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Dear my world.  作者: 神無桂花
世界に色をつける話。
18/21

第八話 人間、生きながら死んでいるようなものだ。

 うぐっ。眩暈が。

 起きた瞬間感じたのはそれだった。 原因は知らん。

 視界がはっきりして飛び込んできたのは和風の部屋。だけど、拘ってプライバシーを強化したらしい。日本の建築の良い所は空間の共有にありとよく言われるが、もうそんな時代ではないとおじちゃんは防音、セキュリティをしっかりしたとのこと。


「ほわぁ、先輩、おはようございまーす」

「あぁ、おはよう」


 乃安が目を擦りながら布団からのそのそ出てきた。


「うぐ、まだ寝たい。寝ます」


 そして布団に戻って行った。

 乃安の妙な引きこもり気質、何となく感じてはいたけど、ここまでとは。あの快活というか、人当たりの良い後輩の裏の顔という物か。

 そういえば、陽菜はどこだ? いないな。


「乃安。僕少し出かけてくるよ」

「はぁい、いってらっしゃ~い、ませ~」


 布団から手だけだしてぶらぶらと、見送りはそれだけだった。




 陽菜の居場所は気になるけど、ここに泊まっている時の習慣だけはやめたくなかった。

 走って、母さんに会いに行く。僕も酷いマザコンだ。でも、会える時に会っておかないと、次、いつ会えるのかなんて、わからないのだから。

 遠くに漁船が見えた。カモメが鳴いていた。海が輝いていた。でも、それでも深い、深い蒼だ。どこか心惹かれる、そんな蒼だ。

 そう、思わず足を向けて、そのまま落ちて行ってしまいたくなるような、そんな。

 お墓の前には、見慣れた後ろ姿があった。


「陽菜?」


 思わず、手を伸ばしてその肩を掴んだ。


「あれ? まだ、寝ていると思いました。昨日は盛り上がりましたからね」


 いつも、通りだ。はっと振り向いた顔には、まるでわかっていたかのように何の表情も浮かんでいなかった。すとんと感情が抜け落ちていた。

 そして一瞬、陽菜の顔に感情がスーッと入ってくる。


「どうかされましたか? 私、何かおかしいですか?」

「……いや、何でも無い。陽菜こそ、ここにいるとは思わなかったよ」

「ご挨拶、ちゃんとしたかったので、一人で。もう済みましたけど。お掃除されるのであれば、もう大丈夫ですけど、そう言うわけにもいきませんよね? ここで見ていますから、どうぞ、気が済むまで」


 柄杓で水をかけて、とりあえず雑巾でふく。

 ごしごしと、でも、昨日掃除したばかりで、さっき陽菜も掃除したというのであれば、それは完全に自己満足の世界で、僕は手を止めた。


「帰ろうか」

「良いのですか?」

「うん」

「わかりました」


 背を向ける。次はいつ来れるだろうか。僕はここに。

 誰もいない墓地で、僕は陽菜を抱きしめた。一瞬の抵抗も無かった。陽菜はまるで当たり前のように腕にすっぽりと収まった。何度やっても、いつやっても、僕にとって陽菜という存在を感じることは必要なことだ。大事で大事で、仕方ない。どうしようもない。

