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Dear my world.  作者: 神無桂花
世界に色をつける話。
17/21

第七話 夏の夜。

 僕は別に、世界を変えたいとは言っているが、その欲が強いわけでは無い。

 僕の願いは、幸せになりたい。そして、少しづつ、色んな人を幸せにしたい。だけど、でも、僕はいつも考える。それぞれの幸せって何だろうと。僕のやっていることは押し付けなんじゃないかと。


「すいません。取り乱して」

「良いさ。俺だって、あっさり諦めて良かったのかって、思っている。でもな、生きていれば儲けものとか、いつか幸せになれるとか、鼻で笑っちまうような奴だから、あんな判断があっさりできたんだ。お前は、こうなるな。だから、怒っていない」


 陽菜の運転する車が戦闘区域を抜ける。

 それでも、耳元ではまだ爆音と銃声が鳴りやまない。耳にしみ込んだのかと思わせる。

 彼の名前は知らない。僕らも名乗っていない。ただ、たまたま一緒になって、同じ目的で、だから一緒に動いているだけだ。

 お互い、いつ死ぬかわからないから、思い入れを持たないために、こうしている。

 だから。

 車から降りる。今日の僕は、何を救えた。救う事ばかり精一杯で、幸せなんて、配れていない。




 車を運転するのはあまり得意ではない。得意なのは陽菜の方だ。

 何で苦手なのだろうか考えるけど、わかっていない。

 陽菜の運転で向かった先は、やはりお盆だからお墓参りだ。今年は三人で、僕と陽菜と乃安と。車で行くと自由度が高い。朝早く出て、色々な所に立ち寄りながら言った。サービスエリアのソフトクリームは美味しい。なぜだろう。

 あとは市場にもよってそこで海鮮丼を食べた。流石に陽菜に運転を任せ過ぎるのも申し訳ないから、帰りはやるけど。

 海沿いを走っていると、少しづつ見覚えのある風景に変わってくる。

 夏の海は賑わっていた。砂浜を通り過ぎて温泉街へ入って行く。外の暑さまで愛おしくなってくる、そんな光景。

 目的地に到着。電車の旅も好きだけど、こんな風にここに来るのも悪くないと思えた。

 僕の周りにいる数少ない親戚であるおじいちゃん達。会うのは、僕が海に……落ちた時以来だ。車から降りるとおばあちゃんが迎えてくれる。今年も僕らはお手伝いだ。

 今年はちゃんとお金を払って泊まろうと思ったが、断られた。


「年取ってまで金に執着してられるか。明日死んでもおかしくない身で。だったら少しでも世の中に還元させろ。例えば若い奴らに経験積ませたりよ」 


 電話でそう言われたから、僕らは手伝う事にした。でも今日はその前に。


「それじゃあ、いってくるよ」


 母さんに挨拶してくることにした。



 「二人とも、付いてくることも無いのに」

「そんな事言わないでくださいよ、先輩。だってお世話になっている先輩のお母様。つまりは私にとって恩人にも等しい人ですよ」

「ですね。それに、私にとっては……」

「ん、わかった」


 そうだな。わざわざ一人で行くことに拘る事も無い。

 三人で行くと、しかもそのうち二人が現役メイドと元メイドだ。お墓はとても綺麗になっていた。雑草は抜かれ苔も落とされ、こびり付いた蝋もしっかりと片づけられ、花は綺麗に供えられた。

 線香をあげて手を合わせて。それから目を開けて、立ち上がる。線香の独特な匂いを感じて、無意識に手の甲で汗を拭った。陽菜がタオルを取り出して背伸びして僕の汗を拭こうとするものだから、それは流石になんか恥ずかしいのでタオルを受け取って自分で拭く。

