以上の環境は無い。

 帰りたいと言ったり、帰りたくないとぼやいたり、我ながら、めんどくさい奴だ。いつぞや、後輩に言われた悩みなんて死ぬまで尽きない、そんな言葉が頭に浮かんだ。


「陽菜はさ、帰りたいと思う事ある?」

「それは、どういう意図での質問ですか?」

「そのまんまの意味」

「……私自身、この生活は結構好きですよ」

「そっか」


 陽菜との関係は、この生活で大分深まった自身はある。文字通り、お互いがお互いの命を預ける関係だから。名前なんて、つけられない、そんな。

 でも、だからと言って、陽菜の心情を予想しないわけにはいかない。


「悩んでいるな、若者」

「あっ、じいさん。まだ夜中ですよ」

「わかっておる。お前さんが、避難した村の者のために、こうして毎晩考えておるのもな」

「はい。でも、今日は違います」

「あぁ。会話は聞いておった。だからの、少しでも恩返しがしたいからな、ちょっと話してみろ。一人で悩んでも、答えが出ないことはある」


 僕がこの村に来て、井戸を掘って、それからしばらく滞在して井戸の掘り方を教え込んだ。もう僕がこの村にいる理由は無かった。村長さんも、その事は理解していたみたいで、こうして来たのだろう。

 野宿している理由は、それが好きだからと答えたら、あっさりと場所を提供してくれたのも、この人だ。

 だから、僕は思っていることを正直に全て話した。村長は黙って、頷きながら聞いていた。


「そうか。ふむ」


 そして、村長はしばらく考え込んで。


「おまえさんの考え方の原点に帰ってみろ。それだけだ」


 それだけ言って帰って行った。


「原点に、帰る」


 僕ら自身が幸せになって、その幸せを配る。

 でも、幸せを配るには、色々な幸せを理解しなければ、ならない。


「逃げちゃ、駄目か」


 僕の心の平静が少しだけ乱れた。久しぶりの事だ。




 「帰るの、ですか?」

「うん」

「わかりました」


 陽菜はすぐにOkした。

 村の人たちに挨拶して回ったら色々な物を貰った。流石に驚いた。感謝されるのは心地の良い事だ。

 すぐに出発した。決意が鈍らないように。

 



 帰って来て、僕はすぐに陽菜と結婚した。

 僕にとって、心の隅では、一般的な幸せという物を感じるためでもあった。

 仕事は、不定期で入ってくる。月給がもらえ、さらに一回の仕事ごとに報酬がもらえるけど、それがものすごく高い。

 そんな生活を何年か経て、思った事が一つだけあった。

 結果は伴わなくても、やり続けることに意味がある。って。





 僕の父さんは夢見がちだ。

 半年くらい帰ってこないことがあれば、一週間くらい真夜中に出かけたり、かと思えば一か月くらいずっと家にいることがある。

 そんな父さんがいつも言う事がある。


「やりたいことがあったら言えよ」と。


 だから僕は色々やりたいことを言った。全てやらせてくれた。一時期、習い事を五つ掛け持ちしていたこともある。

 大体上手くできた。

 強くなりたいと言ったら、父さんが毎朝戦い方を教えてくれた。夏休みになると、食料も持たずに山に連れていかれて、一週間サバイバル生活もさせられた。

 妹ができた時、父さんは「守れよ」と言った。どうしてか、二歳の頃のことなのに、覚えている。

 その時の真剣な目は今でも忘れていない。

 近所に住んでるおじいちゃん、お父さんのお父さんにたまに会いに行く。あの人は、父さんよりはリアリストだ。だけど、父さんの事は絶対に馬鹿にはしなかった。中学生になって、色々見えてきた僕が、うっかり馬鹿にしたら、軽く怒られた。

 母さんは、結構過保護だ。けど、怒る時は怖い。

 一回、いじめられてる子を助けようといじめっ子を倒したら、怒られた。


「力加減を覚えなさい。力を誇示して辞めさせるだけではいじめっ子と変わりません」


 難しいと思った。


「あなたは周りの子よりできる事が多いです。それは誇るべきことですが、驕ってはいけません。出来ることがあればやりなさい。あくまで謙虚でいなさい。しかし謙虚になる事と卑屈になる事は違いますからね」


 母さんが言う事は、いつも難しい。

 でも、理解しようとは思う。だって父さんも母さんも、僕の言う事を馬鹿にせず、理解しようとしてくれるから。

 高校生になる。


「お兄ちゃん、起きて」


 二歳年下の妹は、いつも静かだ。でも、ぶっちゃけると僕より凄い奴だ。体を動かす事ではまだ勝ててるけど、勉強ではもう勝てる気がしない。

 母さんも、テストの結果が帰って来る度、苦笑いする。テスト前とテスト後の母さんの猛特訓はもはや恒例だったけど、予習するところも復習するところも無い。母さんを悩ませるのはいつも妹だ。


「わかったよ、今起きるよ、先行っててくれ」

「やだ。お兄ちゃんが起きるまで、ここにいる」

「いい加減お兄ちゃん離れしろよ、叶」

「やだ」


 この押し問答がだいたい十分くらい続くと、母さんが来る。


「二人とも、起きてください。進、日課は良いのですか? 相馬君が待ってますよ」

「はいはい」


 母さんは父さんの事を名前で呼ぶし、父さんも「陽菜」、と名前で呼ぶ。

 玄関に降りると、父さんはもう待っていた。


「じゃあ、行こうか」

「はい」


 父さんが怒るところは、まだ見たことが無い。

 でも、多分、母さんと同じだろう。怒鳴るようなじゃなくて、静かに、諭すように怒る気がする。だから、僕が気づいていないだけかもしれない。


「てやー」

「うーん。技術面ではもう勝てないかな。年の功でどうにかこうにかできるけど、本当、君らは才能の塊だな」


 そんな事ぼやきなが、僕の事を地面にあっさり寝かせてくるから、本当、化け物。

 まぁ、僕が本気で体動かせる相手は貴重だから、文句は言わないけど。


「けど、最近熱心だな。何かあったのか?」

「叶、乃安さんの所に遊び行ってるじゃん、何しに行ってるか知ってる?」

「何しに行っているんだ?」

「料理習いにですよ」

「あー」

「だから、俺も何かしなきゃって」


 僕は、お兄ちゃんだから。負けてられない。


「ん、まぁ、良い理由じゃない? シスコン兄貴」

「んなっ?」

「何なら、今度僕の友達に頼んでバイクの乗り方でも習うか? それとも僕よりも滅茶苦茶強いお姉さんに弟子入りでもする?」

「なんだそれ? 父さんたちの知り合いっていったい何なんだよ」

「まぁ、そうだね。進も叶も、何でも選べるんだ。何か目標を見つければね。僕もまだ目標に走ってる途中だから、さ、さて、帰ろう。陽菜と叶が待ってる」


 親愛なる私の世界へ。

 世界は世界が集まってできているなら、僕の世界を変えることは世界を少し変えることに繋がるでしょう。僕と同じことを思う人が集まれば、世界はいずれ変わるでしょう。

 あなたへの無謀な挑戦はきっとやめません。

 だから、僕は。

 幸せを目指すことを、やめません。




予定していた内容をすべて書き切ったので、これにて完結いたします。どこか達成感を感じます。

これは、そこら辺に転がっている、小さな幸せに気づく話です。


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