 この温もりだけは、失いたくない。


「私は、こうして甘えて頂けることが、なによりも嬉しいです」


 帰り道、二人で歩いている時、陽菜はそう言った。


「それが、陽菜の本音?」

「それ以外に何があるというのですか」


 当たり前のように、それが厳然たる事実のように、陽菜は言う。


「人は、生きながら死んでいる。僕らは、ずっと一緒にはいられない」

「当然です。だから私たちは、こうして、一秒でも長く、一緒に過ごすのです」


 目を閉じて、陽菜は歌いだした。僕にはそれが何の曲かわからなかった。優しい音が、朝の町に小さく響いた。

 目を閉じてその音色に耳を傾ける。日本語では無かった。多分、英語だ。スラスラと知っている曲を歌い上げるのではなく、心から、じっくりと歌っていた。

 曲が終わり、陽菜は、目を開ける。


「私は、できるなら歌いながら死にたいです」

「なんで?」

「生まれた瞬間から寄り添ってくれる存在を迎えるなら、それが一番ふさわしいと思います」

「一緒が良いな、僕は陽菜と」

「そうですね。それが無理ならどうか私を先に逝かせてください」

「なんで?」

「ただの我儘です」


 町は、ゆっくりと朝を迎えていた。昨日の賑わいとは程遠い、静かな朝。あちこちから湯気が上がり、耳を澄ませば人々の声が聞こえる。


「ただいま」


 乃安はまだ布団の中にいた。


「あっ、帰って来たのですね。では、私も起きます」 


 うとうとと乃安は目を擦りながら出てくる。僕はパッと目を逸らした。


「乃安さん、着物脱げてますよ」

「あっ、はい。というか先輩、今更目を逸らす事も無いじゃないですか……」

「そういう問題じゃないんだよなぁ」


 ぼやくけど、でも、今更感があるのは否定できない。

 とりあえず作務衣に着替えて厨房に向かう。既におじいちゃんもおばあちゃんも仕事していて、僕らも手順はわかっているので、手伝いに入った。

 仕事が終わると僕らも朝食を食べる。それから旅館を掃除して、午前の作業は終わった。

 流石に慣れたものだ。

 堤防沿いには釣り人が釣り糸を垂らして時間を過ごしている。

 砂浜は今日も盛り上がっている。波打ち際を歩いていると、ポンと肩を叩かれた。


「せーんぱいっ!」

「……どうした?」

「あれ? 滅茶苦茶可愛い風の後輩をやってみたのですが」

「いつもと変わらん」

「ということは、先輩にとって私は滅茶苦茶可愛い後輩なのですね!」


 墓穴を掘った。


「んで、何してるの?」

「陽菜先輩と私で、相馬先輩探し競争をしていて、私が勝ちました。褒めてください」

「もっと遊びとか色々あるだろ……」

「あれ? あっ、私の負けだ」

「なんで?」

「相馬先輩、既に見つかってます」

「へぇ」


 乃安は、僕の頭の上を見ている。僕もつられて上を見る。


「乃安さん、まだまだですね」


 陽菜はこちらにスマホの画面を見せている。乃安が僕の後ろに忍び足で近づいている映像が映っていた。


「あはは、負けちゃいました」


 彼女たちは僕を一人にはしない。いつでもどこでも見つけてくれる。

 なんだか嬉しい。

 一人が、当たり前だと思っていたから。

 三人で砂浜に降りる。去年なら、また砂遊び大会とかやったけど、今年は三人で一つの物を作る事にした。僕はいつも見る側だったから、こうして参加するのは初めてなのに気づいた。

 三人でせっせと作ったものは、普通の一軒家だった。


「あはは、意外と普通の物ができましたね」


 庭付きの、二階建ての、ベランダもある一軒家。

 何で、僕らはこれを作ったのだろう。

 夕日が沈んでいく。潮が満ちて、僕らの作った家は流れて行く。少しづつ。庭が侵食され、家の壁は泥になり、崩れていく。

 海は茜色に煌めく。

 そんな様子を僕らは眺めていた。

 家族連れが続々と帰って行き、砂浜は静かになった。

 僕は、大事にされている。僕は、愛されていることを強く実感したかった。それが、叶っている。否定し続けていた願いだったのに。 

 願いを否定するのは、それは、自分で自分を殺す行為だ。生きているから、願うのだから。本当の意味で生きているから、願うのだ。もっと変えたい、変われ。変わってくれと。

 なら、今の僕は何を願うのか。こうして、満ち足りている僕は、何を願うのか。


「僕は、僕は! もっと幸せになるんだー!!」


 海に向かって、そう叫んだ。

 そして、海に向かって駆け出そうとしたところを、服の襟元を掴まれ止められた。


「ぐえっ」

「テンションに任せて何をしようとしているのですか? 落ち着きましょう」

「すいません」


 落ち着こう。僕。

 そして、そろそろ戻らなきゃいけない時間だ。


「帰ろうか」

「そうですね」


 旅行に来たからと、観光に焦る事は無い。その町の雰囲気を楽しむのも旅行なんだ。

 町が眠りにつく準備を始めた。夕日がどこか眩しいけど、少しづつ、夜が顔を覗かせている。

 家に帰れば、また日常だ。でも、何も怖くは無かった。










  







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