 墓地を出てすぐ、海を眺める。


「あの時は、ごめん」

「謝らないでください」

「それとさ、ありがとう」


 あの時、言えなかったと思う。でも、今はそう言える。


「はい。その言葉はありがたくうけとります」


 生温い風だ。今年の夏は暑い。

 でも、嫌いじゃ……いや、暑い。暑いぞこれ。えっ? 蒸し暑い。こんなに暑かったけ? 今日。

 ……ここまで暑いと、海も風呂みたいになるのかな。


「旅館、戻ろうか」

「はい」


 三人での帰り道は、日陰を選んで歩いた。あっ、そこのお姉さん、この暑い中での打ち水はやめてくれ。





 「夏祭り?」

「そうだ。この旅館でも出品する」

「僕らは何をすれば?」

「このお金を祭りで使い切って来い」


 と言われ、一人一万円ずつ渡された。


「弥助さんと私で十分ですからねぇ」

「僕はともかく、この二人ならものすごい助けになるかと」


 というが、おじいちゃんもおばあちゃんもニコニコ笑うだけだ。

 諦めてその一万円を財布に仕舞う。プレゼントされた物は贈りたくて渡された物、突っ返す方が失礼だ。だから、とりあえず、うん。

 二人をじっと見る。僕の言いたいことは、伝わるだろう、この二人だから。


「先輩、欲望がただ漏れですよ」


 乃安には少し引かれた。

 お祭りと言えば浴衣。浴衣を着た女子の魅力のすばらしさと言ったら万国共通。浴衣万歳。ひゃっほー!!

 そう、着物を着てくれ。二人とも。

 最近、自分の欲望に対して忠実になり過ぎて、困る。うん。


「というわけで、お願いします」

「お任せあれ」


 陽菜は流石というか、なんというか。陽菜は何とも思わない、のか? 平然とお任せあれと言っているのだが。


「うん。うーん」


 陽菜の本音、聞きたいなぁ。

 聞きたいなぁ。

 聞きたい。

 聞かせて。






 夏の夜。狂ったのか、バグなのか、そんな暑さも落ち着いた時間。過ごしやすい。

 涼しい風が吹く。浴衣姿の二人の女の子に連れられるというこの状況は、ようやく慣れてはきたけど、でも、今でも夢なのかとか、疑ってしまう。

 祭りの賑わいに誘われて、空気まで賑やか。

 花火は始まってしまったようで、夜空を彩る。空気を震わせる音は太鼓と競い合い、その混沌とした雰囲気に人々は酔いしれた。 


「色々食べて思っけど、祭りって濃い物が多いな」

「なんでですかね」


 僕ら三人は、その喧騒から少し外れたところで悩んだ。

 じいちゃんたちはかき氷をがりがりと作っていた。少しやらせてもらったけど意外と難しい。


「力を入れれば良いってものじゃない」


 じいちゃんはそう言った。

 陽菜の射的リベンジはまぁ、上手くいかなかった。


「私たちの町の夏祭りも、参加したいです」

「じゃあ、行こうか」


 そんな風に、ぼんやりと話す。明日一日過ごして、明後日の朝に帰る。


「また、こんな風にでかけたいな」


 将来のための貯金ばかりしても、良くない。メイド長にこの間会った時、そう言われた。


「何なら金は出す。少し遠出して、色んな景色を見てこい」


 流石にお金は断ったけど、なるほど。僕は、この祭りの存在を知らなかった。そして、色んな所を巡りたくなった。

 旅はするつもりだったけど、それは世界の辛い現実を知るためだった。でも、明るい事実も、知らなければいけない事に気づいた。

 そうだ、光が会って闇があるんだ。どちらか片方に入り過ぎるのは、良くない。

 無意識に手を握った。自分を見失わないために。僕を挟んで座る二人の手を握った。

 こんな日々が続けば良いのにと祈った。たまには足元を見つめたかった。後ろを振り向きたかった。ただ前に走り続ける日々に腰を落ち着ける時間が欲しくなった。


「僕は、色んな人に支えられている」

「そうですね」

「ありがたい話だよ」

「そう思えるだけ立派です。気づかない人すらいるのですから」

「私も先輩には支えてもらっています」

「乃安、綿あめ付いてるよ」

「あら、食べるの難しいですね、これ」


 優しい時間、優しい世界。世界をこれで覆い尽くせれば、僕の理想は実現できるのだろうか。

 目を閉じて、耳を澄ます。遠くから朝の足音が聞こえる気がした。それはとても、静かな足音で、賑わいの間を少しづつ歩いて行く。

 僕たちは示し合わせることなく立ち上がった。






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